米国は大英帝国の下にあった13の植民地が集まって一つの国家として独立した。 各植民地は州と名を変えたものの、強い州権を手放さなかった。州はそれぞれ憲法を持ち、その下に立法、行政、司法の機能を備えている。その主要な役職は州民の選挙で選ばれる。米国は日本では「合衆国」と訳されているが、独立後2世紀半経った今も「合州国」と呼ぶ方が実態に近いとよく言われる。
独特な「合州国」の大統領選挙制度
「合州国」の大統領選挙制度は独特である。有権者は州民として大統領候補への投票は許されるが、大統領を決める権限はない。大統領を決めるのは各州選出の識見ある大統領選挙人とする間接選挙である。この制度は連邦政府と州政府の二つの権力の間に隙間を生む。トランプ氏はそこに押し入って、大統領選での敗北を受け入れずに自分が当選者だと虚偽の主張を続けている。大統領選の制度はこれを許したが、止めさせるいい方法がない。
◇一般有権者と選挙人
各州が選任する(大統領)選挙人の数は➀連邦上院議員と同数。上院議員は州代表として州人口の大小に関係なく各州2人(首都ワシントンは州と認められていなのでゼロ)➁州選出連邦下院議員の数と同数。下院議員数は州の人口数に対応して決められる(首都ワシントンも含む)。こうして選出された➀と➁の総計は現在583人。憲法制定当時、州人口数を算出するにあたって奴隷は5分の3人と数えた。
民主、共和両党の大統領候補者(副大統領候補とカップル)が決まると、各州の両党は党候補者を支持する選挙人を推薦する(推薦を受けるのは地元の有力者になるのが通例)。有権者は大統領選挙投票に続いてそれぞれの州選挙人リストへの賛否の票を投じ、これで選挙人が確定する(実質は追認)。
◇「敗者」が当選も
11月上旬火曜日の一般有権者の投票が終わってから1カ月余り後の12月中旬の水曜日に、大統領選挙人はそれぞれの州都に集まって大統領候補に無記名で投票する。投票済みの票は封書に収めて封印され、上院議長、全州務長官(選挙で選出される各州の政府機関のトップ)、連邦高裁首席判事(11カ所)に送られる。
選挙人はそれぞれの出身州の一般投票で多数を得た候補者の名前を書きこむことが州ごとにルール化されている。これによってその州の勝者は州選挙人を総取りすることになる(選挙人5人のネブラスカ、同4人のメーン両州だけは部分的に比例配分を取り入れている)。これで誰が選挙人票の多数を得て当選するか分かる。メディアはそのまま報道して、選挙は事実上終わるのが常態。
次に翌1月6日、大統領選と同時に投票された議会選挙で生れた上下両院新議会の合同会議で、選挙人票の封印を解いて集計、選挙結果を最終的に確認する、20日に新政府が発足する(選挙人選挙の票を封印したのはこの儀式の建前)。
しかし、わずか583人の選挙人投票の勝者が1億数千万票にも達する一般投票での勝者と同じとは限らない。一般投票での敗者が選挙人票で多数を取って大統領に当選することが時々起こる。これだけで米国は民主主義国ではないとする米ジャーナリストや学者は少なくない(米政治に詳しいクラウス・ロンドンカレッジ大准教授ら)。
この異常事態は1800年代に2回、最近では2000年にゴア民主党候補が50万票多かったのにブッシュ共和党候補に敗れ、2016年にはクリントン民主党候補が286万票の大差をつけたトランプ氏に敗北する結果になっている。
◇「選挙結果転覆」は失敗
大統領選の投・開票、集計(自動集計機を使用)は州務長官の責任の下で実施され、結果は民主、共和両党および第3者からなる各選挙区選挙管理委員会、知事、州議会(上下両院)の順に送られて確認あるいは承認される。
トランプ氏は勝敗を分けた6州の大接戦ですべて敗れた。しかし、投票が終わらないうちに「大がかりな不正投票」があったと主張して、集計停止あるいは再集計を要求するとともに、州務長官、選挙管理委員会、州議会などの各レベルの州共和党に選挙結果を承認しないよう圧力をかけた。
各州とも何回かの再集計には応じたが「不正」は見つからなかったし、選挙結果を拒否しろとのトランプ指示にも従わなかった。バイデン当選を承認したことになる。トランプ氏に忠実な州は州裁判所、連邦裁判所、最高裁に選挙無効を求めて計60件余りの訴訟を起こしたが、裁判官から訴訟の態をなしていない訴訟権の乱用と懲罰されるものも少なからずあって、すべて敗訴に終わった。
知事、州務長官、州議会多数派が民主、共和両党の間でねじれていたし、州共和党幹部の間でもトランプ氏の「盗まれた選挙」キャンペーンは想定外で、それを受けとめる準備はなかったようだ。新大統領の就任は1月20日と憲法で決まっている。トランプ氏が最後のチャンスを賭けたのが1月6日首都ワシントンで開かれた上下両院議会合同会議だった。
トランプ氏が選挙結果を覆そうとした試みはすべて失敗に終わった。だが、次にまた同じことを許したら、もっとうまくやられるだろう。
「投票」規制とゲリマンダー
トランプ氏はホワイトハウスを去ってほどなく、2022年中間選挙(連邦議会,州議会・知事選挙など)から2024年総選挙(4年ごとに大統領選挙が加わる)へ向けた政権奪還に取り掛かった。接戦州を重点に2020年選挙で圧倒的に民主党を支持した黒人、ヒスパニック、先住民など少数派の投票率引き下げをねらう州選挙法の改変である。期日前および郵便投票の規制強化、投票所・投票函設置数の削減、身分証明書提示の厳格化など。米メディアによると、すでに共和党の強い19州で33法が成立している。
次はゲリマンダー。10年ごとに実施され国勢調査に従って州議会が選挙区割りを引き直す。州議会多数を握った党が自党に有利な線引きを強行するのがゲリマンダー。オバマ政権登場で民主、共和両党対立が先鋭化した2010年中間選挙の連邦下院および州議会選挙で、共和党が地盤にしてきた南部や中西部で議席を伸ばし、この優位をゲリマンダーでさらに固めたとされる。現在2020年国勢調査を受けて州議会で線引きが進められていて、次の選挙では州議会と連邦下院で共和党がさらに優位に立つとみられている。選挙法改変と合わせると、来年11月に迫っている中間選挙で民主党の上下両院の多数支配は共和党に奪い返される可能性が高いという見方が今は多数だ。
「州権力」握る共和党
州勢力バランスの現状は、➀知事と上下両院支配が共和党23州、民主党15州、ねじれ12州、➁上院支配が共和党32州、民主党18州、➂下院は共和党30州、民主党19州(1州は対)、④知事は共和党27州、民主党23州-すべてで共和党が優位。
2022年中間選挙でこれがさらに強まる可能性が高い。それを足場に2024年大統領選挙にトランプ氏が出馬するとすれば、一般投票で敗れても共和党が支配する多数の州の議会、知事、州務長官らに相手候補の当選を承認しないよう指令し、選挙の開票から選挙人選挙、両院議会合同会議までの大統領選挙の日程がマヒするという大混乱に陥ることは間違いないだろう。落着先は全く分からないが、「米民主主義の死」は決して杞憂ではない。
「虚偽」発言を信じさせた
大統領選挙で勝ったというトランプ虚偽発言は、支持者の7割、民主党支持者でも3割(各種世論調査)に信じられている。振り返るとトランプ氏は2016年選挙で敗れたクリントン候補に一般投票で300万票近く後れを取ったのが悔しかったのか、不正選挙があったと主張して再集計を求めた。2020年選挙でも投票日の半年も前からバイデン陣営は大がかりな不正投票をすると言い立ててきた。
嘘も百回繰り返せば本当になるという言葉がある。トランプ氏の「虚偽」の繰り返しは大統領への野心のなかに初めから組み込まれた戦略で、それが成功しているとみるべきだろう。
苦吟するバイデン・民主党
バイデン大統領と民主党はトランプ氏の「虚偽」戦略にどう対抗するのだろうか。大統領選挙制度では選挙結果に対する根拠なき承認拒否や異議申し立てを許さない連邦法の策定に取り掛かっていると伝えられている。州議会による様々な投票制限に対しては州法に優先する連邦法として、党保守派と共和党一部の穏健派との協力によって「投票の自由のための法」が合意されたが、共和党のフィリバスター(議事妨害)で葬られた。次の手を考えなければならない。
民主党は下院では多数を握っているが議席差は一桁。上院も議長(ハリス副大統領)の1票による多数は持っているが、2人の頑なな保守派を抱えていて、それが生かせないで苦吟している。バイデン・ニューディールと呼ばれ世論の期待を得ていた野心的予算・経済政策も立ち往生状態。順調なスタートを切ったバイデン政権だったが、アフガニスタン撤退の「混乱」批判も尾を引いていて、重大な試練にさらされている。
(10月24日記)