秋篠宮殿下が皇位継承順位第1位の「皇嗣」となったことを国内外に宣言する4月19日に予定されていた「立皇嗣(りっこうし)の礼」がギリギリの14日、政府の閣議決定により延期となった。これにタイミングを合わせたかのように、産経新聞が「皇位継承で『旧宮家復帰』聴取 政府が有識者ヒアリングで 論点整理の明記が焦点に」との独自ダネをWEBで翌15日夜に報道、読売新聞も16日付朝刊で並んだ。
産経新聞によると、政府が安定的な皇位継承策の検討に向けて実施している有識者への意見聴取で、戦後の1947年10月に皇籍を離脱した旧宮家の復帰に関する考えを尋ねていることが15日分かった。安倍晋三首相は皇位の男系継承維持の重要性を主張しており、政府が今後まとめる予定の論点整理に皇位継承策の一つとして旧宮家の復帰が初めて明記されるかが焦点となる。関係者によると、意見聴取は内閣官房の職員が個別に有識者を訪ねて実施。(略)旧宮家の復帰については▽旧宮家の未婚の男子が内親王と結婚▽現存する宮家に養子に入るーなどの考えを聞いたという。
できるだけ先延ばしにしたいが、政権のホンネ
現行の皇室典範では、皇位継承は「男系男子」に限られており、①秋篠宮殿下②悠仁親王③常陸宮殿下の男性皇族3人のみしかできない。このために、2017年に成立した「天皇退位特例法」の付帯決議では「政府は、安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等について、皇族方のご年齢からしても先延ばしすることはできない重要な課題であることに鑑み、本法施行後速やかに、皇族方のご事情等を踏まえ、全体として整合性が取れるよう検討を行い、その結果を、速やかに国会に報告すること」となっていた。
安倍政権は当初は昨年10月、11月の天皇の「即位の礼」の終了後に議論を始めるとしていた。しかし、議論は先延ばしにされ、菅義偉官房長官は2月10日の衆院予算委員会で、安定的な皇位継承にについて、今後の検討に備え、有識者への意見聴取を行っている事実と、具体的な議論は秋篠宮殿下の「立皇嗣の礼の後」とする考えを示していた。これがさらに、今回、「新型コロナウイルス」というやむを得ない事情ではあるものの、再度、先延ばしされることになった。「特例法」には「本法施行後速やかに」とあるが、同法の施行は「19年4月30日」であり、すでに1年が過ぎた。コロナ禍で国会での本格的な議論がいつ始まるのか見えない。首相官邸幹部には「結論は急がない。20年後に決めればいい」(2月11日、朝日新聞朝刊)という声もあるという。
安倍首相は2012年の野党時代、雑誌「文芸春秋」に発表した手記で「皇室と断絶した『女系天皇』には明確に反対である」と明確に語っている。官房長官時代、小泉純一郎内閣で進められた「女性・女系天皇」容認の動きを秋篠宮紀子妃の懐妊をきっかけに〃封印〃した。さらに、12年、民主党政権が「女性宮家創設」を検討していることについて、「女性宮家創設は女系天皇容認に繋がる」との考えから「女性宮家創設」に強く反対した。安倍さんは要するにゴリゴリの「男系主義者」なのである。だからこそ、皇位継承の議論はできるだけ先延ばしにしたいというのがホンネなのだろう。
コアな支持者への「アドバルーン」か「アリバイ」か
そこで、産経新聞の記事に戻る。産経も読売もこれまで安倍さん寄りの姿勢を示してきた。従ってこの2社は官邸に近い。2月10日の国会で菅官房長官が「有識者の聴取」が始まっている事実を認めた。その上で「旧宮家の男系男子子孫に皇籍復帰の意向確認は今後もしない」と答弁している。菅氏がここまで踏み込んで答弁する意図がいまひとつわからない。「その時点での現状報告をしたに過ぎない」と官邸関係者が言ったとの報道(週刊新潮4月30日号)もある。もちろん、政権が「旧宮家の復帰」を断念した意味ではないことだけは確かだ。
有識者聴取は内閣官房の「皇室典範改正準備室」が行っているもようだが、2社にリークしたのは、安倍首相の意向を受けた側近の官邸官僚というのが私の見立てだ。その狙いは、後手後手に回るコロナ対応で政権の支持率が落ちている。ネットをみると、保守的なコアな支持者からの安倍人気もいまひとつらしい。そこで、コアな支持者をなだめるための「男系維持のため、旧皇族男子の復帰」も政権は検討しているとの「アドバルーン」ではないか。いかに政権寄りメディアとはいえ、国論を2分するテーマで国会での議論が先送りされる中で、政権のお先棒をかつぐような記事だとしたら情けない。
神道研究家の高森明勅(あきのり)氏は、産経記事について、この聴取が菅官房長官の答弁の後だとするならば、三つの可能性があると指摘する(4月17日、ゴー宣ネット道場)。それによると①菅官房長官の虚偽答弁②当事者の意向を顧慮しないで事を進めようとしている③男系維持にも配慮しているポーズを示すために〃アリバイ〃的に行った。高森氏は「理性的に考えたら③の可能性が一番高いはずだ」としている。私のアドバルーン説に近いかもしれない。
私が「アドバルーン」と見ているのは、このところの皇族減少で「旧宮家の復帰」を主張するだけでは、国民の支持を得られない。このため「女性皇族が結婚後も皇室にとどまるようにすべきだ」との「女性宮家容認論」が政府内に出てきている(19年11月10日、時事通信)という報道があるからだ。時事通信の報道では「女性宮家は女性・女系天皇とは違う。選択肢としてあってもいい」ということらしい。産経報道では、意見聴取の主な質問内容として①旧宮家の未婚の男子が内親王と結婚②現存する宮家の養子に入るーの二つである。特に①に注目してほしい。女性皇族が結婚時に「女性宮家」を創設、その相手の男性が旧宮家の子孫であれば、そのお子さんは「男系」となるからだ。つまり、「女性宮家」と「旧皇族」の「セット説」で、これで保守派のいう「男系」が維持できるというわけである。このようなことを前提とすれば、政権の「アドバルーン」説も考えられる。
女性天皇は85%、女系は79%が賛成 共同通信調査
繰り返しになるが、現在、皇位継承権があるのは①秋篠宮殿下②悠仁親王③常陸宮殿下の3人のみで、常陸宮殿下はご高齢である。30歳代以下の女性皇族は、皇太子家の長女愛子内親王(18)、秋篠宮家の眞子(まこ)内親王(28)、佳子(かこ)内親王(25)、三笠宮寛仁親王(12年6月死去)=三笠宮家に合流=の長女彬子(あきこ)女王(38)、2女瑤子(ようこ)女王(36)、高円宮家の長女承子(つぐこ)女王(34)の6人。この6人も、現行の皇室典範の規定では、結婚すれば、皇籍を離脱する。将来、悠仁親王が皇位についた場合に悠仁親王を支える皇族すらいなくなることが予想されるのだ。だからこそ、皇室典範の「男系男子」に限られた皇位継承資格を女性皇族にも拡大する「女性・女系天皇容認」や、女性皇族が結婚後も皇族の身分にとどまる「女性宮家創設」の案が小泉、野田両政権で検討されてきた。
共同通信が4月25日、郵送方式で実施した皇室に関する世論調査では、男系男子に限るとした皇位継承をめぐり、女性天皇容認に「賛成」「どちらかと言えば賛成」が85%に上った。母方に血筋がある女系天皇も計79%が賛成の意向を示した。「天皇陛下に親しみ」は58%。女性、女系とも国民の圧倒的な支持があることを改めて示している。「週刊文春WOMAN」が2月に文春オンラインで行った「皇室アンケート」調査で10日間に集まった回答数は1002通。男性528人、女性474人。「皇統の存続」の対応策について、「女性・女系天皇の実現」が609票、「女性宮家の創設」が216票、「旧宮家の皇籍復帰」が219票、「今の皇位継承ルールのもと、皇統が途絶えたら仕方ない」との回答に207票となっている。国論を二分というが、この二つの世論調査結果をみても、「女性・女系天皇」支持の国民は圧倒的な多数派である。
保守派がこだわる「男系男子」。その中心が「旧宮家の復帰」である。週刊新潮4月30日号によると、47年に皇籍離脱した11宮家のうち、多くの宮家は後継ぎがいないなどで断絶するなどし、現在、未婚の「男系男子」を擁するのは、賀陽家、久邇家、東久邇家、竹田家の4家であわせて10人ほどいるという。11宮家はいずれも600年近く前に天皇家から分かれた「伏見宮家」が源流だ。そもそも、対象となる女性皇族方の意思はどうなるのか。国民的に「政略結婚」を押し付けることになるのではないか。
秋篠宮家の真子内親王の結婚の行方がどうなるかはまだわからないが、「女系」にためらっている間に、女性皇族のすべてが民間人と結婚、皇籍離脱ということも大いに考えられる。新型コロナウイルス感染拡大がいつ収束するかにも関わってくるが、それにしてもあまり時間はない。国民にとって「安定的な皇位継承」は、緊急性のある問題である。憲法上の「男女平等」の面からも、象徴天皇制の在り方として「女性・女系天皇」は再検討されるべきだと考える。