投稿者: 第５２回対馬の神と記紀の神（下）
記紀神話、地方神話を取り込む
海幸彦（うみさちひこ）は古事記の神話では、海で生活する漁師で、弟の山幸彦（やまさちひこ）は山の猟師とされる。山幸彦はある日、兄の海幸彦の釣り竿と弓を交換する。
ところが山幸彦は兄の大事な釣り針を無くしてしまう。山幸彦は釣り針を探し回り、海の神のシオツチに海宮に案内される。ここで針を見つけた山幸彦は海神の娘の豊玉姫と結ばれる。
豊玉姫は海岸に萱で四方を囲い、鵜の羽根を敷いた産屋で出産するので、覗かないで欲しいと言った。山幸彦は約束を破って覗くと、大きな鰐の姿になった豊玉姫が出産している姿を目撃する。約束を破られた豊玉姫は、怒って生んだ鵜葺草葺不合（ウガヤフキアエズ）を置いて海宮に帰り、代わりに妹の玉依姫が来て育てる。鵜葺草葺不合は成人すると玉依姫と結ばれる。玉依姫は四人の男の子を生む。長兄は彦五瀬命（ひこいつせのみこと）、二番目は稲井の命（いないのみこと）、三兄は三毛入野命（みけいりのみこと）、４番目がカムヤマトイハレビコノミコト、つまり神武天皇で、兄弟は二代続いて鰐から誕生したことになる。ここで古事記の神話編は終わる。やがて山幸彦は陸上に戻り釣り針を兄に返して、懲らしめるという筋だ。
対馬にはこれと似た話が伝えられている。山幸彦が尋ねて歩いた地域には、神話と似た地名が現在も残り、神話の世界にタイムスリップした感じになる。
山幸彦と豊玉姫が出会った和多都美神社
対馬市が作った「対馬神社ガイドブック」によると、釣り針をなくした山幸彦は、まず対馬市美津島町の鴨居瀬の濃部（のぶ）に住む。この集落には古社の天神神社があり、祭神は山幸彦だ。山幸彦と豊玉姫の出会ったのは、ここから近い豊玉町仁位にある和多都美神社。ここは韓国からの観光客にも人気のスポットといわれ、いくつものグループが写真を撮っていた。
鵜葺草葺不合が誕生したところは、美津島町の鴨居瀬とされ、豊玉町にある六御前神社には、６人の乳母が祭られている。神武天皇は４人兄弟で３人の兄がいたが、乳母は６人いたことになる。記紀神話の関係地がいくつも登場するのも面白いが、地名をたどることで山幸彦の人生の歩みもうかがえるようだ。
インドネシアやメラネシア地方にも類似の神話
海幸彦と山幸彦、豊玉姫については、専門家の間に海神と山の神との結合を意味しているとか、隼人族の一部が大和朝廷への服属を意味するとする見方もある。またこの神話は一般に釣り針型神話と呼ばれ、インドネシアやメラネシア地方にも類似の神話が広がっているとされる。
兄の海幸彦は九州南部の勇人の祖先で、対馬など九州北部の海洋民は豊玉姫を信仰しいて、山幸彦と九州北部の海洋民が、九州南部の勇人勢力を征服した物語を描いているのではないかとの見方もある。山幸彦と豊玉姫の別離はについては両部族間に争いが生じたのではないかとみる。
大陸からの先進の亀卜技術も磐余の地に
５世紀には対馬や壱岐から神々とともに、大陸から渡ってきた先進の亀卜技術も、磐余の地に移ったとされる。古事記ができたのは８世紀（７１２年）になってからだから、記紀の編集者たちは対馬の神話をはじめ、各地に伝えられてきた神話なども参考にしつつ、記紀神話を作上げていったとも思われる。