コラム「政治なで斬り」首相の解散権見直すべき 安易な解散を戒めた「保利議長」の見識 独では解散権なく 英ではEU離脱前に解散権なくその後復活

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 広島サミットの熱の冷めないうちに衆院解散、総選挙があるのではないかという観測がしきりだ。世界が大きな激動期にあり、日本もサミットで示された課題に、中長期の視点からの議論が必要であり、サミット解散をいぶかる向きもある。
   
 解散権は「首相の専権事項」と言われるが、かつて保利茂衆院議長が恣意的な解散権の濫用を厳しく戒めたことがある。英国では首相の解散権は議員の「任期固定法」で縛っていたが、最近、解散権は復活した。ドイツでは首相に解散権はない。首相の「解散権」については、各国模索しているが、日本でも議論を深める時期に来ているのではないか。

選挙好きは「政治家への不信感」 

 自民党の選挙対策関係の中堅議員は、「選挙期間はわずか12日間だから、政治空白を生む心配はない」と、こともなげに言った。しかし解散、選挙の空気を感じると、政治家は自分の選挙区が最大の関心事となる。メディアも選挙報道に力を入れる。総選挙では3分の1ほど入れ替わるので、これまでの国会での議論などは振り出しに戻ってしまう。政治の空白は12日間では済まないのだ。
                               
 日本ではおよそ3年に1度選挙があるとされる。2011年の秋に衆院選があり、昨年は参院選があった。本来、選挙は民意を反映させることなので、多いほど好ましいと思われがちだ。議会政治を生んだヨーロッパでも、18、19世紀ごろは選挙を数多くやることが、民意に沿うことだと考えられた。
                           
 一方日本でも選挙を歓迎する傾向が強い。東京大学名誉教授の佐々木毅氏は、「日本の場合は自分たちが選んだ代表者に、すぐに不信感が生まれるからではないか」と分析している。

英は一時、「任期を5年」に固定

 英国では、解散権は政権党に有利な時に行使されるので、公平さを欠くということから2011年に議員の「任期固定法」が作られ、議員は任期の5年は選挙がないことになった。ところがEU離脱の際、首相に解散権がないために議会を変え、民意を反映させることができないで、政治空白が生じたという反省から、2022年に「議会解散・招集法」が作られ、首相の解散権が復活した。

独ではナチス台頭許した反省から

 同じ議院内閣制のドイツでは首相に解散権はなく、解散は信任動議が否決されるか、不信任案が可決したときに限られる。ドイツでは伝統的に連立政権のケースが多い。このため政治が安定さを欠いて、ナチスの台頭を許したという反省があり、この制度は政局の安定を第一に考えられたとされる。大統領制のアメリカでは大統領に解散権はない。
                                   
 自民党の選挙関係議員の間では、今でも「公定歩合と解散の時期は嘘をついても許される」という言い方がされるが、その自民党で「首相の解散権」について、真剣に議論されたことがある。少し古くなるが1977年、福田赳夫首相時代、党内の主導権争いが激しくなり、福田首相はしきりに解散風を吹かせて、党内の動きをけん制した。                        
 
「ところが、この解散風は国会審議にも影響を及ぼし、おひざ元の自民党内から、前代未聞の解散反対の署名運動が起きている。当時、衆院議長だった保利茂氏は、事態を憂慮して「国会議員は主権者である国民の厳粛な信託を受けて、立法その他の機能を果たしている。内閣に衆院解散権があるからと言って、内閣の都合や判断で一方的に解散できるものではない」と、時の首相を厳しく戒めた。

選挙は「国民の厳粛な信託」

 サミット後の岸田政権の課題を数えて見ると、異次元少子化対策は今一つ具体性に欠ける。生活必需品はほぼすべて値上がりして家計を直撃している。生活がよくなっているという実感はない。少子高齢化、人口減対策にも真正面から取り組んでほしいところだ。高齢者の医療費が値上がりしている。社会保障の抜本改革も急がなければならないだろう。

 アベノミクスや統一教会問題、日銀のゼロ金利政策の功罪、モリ、カケなど未解決な課題も多い。外務省のある高官は「外交でのアピールは、一時的な追い風にはなるかもしれないが、国民生活に結び付くことでないから、長続きはしないでしょう」と言う見立てである。
 
 国民生活にかかわる課題に取り組まずに、支持率の高いうちに選挙をやってしまおうということでは、国民の信頼は得られないのではないか。

議会人の責任感や使命感みなぎる保利文書

 「国会議員は、主権者である国民の厳粛な信託を受けている」という保利氏の指摘は、議会政治、政党政治の中で極めて重みのある指摘で、後に「保利文書」として改めて公表されたが、議会人としての責任感や使命感がみなぎっている。

 岸田政権の面々は、先輩のこうした提言を胸に刻み込んで、この後半国会の論戦を蘇らせてほしい。

                                         (了)