米大統領選挙は11月5日の投票日を控えて、民主党候補のハリス副大統領、共和党候補のトランプ前大統領の当落の予想は全く困難という大激戦の中、勝敗を決するのは最後の追い込みでどれだけ票を積み上げるかにかかっている。選挙結果を決めるとされる激戦7州ではハリス、トランプの両候補の攻防戦が続いている。これまでトランプ氏の「非難・中傷」をあえて受け流してきたハリス氏も今では遠慮抜きの反撃にでている。
ハリス支持は「頭打ち」か
ハリス、トランプ両候補の「最期の決戦」の一方で、既に郵便投票および期日前投票も始まっている。トランプ氏は2020年選挙では郵便投票は不正を招くと反対した。だが、投票率を高める効果があるので今回は反対を取り下げ、共和党有権者の郵便投票も増えている。両候補ともすでに支持層の大半を固めているうえに、郵便投票と期日前投票が進んでいるので、残っている票はごくわずかだ。だからこそ1票でも2票でも欲しいというのが両候補だ。
10指を超える主要な新聞・雑誌・通信、テレビ、大学、世論調査機関(CBS News/YouGov、Reuters/Ipsos、Fox、The Economist/YouGovなど)による両候補の支持率調査が毎日のように公表されている。その一つワシントン・ポスト紙は10社ほどの調査結果を総合的に評価した支持率を随時報じている。25日の報道による激戦7州の両候補の支持率は以下の通り。
▽ハリス氏がリードしている州とポイント差;ペンシルベニア+1、ウイスコンシン+2、ミシガン+2、ネバダ+1(未満)の4州
▽トランプ氏がリードしている州とポイント差;ジョージア+2、ノースカロライナ+2、アリゾナ+2の3州
これを9月末段階の数値と比べると、ハリス氏はペンシルベニア州とミシガン州で同じように「+3」だったリードがペンシルベニアは「+1」へ、ミシガンは「+2」へと、それぞれトランプ候補に差を詰められている。ネバダ、ウィスコンシン両州は変わらず。
この期間には、バイデン大統領が「高齢」によって大統領候補から身を引き、ハリス氏が急遽、後をついでからしばらく、急速に支持を伸ばしてトランプ氏を追い越したが、頭打ちにぶつかってトランプ氏が終盤戦に入ってじわじわ差を縮めはじめたと報道されている。一方、トランプ氏が優位を維持しているノースカロライナでわずかだが差を縮めている
ハリス氏が苦しいのは民主党票での黒人のうち中高年男性には女性がトップに座ることには今も抵抗感が残っていて、オバマ元大統領が説得に走り回ってもなかなか票が伸びないこと、アラブ・イスラム系がイスラエルへの武器援助を続けていることに抗議して、ほとんどが棄権に回ろうとしていることだ。
ハリス候補は「転身」
ハリス陣営ではバイデン大統領への批判を封じ、相手候補とその支持勢力を刺激する攻撃は避けてきたが、大詰めの決戦に入ってこの制約を取り払った。ハリス氏はトランプ支持のテレビ局FOXニュースのインタビュー番組に初めて出演。「ハリス攻撃」の手ぐすねを引いていたキャスターの台本に沿った質問にはいちいち注文を付け、激しい議論を展開した。
ハリス氏は「バイデン大統領とは違うハリス大統領になる」と宣言した。インタビューアーが用意したビデオ画像はトランプ候補の虚偽発言をもとに制作したものだから、それに沿って発言するわけにはいかないと事実を正した。トランプ氏は自分に反対するのは米国の「内部の敵」として彼らの不法は行動には軍隊を動員するといっているが、軍隊はそういう使い方をするものではない―など。
トランプ氏に対しても直接攻撃に出ている。「虚偽発言を乱発するファシスト」「米民主主義を危くする危険人物」「情緒不安定で大統領には適さない」「私は大統領にふさわしい」などと主張した。ハリス氏の経験不足、政策不足に対する「頼りなない」との批判に対して、米国人が望む「強い指導者像」を誇示しようというのだ。
「トランプ氏はファシスト」と元首席補佐官
ハリス氏の伸び悩みの中、ニューヨーク・タイムズ紙(25日付国際版から)はトランプ政権で首席補佐官を務めたJ・ケリー氏(元海兵隊将軍)が、「トランプ氏を定義すればファシストで、ヒトラーはいいこともしたと評価していた」「憲法や法の支配が何かを理解していない」「(当選させれば)独裁者になる」「こうした人物を高いポストに就けるのは危険」-などと激しく批判した長文のインタビュー記事を掲載した。
ケリー氏はトランプ氏が最近、自分に反対する勢力は「内なる敵」としてロシアや中国よりも危険だとして、危険な行動に出るなら軍を動員して押さえつけると公言したことに危機感を深めて、この発言に踏み切ったとしている。ハリス氏はこの報道をどう受け取るか記者に聞かれ、「自分もトランプ氏はファシストだと思う」と答え、有権者に自分に投票するよう呼びかけた。
これを受けワシントン・ポスト紙(25 日電子版から)は、2020年6月に黒人青年フロイド氏が白人警官の過剰取り締まりで殺害された事件で 全米に抗議デモが広がり、ホワイトハウスも抗議デモに取り巻かれたとき、トランプ氏が現役の米軍部隊の動員を求め、国防長官や軍首脳がこれにいかに抵抗したかを、改めて詳細に報道した。
野放し「ハリス個人攻撃」
7州それぞれでわずか1〜3%の支持率を争う「最後の決戦」を今支配しているのは、双方の相手にたいする個人攻撃合戦である。トランプ候補はハリス候補に対して、初めからひたすら個人攻撃を続けてきた。その背景には4年間バイデン氏に勝つ戦略を練り上げてきたことが無駄になったという腹立たしさがあると思うが、その後のハリス氏への攻撃からはトランプ氏の女性蔑視、人種差別はあからさまというほかはない。
トランプ氏は「ハリス氏は白人と黒人を使い分けてきた」「バカだ、いやバカに生まれた」「無能、狂っている」などと言いたい放題、その一方で過激な共産主義者とも呼ぶ。最近では根拠なき性生活暴露や「神を汚す」とされる言葉まで平然と投げつけている。
トランプ氏の選挙スタッフや側近は、こうした個人攻撃は票を減らだけと何回も自重を求めてきたが効果はない。最後の追い込みがこれでは、自らハリス候補を助けているという嘆きの声も上がっているとの報道も出ている。
止まらない「虚偽発言」
トランプ氏はハリス氏とのテレビ討論のさい、オハイオ州スプリングフィールドで不法移民のハイチ人が地域住民のペットを捕まえて食べている、とバイデン政権の甘い移民管理を攻撃し、市長や州知事が彼らは合法移民でペットを食べた事実はないと否定する騒ぎになった。トランプ氏はその後も同じ虚言を繰り返している。
選挙戦の激戦州がいくつもある南部が次々に猛烈なハリケーンに襲われて大きな被害が出た。トランプ氏は、バイデン・ハリス政権がこうした自然災害に備える国土安全保障省の予算を不法移民の受け入れに使ってしまったとする虚言を今も広め続けている。これに対して被災地の住民の間で強い批判が起こっている。
こうした野放し「放言」はトランプ氏の老齢化の進行に重なっているとの見方を生んでいる。選挙集会での演説は長いだけで、同じ話の繰り返し、意味不明の発言がますます増えてきたと報じられている(ニューヨーク・タイムズ紙国際版特集、ワシントン・ポスト紙電子版など)。
「金満家」マスクの支援
選挙資金集めでハリス氏に大きく後れを取っているトランプ氏にとって、実業家E・マスク氏がトランプ支援に乗り出したことはありがたい。だが、同氏は13 日、激戦7州で「銃所持の自由」などトランプ氏の政策支持を並べたうえ「言論の自由」を付け加えて、これを支持する署名運動に賛同する選挙登録済み有権者(事実上はトランプ支持者)を紹介した人に47 ドル(約7000円)の謝礼を出すキャンペーンを開始、17日には最大の決戦州となっているペンシルベニア州に限って謝礼を100 ドル(約1万5000円)に引き上げ、さらに毎日1人だけ抽選で100万ドル(約1億5000万円)の奨励金を出し始めた。
事実上、露骨なトランプ支持票の買収だ。これに対して司法省は23 日、連邦法違反の疑いがあると警告を発した。いかにも「金満家」の支援らしい。金融情報サイト、ヤフー・ファイナンスの調査によると、このマスク支援によってトランプ候補への投票が増えるとみる人は25%、逆に減るとみる人が28%と多かったという(ニューヨーク時事)。
「中東戦火」と「ウクライナ」の重圧
ハリス氏が逃げ込むのか、トランプ氏が逆転するのか。選挙戦が終盤に入り、依然として予想は難しい。
ガザ戦争がヒズボラ・レバノン戦争へと拡大、ネタニヤフ・イスラエル首相は25日、ハマスのハニヤ最高指導者がイラン首都テヘランで暗殺されたことに報復したイランのミサイル攻撃に報復するという「報復に対する報復」に乗り出した。終わりなき往復合戦が始まったのか。ウクライナ戦争もプーチン・ロシア大統領がじわじわと軍事的圧力を強める中で、国際的なウクライナ支援体制の維持・再構築と、並行していかにして和平の手がかりを探っていくのか。バイデン・ハリス政権にはこの重い責任も覆いかぶさっている。
「トランプ氏は敗北を受けいれない」
バイデン・ハリス政権を待ち受けている試練はもう一つある。トランプ氏は落選を受け入れるかとのメディアの質問に答えを拒絶してきた。落選しても4年前と同じように、「不正選挙」を叫ぶだろうというのが大方の見方だ。政権および民主党がどのような対策を講じているのかは明らかではないが、今回はどうしても抑え込まねばならない。
当選者は翌年1月20日の就任式に向けて政権引き継ぎ・新政権つくりに入る。そのための法的手続きが決められているのだが、トランプ氏はその決まりごとを一切無視していると報道されている。
その一方でトランプ氏は就任後すぐにも、「不法に米国に入り込んでいる移民全員を強制的に国外追放する」、「自分を不当に捜査し起訴したバイデン政権の司法当局などの責任者に報復する」、「現政権の各機関に仕えた公務員の半分は解雇し、われわれの側の人で入れ替える」ーなどと主張している。当選と決まるとすぐにも、こうした「トランプ大改革」に取り掛かるとなれば大混乱の始まりになる恐れがある。それはたちまち世界に広がる。米国民はどうしてもハリス氏を勝たせる責任を負っているのだが。
(10 月26日記)