「米大統領選」トランプ氏譲歩、「政権移行」に応じる 「敗北」拒否は続行 選択肢狭まる

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 米大統領選挙の敗北を受け入れず、勝利を確実にしている民主党バイデン前副大統領への政権移行に応じないという異常な「大統領クーデタ―」が始まって16日目の23日、トランプ大統領はついに政権移行の準備を容認するという大きな譲歩に追い込まれた。トランプ氏は接戦の末に敗北した6州の「不正選挙」は認めないという立場は変わらないとしている。だが、裁判闘争は次々に敗訴に終わっている。共和、民主両党からなる各州選挙実施の現場も選挙は適切に実施したと自負している。個別の不正票は別にして大量の「不正の証拠」はどこからも出てくることはなさそうだ。トランプ氏の選択肢はほとんどなくなってきた。

敗訴続き強行突破に転じる

 裁判闘争がだめならばと「実力行使」に出たのが共和党の州組織を動員して、接戦州の選挙結果をその通りには認定しないという強行突破作戦だった。各州は選挙の結果を選挙管理委員会(呼称は州ごとに違う)が認定し、州務長官に報告、知事がこれを承認して選挙結果が正式に決まる。トランプ氏はミシガン、ペンシルベニアなど6州で、この選挙結果の認定拒否を指示した。

 認定拒否の理由として、各州で黒人人口の多い郡(市と周辺地域)では「大量の不正投票があった」として認定を拒否するとともに、裁判所に再提訴する。例えばミシガン州デトロイト市を中心にする郡では黒人人口が68%でバイデン票が圧倒的多数だが、票の出方が不自然、大量の不正票があったからだとする。こうして各州で民主党支持の黒人やヒスパニック人口が多数の地域を狙い撃ちして、選挙結果を無効にさせる。これによってトランプ票も一緒くたに廃棄されるのは全投票数の1割、1500万票にも上るとみられる。

 認定拒否された州は次の選挙人選挙に進めなくなる。選挙結果の認定を受けて各州の大統領選挙人が多数票を得た候補を大統領に正式に選出することになっているからだ(全48州と首都ワシントンは多数を獲得した候補者がその州の選挙人をすべて獲得し、選挙人は多数票を得た候補に投票することが義務付けられている。メーン州とネブラスカ州は、州全体での最多得票の候補に選挙人を与える枠と、下院選挙区ごとに最多得票の候補の選挙人を与える枠に比例配分している)。

 トランプ氏は6州で選挙人投票をできなくするのと並行して、州議会に別の選挙人を選出する権限を与えることを求める訴訟を起こそうとしている。上下両議会の多数を共和党が支配している州では、トランプ支持の選挙人を選ばせる。これでバイデン大統領を引きずり降ろして、自分が大統領に居座ろうというのだ。

ずさんな「陰謀」、党内から「造反」

 これは憲法に沿って法律で確立されてきた大統領選出のルールを勝手に書き換えようとする、あまりにも乱暴かつずさんな陰謀だった。ワシントン・ポスト紙電子版によると、裁判闘争が失敗してメドウズ首席補佐官ら側近の中からトランプ氏に選挙結果の受け入れを説得しようとする動きが出た。だが、法律顧問のなかの少数のタカ派がこの強硬策を持ち出し、トランプ氏が飛びついた。トランプ氏に近い大物弁護士とされるジュリアーニ氏らタカ派は19日、記者会見で強行突破策を披露、記者たちを驚かせた。

 ミシガン州では同じ日、黒人票の多い郡で共和、民主各2人、計4人からなる選挙委員会が選挙結果を認知し、州務長官に報告を済ませた。ところがトランプ氏から電話が入り、共和党の2人が翌日、認定を取り消した。このあと共和党員で州上院と下院のトップ2人がホワイトハウスに呼ばれ、州選挙委員会の認定決定が先送りになった。しかし、同委員会は結局、23日選挙結果を認定した。

 南部の中心都市、アトランタがあるジョージア州ではバイデン候補が勝利。僅差だったので再集計が行われ、少数の集計ミスが見つかったが、勝敗には関係なかった。同州は知事、州務長官、上院議員2人もすべて共和党。「不正選挙だ」という強い圧力が州共和党からもかかったが、選挙責任者の州務長官が選挙は適切に実施されたとして19日に選挙結果を認定、知事も承認を約束した。それでもトランプ陣営は再集計を要求している。

 「クーデタ―」の突破口にしようとした共和党支配のミシガン、ジョージア両州で造反されことは、トランプ氏に大きな痛手となった。そこにもう一つ、痛手が加わった。ペンシルベニア州の連邦地裁判事は21日、700万もの票を無効化する重大な提訴をするならきちんとした証拠が添えてあると誰でも思うだろうが、それがないと判決文で手厳しく批判し、訴えを却下した。この判事はトランプ氏の支持基盤である共和党保守派だという。

 接戦州6州のうち残るウィスコンシン、アリゾナ、ネバダの3州も表立っては、トランプ氏の選挙結果のひっくり返しに批判や反対の声はあげてはいない。しかし、州当局および選挙担当部門の責任者はそろってニューヨ-ク・タイムズ紙の取材に、大統領選は適切に実施したと答えている(「Watchdog21」11月14日、拙稿「混迷の米大統領選挙」参照)。

 ワシントンにいる共和党議員はごく少数を除いて、完全にトランプ氏の強権支配に組み敷かれて「トランプ党」と化している。だが、州レベルでの共和党組織とその指導者には地元優先という事情があるのは当然だろう。バイデン氏とトランプ氏が獲得した選挙人数は306人と232人で、その差は74人。6州の選挙人数は最多のペンシルベニア20人、最少のネバダ6人で合計79人。

 トランプ氏が選挙結果の認定に成功して、その州の選挙人を自分で選んで「再選」をものにするには、少なくとも6州の半分、3州の選挙結果の認定を拒否し、自分を支持する選挙人を選ぶことを最高裁までも持ち込んだうえで認めさせなければならない。これは時間的にも、もうあり得ない。

共和党内、経済界からも批判

 トランンプ氏が23日、バイデン氏への政権移行の準備を進めることを政府各機関に認めたことは、「選挙は自分が勝っている」という無理やりの抵抗の限界が見えてきたことに加えて、世論の批判が無視できないところまできたことがある。

 国家安全保障にかかわる政府機関の高官を務めたリッジ元国土安全保障局長ら共和党有力者100人は23日、共和党の上下両院議員にむけて声明を発表し、トランプ氏が選挙を受け入れて平和的な政権移行に協力するよう説得に当たれと要求した。

 大統領選で次期大統領が決まったあと、来年1月20日の新政権発までの期間は政権移行期として重要視されている。次期大統領はまず腹心となるホワイトハウスの補佐官や主要スタッフを編成、その協力を得て政府各機関の長官人事を進める。長官に選ばれると、副長官、次官、次官補など省庁を動かす幹部を選び、幹部たちも自分の秘書も含めて、自分を補佐するスタッフを探す。

 こうして国家の新しい体制がつくられていく。政権が交代するとワシントンの人口のざっと5000人が入れ替わるといわれる。トランプ氏の抵抗で、これが遅れると新政権が機能することもそれだけ遅れることになる。この隙をついて敵対国が何らかの攻撃を仕掛けてくる恐れがないかと心配になる。国家安全保障にかかわってきた人たちを動かしたのはこうした危機感だ。

 世界最悪の新型コロナウイルス禍にさらされている中で、スムーズな政権移行が妨げられていることには経済界からも強い危機感が表明された。ニューヨークの各企業を代表するトップたちは23日、トランプ氏に対して選挙結果の受け入れ、早急な政権移行を進めるよう強く要請した。トランプ氏はこの先に、どのような幕引きを考えているのだろうか。

                       (11月24日記)