「自由かつ安全に多様な情報または知識を世界的規模で入手、共有、発信し、創造的かつ活力ある発展が可能」なデジタル社会を目指すとするデジタル関連法案の審議が、3月9日に衆議院に上程されて以来ほとんど具体的な中身の吟味をしないまま、自民党と公明党によって今月31日にも衆議院で採決されようとしている。しかし、このデジタル法案はよく見ると、自由な情報社会どころか、強権国家の樹立を目指しているとの危惧を抱かざるを得ない。
ディストピアの「デジタル庁」
「デジタル庁」という現在の省庁群の上に立つ絶対的な官庁が支配する世界は、ジョージ・オーウェルが著した『1984(年)』のようなディストピア(反ユートピア)ではないのか。デジタル庁に管理が移されるマイナンバーカードについて、総務省は「デジタル社会のパスポート」と宣伝しているが、法案が成立した後はマイナンバーカードが在留外国人のパスポートと同じような扱いになり、持ち歩いていないと「不携帯罪」に問われることにもなりかねない。
既に多くの人びとがデジタル法案に懸念を抱き、国会周辺では何回も院内集会などが開かれて危険性をアピールしている。しかし、これも繰り返されていることだが、大手メディアでは例えば「1ページ特集」のように紙面を割いて解説しているケースが見当たらない。せいぜい、提出された法案群に40カ所以上のミスがあったというさまつなエピソードを伝える程度だ。
全省庁の上に立つデジタル庁
だが9月1日の発足を目論む「デジタル庁」は既存の日本の省庁とは全く異なった性格を持つ。「デジタル改革関連6法案」というが、大きく分けると①デジタル社会形成基本法案(基本法案)②デジタル庁設置法案(設置法案)③デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法案(整備法案)-だ。
①の基本法案の制定で重要なのは、これまでの「IT基本法」が廃止されることだ。同時にIT総合戦略本部も廃止される。同本部はこれまでオープンにされ、有識者も入って議論されてきたが、法案成立後は密室化される。
②のデジタル庁は、設置法案によると強力な総合調整機能(勧告権等)を有する内閣直属の組織とし、その長は内閣総理大臣とする。デジタル庁は基本方針策定などの企画立案、国等の情報システムを統括・監理し、重要なシステムは自ら整備する。国の情報システム、地方共通のデジタル基盤、マイナンバー、データ利活用等の業務を協力に推進するなどとしている。つまりマイナンバーを含めた国、地方、個人のほとんどのデータを一手に握る「デジタル行政の司令塔としている。デジタル庁トップの総理大臣を支えるデジタル大臣が置かれ、事務方トップは「デジタル監」という。
そして③の整備法案では、②の業務を円滑に行うために個人情報関係3法を1本の法律に統合し、マイナンバーカードの発行・運営体制を抜本的に強化することなどが盛り込まれている。
主な項目だけを拾っても、ただならぬ雰囲気を持つ「デジタル改革関連6法案」だが、人権問題を一貫して取り扱ってきた海渡雄一弁護士は、3月17日にオンラインで行われた集会で、これらの法案は「警察監視国家への道を開くデジタル監視法案」と訴えている。
官邸ポリス主導で強大な権限獲得
警備・公安部門出身の警察官僚が官邸の中枢を占める、いわゆる「官邸ポリス」として、日本学術会議の任命拒否を仕切った杉田和博官房副長官が有名だが、海渡弁護士はもう1人、国家安全保障局長である北村滋氏の存在を指摘する。北村氏は内閣情報官を長く務め、秘密保護法や共謀罪の推進力となってきた。
海渡弁護士によると、北村氏は『内閣総理大臣と警察組織—警察制度改革の諸相』との論文を2008年に発表したが、その内容は「緊急事態における総理大臣を介して政府と警察組織の直接の指揮命令関係があり得るもの」と論じようとしているという。
警察機構と政権との結びつきについては、同じオンライン会議でジャーナリストの青木理氏も「杉田官房副長官は内閣人事局長を兼務しており、北村氏は日本版国家保障局(NSC)局長。既に外交、安保、防衛政策を担っているが、全国に30万人以上の職員を抱える警察機構が治安行政官庁に変わってきた」と述べている。
警察機構は既に運転免許証によって個人情報のかなりを掌握しているが、デジタル監視法によって強大な監視社会の実現を目指そうというものだ、と海渡弁護士は指摘。戦後、連合国軍総司令部(GHQ)による民主化で潰された内務省・国家警察の復活を悲願とする警備・公安官僚はデジタル庁によって内務省以上の権限を持つことになると警告している。
ほぼすべての個人情報を1枚のカードに
その国民監視の武器となるのがマイナンバーカードだ。マイナンバーカードは今年1月段階で全国民の26%強程度しか普及していないが、マイナンバー法を改正し、取りあえずは医師、看護師、税理士など32の国家資格にはマイナンバーの登録を義務付ける。さらに、警察が管理運用してきた運転免許証や、厚労省が所管する健康保険証などもデジタル庁所管のマイナンバーシステムに統合を図る。年金など公的給付のために銀行口座とマイナンバーを紐付けるなども検討されており、デジタル庁が進めようとする省庁間、国と地方間の情報共有を図る。
一方で欧州連合(EU)などが掲げる一般データ保護規則(GDPR)などへの配慮はうかがい知れず、デジタル社会形成基本法案第1条の「目的」に「我が国の国際競争力の強化および国民の利便性の向上」とあるように、個人の権利保護に欠けるものだと「デジタル監視法案に反対する法律家ネットワーク」は強調している。
コロナ禍への国民の恐怖利用し「戦前化」図る
『1984(年)』の世界では、市民は常に「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビや街中に仕掛けられたマイクによって屋内、屋外を問わず、すべての行動が当局に監視されている。思想、言語(ニュースピーク)、結婚などあらゆる市民生活が統制されている。主人公は「真理省」なる強大な官庁の下級役人で、やっている仕事は歴史記録の改ざん作業だった。主人公の結末は小説を読んでいただくとして、今の日本の状況はあまりにも1984年に近いのではないか。
菅政権はさらに「重要施設周辺および国境離島における土地等の利用状況の調査および利用の規制等に関する法律」(案)なるものを緊急性がないにもかかわらず、国会に上程した。この法案については別途述べたいが、新型コロナウイルス禍への国民の恐怖を利用して、次々と「戦前化」を図っているのではないかと危惧せざるを得ない。