「コロナ」で人気低落したトランプ米大統領が大統領選挙戦前の「経済回復」をもくろんで4月末で非常事態宣言を解除、「外出禁止」「営業禁止」などの規制解除を強行してから2週間が過ぎた。新型コロナウイルス感染が再び拡大、5月15日には感染者数は35万人増の142万人に、死者は2万3000人増えて8万6000人に迫っている。医療専門家の警告通りの展開だ。トランプ氏は後戻りはできず、死者の増加は経済回復のためのコストとして押し切る構え。トランプ氏のリスクを冒しての「経済活動再開」が選挙戦狙いとすれば大きな誤算だったようだ。
世論は「経済再開」より「感染防止」
トランプ氏は非常事態宣言の解除によってある程度の感染拡大はあると見込んで、4月末時点で6万人だった感染死者数の予測を7万〜12万人とあらかじめ倍増させた。しかし死者数はすぐに1日1500人と、感染拡大最盛期の4月中旬のレベルに戻った。トランプ氏と側近組もさすがに慌てたという。
ワシントン・ポスト紙電子版が14 日報じた同紙とメリーランド大学の最新共同世論調査の内容も衝撃的だった。コロナ感染防止のための「経済活動禁止」は適切とするのが58%、厳しすぎるとするのが21%(他の選択肢もあり100%にはならない)。「経済活動再開」よりも「感染拡大防止」を優先させる世論が圧倒的だった。外出禁止は「必要」78%、「やり過ぎ」22%、トランプ氏や政権首脳部が拒否しているマスク着用は「必要」が82%、「不要」が18%。これらはもちろん、トランプ支持者も加わった数字である。
トランプ氏は自分に都合の悪い報道は「フェイクニュース」と切り捨て、根拠不明の発言を続けてきた。信者ともいわれるトランプ支持者たちはそれを信じてきた。しかし、コロナ禍には命がかかっている。支持者もトランプ発言をすべて信じられないと知ったのかもしれない。トランプ氏は困ることになる。
「オバマゲート」を持ち出す
しかし、ここでもトランプ氏は転換はできない。コロナで死者が出始めたとき、トランプ氏とその周辺は政権追い落としの陰謀だ、民主党が過大に煽っている、インフルエンザではもっと多数死んでいる、交通事故で毎年4万人も死んでいるのに自動車をなくせと誰も言わないーなどと事態の過少評価に努めてきた。その「原点」に立ち戻って、強行突破しかないと判断したようだ。
注目されるのはこの数日、トランプ氏がツイートで、オバマ前大統領が政権最後の数カ月、トランプ政権を追い落とすための陰謀を巡らせて、副大統領だったバイデン氏(民主党大統領候補)らに命じて「ロシア疑惑」をでっちあげたと繰り返し、共和党議会トップのマコネル上院院内総務も感染対策についてオバマ政権からは何も引継ぎはなかったと言い始めたことだ。コロナ対策への批判をそらせようとトランプ氏らは「中国責任論」を言い立ててきたが、これに「オバマ責任論」を付け加えようとしているようだ。大統領選挙戦で言い立てようというのだろう。
ホワイトハウスにもコロナ侵入
トランプ氏はもう一つ、痛撃を受けた。ワシントン・ポスト電子版によると、ホワイトハウスの重要会議の出席者は大統領、副大統領以下、誰もマスクを着けていなかったそうだ。7日、8日と相次いでトランプ氏の身の回りの世話をする海軍所属のスタッフ、ペンス副大統領の報道官のコロナ感染が発覚した。スタッフの間にパニックが走り、マスク着用が命じられた。コロナ対策チーム相談役の国立アレルギー感染症研究所長ファウチ、米疾病対策センター(CDC)所長レッドフィールド,米食品医薬品局(FDA)長官ハーンの3氏が2週間の自主隔離に追い込まれた。
だがトランプ氏は、毎日検査を受けているといって(実はトランプ氏と少数の側近はこれまでもほぼ毎日検査を受けていたようだ)、マスク着用をあくまで拒否している。11日には米国はコロナ対策で成功し、検査体制も世界一とツィート、記者会見で記者に異議を突き付けられると激怒して会見を打ち切った。こういう怒り方も珍しい。ホワイトハウスがコロナに侵入されたことの衝撃の大きさがうかがわれた。
「銃」で1日100人の死者
トランプ氏はホワイトハウスの「コロナ防止体制」は固める一方、「回避できる苦痛と死」(ファウチ氏の議会証言)を「経済回復」のための「尊い犠牲者」として国民に容認させようというのだろうか。日本人はそう考えそうだ。だが、米国ではそうではない。
5月9・10日付のニューヨーク・タイムズ紙国際版は、トランプ政権がコロナ感染による死の増大をいずれ「日常」と受け入れさせようとしているとの見方を伝えた(C・ワーゼル記者)。ワシントン・ポスト紙電子版も10日、「コロナ死」を「交通事故死」と同じように「日常化」させようとするトランプ氏の企みをメディアは許してはならないとの論評(M・サリバン記者)を流した。
米国では戦場で使うライフル銃を含めて銃保有が事実上、自由化されていて、自殺も数えると年間3〜4万人が銃によって死亡している。少数の銃撃者によって学校が襲われて数十人もの学生や生徒が無差別に殺害される事件も続発している。国民の多数は銃所有の規制を望んでいるが、米国最強のロビー団体とされる全米ライフル協会によって、銃規制は葬り去られてきた。国民は諦めているようにも見える。銃によって毎日100人が死んでいるというのが米国の「日常」なのだ。トランプ氏にとっては、どちらの「死」も同じということなのだろう。
白人至上主義、科学不信、陰謀説
トランプ氏が非常事態宣言を解除して「経済活動の再開」を打ち出すと、これに反対する民主党知事の州を中心に全米各地で「コロナ規制」からの「自由」を掲げるデモが起こった。デモには地元市民の姿よりも保守系や極右系の政治団体が動員した活動家が目立ち、銃を抱えた戦闘服も加わっていた。ほとんどが白人でマスク着用や「接近回避」などのコロナ感染防止対策は取っていなかった。「自由」を信じているとは思えない彼らのデモを、トランプ氏は感染防止のための規制からの「解放運動」と激励した。
報道によると、デモはその後も続いて全米で約20州に及び、さまざまな極右あるいは極左勢力が加わっているという。白人至上主義のリーダーで政権発足後しばらく大統領首席戦略官を務めたS・バノン氏の組織やネオナチ・グループ、コロナまん延をトランプ政権つぶしの陰謀とみるグループ、地球温暖化は資本主義反対のリベラルの陰謀として温室効果ガス規制に反対の勢力、ワクチン接種に反対する「科学不信」のグループ、さらにはトランプ氏を救世主と仰ぐ新興宗教信徒など、実にさまざまだ。その背景にあるのが、米国建国時代から続く知性主義と反知性主義のせめぎ合いである。
国際テロより国内反体制派を警戒
これらの団体やグループの多くはトランプ氏と何らかのつながりがあるのではないかと報道されたことがあるが、実態はよくわからないものが多い。米国では「9・11(2001年の米中枢同時テロ)」があって、イスラム系の国際的なテロに警戒感が強い。しかし、実際に米国で起きるテロ事件は国内勢力によるものだ。
米情報当局は上記にあげた米国内の諸勢力はコロナ禍をきっかけに資本主義はいよいよ崩壊過程に入ったと捉えて、騒乱状態を引き起こそうとしているのではないかと警戒を強めている(ニューヨーク・タイムズ紙、5月5日)。
(5月15日記)