将来世代に責任を押し付けざるをえない廃炉以上に困難な原子力開発利用の問題とは何か。比田勝尚喜対馬市長が「文献調査」を受け入れないと意思表示した高レベル放射性廃棄物の最終処分場建設がその一つといえる。「文献調査」というのはこの先、何年かかるか分からない処分場選定・建設作業の入り口にすぎない。
これまで受け入れた自治体は北海道の寿都町と神恵内町の2カ所だけ。「文献調査」の後、「概要調査」を実施し、平成20年代中ごろに「精密調査」地区を選定し、平成40年前後に最終処分施設建設地を選定する、というのが政府の「特定放射性廃棄物の最終処分に関する計画」(2018年3月閣議決定)<4D6963726F736F667420576F7264202D2095F193B994AD955C8E9197BF81798AEE967B95FB906A81458DC58F498F8895AA8C7689E6817A81698250825393FA8A748B63816A202E646F63> (rwmc.or.jp)だが、計画通りに進展すると考える人はどれほどいるだろうか。
日本学術会議の問題提起
高レベル放射性廃棄物処分については、あるいは政府の計画の根本的な見直しにつながるのではと思われた提言を、日本学術会議が示したことがある。2012年9月の「高レベル放射性廃棄物の処分について」(https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-k159-1.pdf)だ。高レベル放射性廃棄物処分について国民的合意が得られていないことに危機意識を持つ原子力委員会の審議依頼に対する回答として出された。
これまでの政府の取り組みに対して数多くの問題点を指摘しているが、原子力委員会が最も衝撃を受けたと思われるのが「最終処分する前に数十年から数百年程度の期間、回収可能な状態で安全に保管する暫定保管施設の建設が必要」というこれまでの計画には全くない新しい提言だった。原子力委員会がこの回答を重く受け止め、真剣に議論したのは回答を受けて2012年11月2日に開かれた第48回原子力委員会臨時会議議事録siryo5.pdf (aec.go.jp)などを見てもよくわかる。
しかし、この後の経緯をみると、高レベル放射性廃棄物処分については科学者、専門家の間でも考え方に大きな違いがあり、抜本的な見直しなど簡単にできないことが分かる。原子力委員会は早くも2012年12月18日に「今後の高レベル放射性廃棄物の地層処分に係る取組について(見解)」121218.pdf (aec.go.jp)を公表した。日本学術会議の回答を尊重する姿勢は示しているが、「永久処分施設の前段階として暫定保管施設が必要」という提言については、「現在の取り組みでもガラス固化体や使用済燃料の処理・処分を実施するまでの間、貯蔵施設に保管することが予定されている」として新たな施設の必要は認めなかった。
一方、日本学術会議も原子力委員会への回答提出後に「高レベル放射性廃棄物の処分に関するフォローアップ検討委員会」を設置し、あらためて検討した結果、回答提出3年後の2015年4月に「高レベル放射性廃棄物の処分に関する政策提言-国民的合意形成に向けた暫定保管」高レベル放射性廃棄物の処分に関する政策提言-国民的合意形成に向けた暫定保管 (scj.go.jp)を公表している。「数十年から数百年程度の期間、回収可能な状態で安全に保管する」としていた「暫定保管」は、「乾式(空冷)で、密封・遮蔽機能を持つキャスク(容器)あるいはボールト(ピット)貯蔵技術による地上保管が望ましい」と具体的で対応も容易と思われる提言となっている。保管期間が「数十年から数百年程度」という当初の回答と同じでは、永久処分との区別がつきにくいではないか、という批判に応えざるを得なかったと思われる。
こうした経緯がどれほど影響したかは分からないが、「平成40年前後を目途に最終処分施設建設地を選定する」という政府の計画に変化は見られない。人工的に設けられる複数の障壁(人工バリア)と、地層(天然バリア)とを組み合わせた「多重バリアシステム」により、放射性廃棄物を人間環境から隔離する実施するものとするという考え方にも変わりはない。要するに最終処分場は完成したら、人の手を離れても何ら問題はないという考え方だ。一方「最終処分の実施の方法の詳細、最終処分施設の閉鎖までの期間と閉鎖後の措置については今後、決定する」とあいまいな記述が残る。
政府は今年4月28日、「特定放射性廃棄物の最終処分に関する基本方針」の改定を閣議決定し、処分地選定作業を進めるため全国知事会への働きかけや、国が主導する100以上の自治体訪問など、日本学術会議や原子力委員会の提言も取り入れたとみられる取り組み強化策を公表した。しかし対馬市長が「文献調査」の受け入れを拒否した現実は、こうした政府の取り組みだけではまだまだ不十分であることを如実に示したものではないか。科学者、専門家がさらに積極的に発言し、最終処分に関する情報を発信することがますます求められていると思われる。
再処理も基本的議論先送り
難題は高レベル放射性廃棄物処分施設建設だけにとどまらない。その一つが再処理事業だ。日本原燃の六ヶ所再処理工場は1993年に青森県六ヶ所村で建設工事が始まったものの当初1997年が目標だった完成時期は何度も先延ばしになり、現在も完成時期ははっきりしない。完成時の年間処理量は800トン。フランスのラ・アーグ再処理施設の年間処理量は1,700トンだから、完成時に海洋に放出されるトリチウム量はラ・アーグ再処理施設の年間1京(1兆の1万倍)ベクレルまではいかないものの、福島第一原発から放出される処理水よりけた違いに多いトリチウムが放出されることになる。「福島第一の処理水全量と同じくらいの量を、青森県六ヶ所村の再処理工場が完成すれば、1カ月で放出する」。更田前原子力規制委員長が毎日新聞の記事で明らかにしているのはこうした現実を指す。朝日新聞の記事も六ヶ所再処理工場が試運転をした2007年度にすでに1,300兆ベクレルもの排液を放出したことを伝えている。
もし運転開始となったら、処理水、運転中の原発よりはるかに高い放射能レベルの排水が海洋に放出されるのに加え、そもそも再処理で得られたプルトニウムの使い道はあるのかという根本的な問題についても、日本原燃と政府が明確に答えることを迫られるのは必至だろう。プルトニウムと一緒に出てくる高レベル放射性廃液は、「ガラス固化体」の状態で、六ヶ所再処理工場内に30~50年間貯蔵された後、青森県外の地下300メートルより深い安定した地層中に処分されるという政府方針は変わっていない。高レベル放射性廃棄物処分施設をいつどこに建設するかのめどさえついていない段階で、この政府方針を主張し続けることができるのだろうか。
大型再処理工場に否定的声も
特定非営利活動法人「新外交イニシアティブ」が2021年12月18、19日に開催した「英独米中韓日6カ国シンポジウム〈増えるプルトニウムと六ケ所再処理工場-核燃料サイクルの現実と東アジアの安全保障-〉」で、張会ハーバード大学上級研究員が「中国のプルトニウム・リサイクル計画-現状と問題点-」PowerPoint プレゼンテーション (nd-initiative.org)と題して報告した中の発言を紹介したい。
張氏によると、中国は日本と同様、核燃料サイクル政策を選択し、2010年に甘粛省酒泉市でパイロット再処理工場(年間処理能力50トン)の運転を開始した。ただし、運転はうまくいってなく、通常の運転が始まったのは2019年ごろ。1トンから1.5トンの民生用プルトニウムを保有しているとみられるが、2017年から中国は保有量を明らかにしていない。
さらに同じ甘粛省の酒泉市に近い金搭県で、再処理実証プラント2基の建設も始まっている。公開情報と衛星画像から、第一プラント(年間処理能力200トン)の建設が進行中と推測できる。2020年には機器設置の段階に入ったとみられるが、政府と中国核工業集団(CNNC)は明らかにしていない。第一プラントは2025年までに、第二プラントは2030年までに運転開始すると思われる。
また、2007年からフランスとの間で再処理工場(年間処理能力800トン)の購入交渉が行われ、2020年には建設開始とされていたが、立地先と見られていた江蘇省連雲港市で反対運動が起き、計画は棚上げになったまま。操業開始は2030年ごろとされているが難しいだろう、と張氏はみている。氏が報告の最後に示した次のような見方を、日本の原子力開発利用に関わる政策決定者や当事者、専門家たちはどう受け止めるのだろうか。
「われわれの研究は、中国の再処理およびプルトニウム・リサイクルが、再処理を伴わないワンススルー利用の軽水炉よりずっと高くつくことを示している。したがって、中国は大型再処理工場の計画を延期し、(使用済み燃料)中間貯蔵のアプローチを採用すべきだ。使用済み燃料管理の短期的アプローチとしては、中間貯蔵の方が、安全で、柔軟性があり、費用効果が高い」
専門家はもっと積極的発言を
中国の再処理計画がこうした状況にあるのに、日本の再処理計画が当初の目論見通り進展するのか。見直しを先延ばしにするほど無駄な費用が増え続ける結果とならないか。専門家がもっと積極的に発言しない限り、状況の改善が難しいのは福島第一原発からの処理水海洋放出だけではない。むしろ原子力開発利用にとって処理水よりもはるかに重大な問題があることを一般国民に知ってもらう努力を科学者、専門家さらには政策決定者もすべきではないか。処理水海洋放出をむしろ好機ととらえて。
(了)