米イスラエルの身勝手なイラン攻撃は6カ月目に入ってもなお、予想された通りの「ドロ沼」でもがいている。米国不信の高まりが米国離れにつながった。サウジアラビア、トルコ、パキスタン3国首脳が結んだ共同防衛協定がそれを浮き彫りにしている。協定は友好的なイスラム諸国に開かれているという。協定の仮想敵は誰? 第2次世界大戦後の80年余にわたって、国際紛争の発信源のひとつになってきた中東の勢力バランスの転換が始まったようだ。
サウジ「イスラム国」を誇示
3国共同防衛協定でまず注目されるのは、トランプ米大統領が中東支配固めのパートナー役に仕立ててきた湾岸産油国の雄のサウジアラビアがその「立ち位置」(アイデンティティー)はイスラム世界にあると公言したことだ。トランプ氏には大きな衝撃だ。このサウジを真ん中に、イスラム世界の東端に位置して第1次世界大戦で敗れるまで700年におよんだトルコ帝国の後継で、NATO(北大西洋条約機構)メンバーでもあるトルコ、西端からは南アジアに接する核武装国パキスタンが加わった。
現地からの報道では、協定はイスラム世界に開かれれていて、エジプトなどのイスラム有力国が準参加することになっているという。
中東イスラム世界は、パレスチナ紛争に加えてイスラム教の主流で多数派のスンニ諸国と少数分派シーア国イランとの宗教対立がかぶさって、いくつものパワーが複雑に交錯して流血の紛争が絶えない80年を過ごしてきた。協定への参加国の流れが進行すると、その視野の中にイスラム世界が一つの勢力圏として浮かび上がってくる。
地に堕ちた「米国頼み」の神話
トランプ政権は政権1期目から中東における反イスラエル=反米勢力の孤立化の狙いも含めて、周辺のアラブ産油国との経済的関係を深めながらイスラエルとの国交正常化を後押し、安全保障の証しとして米軍基地を配置してきた。米・イスラエルの攻撃を受けたイランはこれら湾岸諸国の米軍基地や関連施設を標的に激しい報復攻撃に出て、ホスト諸国に大きな被害が出た。
これは誰もが予測した事態。だがトランプ氏は諸国に事前の相談も通告もしないままこの戦争を始め、多大の被害に対し「お見舞い」もしなかったとされている。これらの国は米国不信を深めて関係見直しに転じた。
その最初の衝撃が3国による共同防衛協定の調印。事前にトランプ氏に告知したか否かはわからないが、これで湾岸産油国を率いるサウジを柱に据えたトランプ氏の中東戦略は宙に浮き、安全保障は米国頼みという神話は地に堕ちた。
米イスラエルによるイラン攻撃(侵攻)は、後ろ盾の米国がパレスチナの後ろ盾イランを徹底的に叩くか政権をとり代えて、反イスラエル勢力の息の根を止めようとしたものだった。トランプ氏はこれに失敗、むしろイラン体制を強化する結果を招き、核開発施設・高濃縮ウランなど核開発能力の封印は手つかずのまま、ホルムズ海峡支配をめぐって堂々巡りを続けている。トランプ氏はここでもイメージダウンだ。
揺れ始めた「力の格差」
米イスラエル対イランの戦争のあおりで湾岸諸国がイランの攻撃を受け、イランとその他のイスラム諸国が信奉する宗旨の違いで鋭く対立してきたことから、協定がイランを仮想敵としていることは想像に難くない。
他に3国およびイスラム諸国に共通する仮想敵とされる国があるとすればイスラエルしかない。80年におよぶパレスチナ問題で、イスラム諸国はパレスチナを二分割してユダヤ人国家とパレスチナ国家を創設するとした国連総会決議(1947年)に初めから反対した(当時はイスラム世界の独立国はわずかだった)。
現在のパレスチナ紛争の焦点は、パレスチナ全土をユダヤの神から授かったユダヤ民族の地と信じる「大イスラエル主義」勢力(ネタニヤフ政権を主導)が、パレスチナ領の軍事占領を長期化させたまま「領土化」(国際法違反)しそうな情勢だ。
反イスラエル勢力を鎮圧するチャンスと見たネタニヤフ政権の「ガザ戦争」はジェノサイド(集団殺害)と非難を浴びて、米国をはじめとする先進諸国の広範なイスラエル支持をほとんど失った。イスラエルと米国にとっては危機に通じる痛手だ。ネタニヤフ政権は「停戦」合意のあいまいさもあって、現在も反イスラエル勢力に対する砲爆撃を継続、日々多数の死傷者を出し続けている。
パレスチナ側では、同じようにパレスチナにユダヤ国家はつくらせないという「パレスチナの大義」を掲げるハマスがガザ戦争で壊滅的打撃を受けたことから、武力闘争をあくまで続けるか否か、動揺しているとの現地からの報道もある。
パキスタンと「核の相互抑止」
イスラム世界の大半は「二国家共存」を求めているとみられる。だが、パレスチナ紛争には初めから大きな「力の差」があって、「力が正義」の現実の中で強者イスラエルにニ国家家共存を受け入れさせる壁になってきた。
イスラエルは米欧などのの支援を受けて、核兵器を含む強力な軍事力を有している。パレスチナは周辺諸国の独立の流れらから取り残されたまま、住民の武装組織のゲリラ的抵抗闘争、後ろ盾はイスラム世界の孤児とも言えそうなイラン。そのイランは力の差を埋めようと、自力の核兵器開発を進め、これを阻止する米国・イスラエルとの攻め合いが続いてきた。
協定に核保有国パキスタンが参加したのはたまたまだったのか、それとも核保有国であることによってだったのか。これを知る手掛かりはまだないが、共同防衛協定の仮想国にイスラエルが入っているとすれば,パキスタンの核(弾頭数170とされる)とイスラエルの核(同90)の間に「相互核抑止」が成り立つ形になった。
核兵器保有による相互核抑止が核戦争を阻止するとする核抑止理論は、核軍拡競争を正当化する虚構あるいは幻影だと思っている。だが、今の現実の世界では、この核バランスは核戦争を阻む役割を担っているとされる。そうだとすると、イスラエル陣営とパレスチナ陣営の双方の核保有は、紛争解決へのひとつの条件になるということもできる。
協定に核保有国パキスタンが加わったのは、この相互核抑止状態をつくることによってパレスチナ紛争における「力のバランス」の修正を図り、ニ国家共存への道筋をつけるねらいがあったのだろうか。
(最後に:3国の共同防衛協定調印に至る経緯やその背景につながる動きや情報はまだ何も出ていない。本稿は1970年代にカーター米大統領とサダト・エジプト大統領、ベギン・イスラエル首相の13日間にわたるキャンプデービッド会談の現地取材に始まった中東取材、大学に移ってからの研究を通して、中東では何でも起こることを学んだたうえで、その背景を探った)
(8月17日記)