日本の少子化の流れは止まらず昨年の出生数は72万7288人と過去最低を更新した。今年はさらに減り、70万人を下回るという見通しが厚生労働省から示されている。筆者は毎年この時期、郷里、水戸で開かれる会合に参加している。水戸の観光のイメージアップと宣伝を行い、全国に水戸を紹介してもらう。そんな大事な役割を期待される「水戸大使」水戸大使の会の活動を紹介します(観光課) – 水戸市ホームページ (mito.lg.jp)なる役目を高橋靖水戸市長から委嘱されているからだ。年に一度開催の市長と水戸大使たちの意見交換の場でもある水戸大使の会総会で、今回、高橋市長が力を入れている取り組みとして紹介した一つが、こども・子育て支援だった。
2020年度から始まった「水戸市第2期子ども・子育て支援事業計画」は、今年が最終年度。子育て世帯の孤立を防ぐため、さまざまな対策が実施されている。保健師などが乳児のいるすべての家庭を訪問し、さまざまな不安や悩みを聞き、子育てに関する情報提供を行う「乳児家庭全戸訪問事業」や、育児支援が必要な家庭を対象に定期的に子育てアドバイザーが訪問し、相談、助言を行う「養育支援訪問事業」などきめ細かな取り組みも盛り込まれている。
部屋を変えての懇談会の席で、高橋市長に尋ねてみた。返ってきた言葉に込められた危機意識は並大抵ではない。茨城県内の市や町を何カ所か挙げ「日本全体で年に70万人しか生まれないというのは、これら県内自治体の人口を合わせた数と同じ。生まれた子は一人も残さずきちんと育て上げなければならないということです」。少子化の流れは水戸市自体抗し切れていない。昨年の出生数は1832人。前年の1869人から2.0%減となっている。市の人口も10月1日時点で26万7772人。前年に比べ0.47%減っている。茨城県の総人口281万2901人(4月1日時点)もまた、昨年に比べると0.56%減だ。
子ども・子育て支援策はいかにあるべきか。高橋市長とのやり取りの中で「こんな指摘もある」と市長に紹介した文書がある。国立社会保障・人口問題研究所が9月25日に公表した「子ども期の貧困経験履歴と大学進学―『21世紀出生児縦断調査(平成13年出生児)』を用いた分析―」国立社会保障・人口問題研究所リポジトリ (nii.ac.jp)と題する斉藤知洋研究員による論文だ。
2001年誕生児を継続調査
「(大学など高等教育)進路選択時期での経済的困窮世帯に対する事後的な支援のみでは、子どもの貧困に起因する教育達成格差を縮小・是正することは困難」。要するに授業料減免措置や奨学金制度の拡充といった支援策だけでは取り残されてしまう人たちが現に存在する。こうした現実を明らかにした論文で斉藤氏が根拠としたデータは何か。厚生労働省が2001年に始め、途中から文部科学省が引き継いで毎年実施されてきた「21世紀出生児縦断調査(平成13年出生児)の調査」結果21世紀出生児縦断調査(平成13年出生児):文部科学省 (mext.go.jp)だ。これがまた大変ユニークかつ重要な調査と思われるので、まずこちらから概要を紹介したい。
平成13年つまり21世紀初年の2001年の1月10日~17日の間に生まれた子どもと同年7月10日~17日の間に生まれた子ども全員と保護者を調査対象に、継続調査として毎年実施されている。初回から15回目までは厚生労働省、16回目以降は文部科学省が実施官庁。調査項目は同居者、学校生活のようす、起床時間・就寝時間、食事のようす、習い事などの状況、1カ月の子育て費用、父母の就業状況など当初からの項目に加え、途中から高校卒業後の進学あるいは就職希望などが加わった。調査の目的が当初の少子化対策から、教育面を加えた国の施策に活用するため、と広がったのが理由だ。一番新しい21回目の調査報告書(昨年10月公表)では、調査開始時0歳だった調査対象者は21歳になっている。
0~3歳時の貧困の影響大
この継続調査で示されたデータを基に、「子ども期の貧困経験履歴がいかなるパターンに集約されるのか」と「その貧困経験履歴によって子どもの教育達成の程度が異なるのか」を調べ上げたのが、斉藤研究員の論文だ。斉藤氏がまず調べたのは、調査対象者が0歳、3歳、6歳、9歳(小学3年生)、12歳(小学6年生)、14歳(中学2年生)という六つの時期に家庭がどのような経済状況にあったか。その結果、四つのグループに分類できることを見いだした。一度も貧困状況を経験していない「非貧困持続」群(全体の88.6%)、ずっと貧困状況から抜けられなかった「貧困持続」群(同2.5%)、0~3歳時に貧困状況にあったもののその後、貧困状況を脱した「貧困脱出」群(同6.0%)、6歳時以降に貧困状況に陥り、以後貧困状況にある「貧困突入」群(同2.9%)だ。
興味深い違いが見つかったのは、これらの調査対象者が19歳になった第19回調査(2020年)時点で通っている学校が「短大以上(短期大学・高等専門学校・四年制大学)」と回答した人たちの数。大学(短大以上)進学率に四つのグループで明確な差が見られたのだ。63.4%と最も高かったのは、やはり貧困状況を経験していない「非貧困持続」群で、最も低かったのは長期間にわたり貧困状態にさらされた「貧困持続」群の35.4%だった。一方0~3歳時に貧困状況にあったもののその後、貧困状況を脱した「貧困脱出」群の進学率は43.0%。この比率は6歳以降に貧困状況に陥り、以後貧困状況が続く「貧困突入」群の39.1%よりはわずかに上回るもの「非貧困持続」群に比べる20ポイントも低い。6歳以降は貧困状況にはないのに0~3歳時だけ貧困状況を経験した人たちは、進学率が貧困状況を経験していない人たちに比べ大きく見劣りし、むしろ6歳以降に貧困状況に陥り、以後貧困状況が続く人たちとあまり違わないという結果だった。「幼児期のみ貧困状態にある『貧困脱出』群についても大学進学上の不利が観察された」ことを斉藤氏は重視している。
大人一人子持ち世帯の貧困率深刻
厚生労働省によると「子ども(17歳以下)」の貧困率は2021年で11.5%と9人に1人が貧困状態にあることが分かっている。「子どもがいる現役世帯」(世帯主が18歳以上65歳未満で子どもがいる世帯)の世帯員の貧困率も10.6%と高く、特に「大人が一人」の世帯員では44.5%に跳ね上がる。
斉藤氏の分析で明らかになったのは、進路選択時期にあたる青年期に貧困状態にあることだけでなく、幼児期のみ貧困を経験することも子どもの教育水準を低下させている現実。さらに、子の出生1年前に母親が非正規雇用や無職であるケースや母子世帯での生活を経験すると、「貧困脱出」群よりも「貧困持続」群になる確率が高く、貧困状態の長期化を経験しやすい、という実態も。「進路選択時期での経済的困窮世帯への事後的な支援のみでは、子どもの貧困に起因する教育達成格差を縮小・是正することが困難であることを示唆しており、就学以前での貧困予防策ならびに貧困世帯への経済的支援の双方が重要であることを裏付ける」。斉藤氏はこのように指摘したうえで「子どもの出産前後の世帯所得の減少を最小限に留めると同時に、幼い子どもがいる労働者のケア役割を保障する就労支援策(産前・ 産後休業、育児就業など)や、児童手当・扶養者控除の拡充が一定の効果を持つ」と具体的な対応策を提言している。
子育て・教育費の重荷変わらず
日本政府は、3歳から5歳までの子供と0歳から2歳までの住民税非課税世帯の子供に対する幼稚園、保育所、認定こども園などの費用無償化(2019年10月から実施)、私立高等学校授業料の実質無償化と、大学生に対する授業料の減免措置と給付型奨学金の拡充(2020年度から実施)など、子育てに関する経済的支援・教育費負担の軽減策を実施している。2020年5月に閣議決定された「少子化社会対策大綱」でも、こうした教育費負担軽減策の着実な実施がうたわれている。しかし、国立社会保障・人口問題研究所が2022年9月に公表した「第16回出生動向基本調査」結果によると、夫婦が理想とする子供の数は2.25人だが予定の子供数となると2.01人と少なくなってしまう。その理由として最も多かったのは「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」(52.6%)だった(科学研究 – 日本家庭子女教育费负担过重,无法实现理想的生育人数 – 客观日本 (keguanjp.com)参照)
子どもの教育に要する家計負担が大きいことは、経済協力開発機構(OECD)の教育に関する報告書でも早くから指摘されている。9月10日に公表された最新の報告書「図表でみる教育2024年版(Education at a Glance 2024)」でも、就学前教育と大学など高等教育で家計負担がOECD諸国の平均より上回る実態があらためて明らかにされた。低所得世帯にとって特に負担が大きい就学前教育については、OECD諸国の平均で子供のうち私立の教育機関に在籍しているのは全体の3分の1にとどまるのに対し、日本では私立教育機関の在籍者が79%に上る。「保育ギャップ」といわれる期間が日本では2年間あるという現実も指摘されている。有給育児休業の終了から無償の幼児教育・保育または義務教育が開始されるまでの期間を指しており、「保育ギャップ」ゼロの国がOECD諸国のうち8カ国あるという。さらに家計負担が大きい背景として、日本の義務教期間が6歳から15歳までの9年間と、OECD平均の11年より2年短いことも挙げている。(教育 – 经合组织《教育概览》:日本学前及高等教育费用的家庭负担较重 – 客观日本 (keguanjp.com)参照)
なお残る経済的理由
水戸市は、新たなこども計画の策定に向けた基礎資料を得る目的で今年2月に実施したこども・子育て施策に関する市民ニーズ調査の報告書を3月に公表している。「就学前の児童の保護者」「小学生児童の保護者」「中学生及び高校生年代」「若者(概ね18歳から30 歳まで)」8000人を対象にした調査(回収率32.8%)だ。「就学前の児童の保護者」に対する次のような調査結果が報告されている。
認可保育園、認定こども園、幼稚園など「定期的な教育・保育事業」を利用していないという保護者が31.4%おり、これら利用していない保護者の5.8%(調査対象である「就学前の児童の保護者」の1.8%)が「利用したいが、経済的な理由で事業を利用できない」を理由に挙げている。さらに「地域子育て支援拠点事業」や「わんぱーく・みと」などの子育て支援施設を利用していない保護者が75.5%いる中で、「利用したい事業が地域にない」を理由に挙げた人が3.0%(調査対象者の2.3%)、「利用料がかかる・高い」を理由に挙げた人が0.8%(同0.6%)いる。
これらの数値は、「水戸市第2期子ども・子育て支援事業計画」の着実な成果を反映しているように見えるが「生まれた子どもは一人も残さずきちんと育て上げなければならない」という高橋水戸市長の決意からいえばさらに一層の取り組みが求められているということだろうか。
(了)