「皇室典範改正の暴走」高市首相が最重要法案として執念燃す 旧宮家養子の男子に皇位継承権 女性、女系天皇への道をふさぐ 麻生元首相の妹も養親対象の皇族に 露呈する現皇室への反感と軽視 戦没者巡礼、平和行脚は邪魔? 昭和100年式典でお言葉を排除 愛子さまの作文に見る平和への強い思い 

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 高市早苗首相が最重要法案として執念を燃やした皇室典範改定案が衆議院を通過しました。「皇族数の確保」を図ることが「立法府の総意」の議論の当初目的だったにもかかわらず、突如として政府案に①女性皇族の配偶者や子を皇族としないことを前提にした仕組み②戦後に皇籍を離れた旧11宮家(すべて伏見宮家の男系子孫で現天皇家と血統が遡って交わるのは、なんと室町時代)の男性子孫を養子として迎えることができ、その養子の男性子孫に皇位継承資格を認める――ことが強引に盛り込まれました。

メディア界は読売、日経も可決強行に反対

 女性・女系天皇への道は極力ふさいでおこうという思惑がうかがえます。これに対し新聞各紙は読売新聞、日本経済新聞といった保守系紙も特に旧宮家からの養子縁組について批判的な論調を掲げ、国民の総意へ向けて議論を仕切り直すよう社説で訴えてきました。それにもかかわらずの強行です。これが将来の日本にどのような影響をもたらすか。その頃に我々高齢者はもう別世界に行っているでしょうが、未来の日本のかたちが心配です。

 7月11日付の朝日新聞によると、これまでの議論で養親の対象として想定されているのは常陸宮家、三笠宮家、三笠宮寛仁親王妃家、高円宮家の4家の7人だそうです。このうち「三笠宮寛仁親王妃家」は、麻生太郎・自民党副総裁(元首相)の妹(旧名、麻生信子)が2025年9月に三笠宮家を離れて独立した皇族です。

 高市氏がこのグロテスクな皇室典範の改定に暴走してきたのは、一つには男系天皇に固執する日本会議や維新など右派への義理立てでしょうが、もう一つ見逃せられないのは平成天皇~令和天皇~愛子さんと続く現在の天皇一家のものの考え方に対する秘められた反感、敵意も関係しているのではないかと思います。世論調査で国民の7割が望んでいる愛子天皇の誕生は絶対に阻止したいのでしょう。

昭和100年式典後に両陛下が異例の所感公表

 この敵意を高市氏はひた隠しにしてきましたが、今年4月29日に行われた政府主催の「昭和100年記念式典」でついに露呈しました。天皇、皇后は臨席しましたが、式次第に「天皇のお言葉」は組み込まれず、高市氏が「日本列島を強く豊かに。日本に希望を生み出していくことを、改めてここに決意いたします」と大演説をぶちました。高市氏が式辞で「戦争」という言葉を使ったのは「戦争、終戦、復興、高度成長といった未曽有の変革」という冒頭のくだりだけ。式典後半では、高市氏が生まれた1961年(昭和36年)の楽曲「上を向いて歩こう」を皮切りに戦後の6曲がメドレー演奏され、舞台中央で姿勢を正す両陛下の脇で高市氏は、手拍子しながらリズムに乗っていました。

 お言葉が組み込まれなかった理由を宮内庁の黒田武一郎長官は「主催者である政府からの申し出によるもの」と答えています。また宮内庁幹部は式典に出席した両陛下の所感について公表。戦中、戦後の人々が味わった悲惨な体験や苦労をのちの世代に伝えていくことや、「平和を永続的に守っていくため、過去の歴史から謙虚に学び、深い反省とともに努力を続けることが大切」とのお気持ちだとのコメントを出しています。

 1968年の「明治百年記念式典」では昭和天皇がお言葉を述べた前例があり、今回はそれがなかったことから、高市政権による露骨な皇室軽視ではないかとの指摘も出ています。また式典後に天皇がこうしたお気持ちの文を出すのも異例であり、政府に口を封じられた形の天皇が国民に語りかけたいという強い意図を感じさせます。

『「平和」を人任せにしない』 愛子さまの思い綴られた作文

 下記サイトの文は、愛子さまが2017年に学習院女子中等科を卒業した際に卒業記念文集に寄せたものです。「世界の平和を願って」と題し、前年5月の修学旅行で広島市を訪れた際に感じたことや、平和への強い思いが綴られています。きちんとした文章に感心しました。少し長いですが、お読みください。

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 高市氏は衆院議員1期目で新進党時代の1995年、戦後50年の節目にアジア諸国への反省を示す国会決議に抵抗し、「私自身は当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもない」と国会で発言しています。

 こうした言動から推計すると、高市氏およびその周辺は、天皇ご一家による「慰霊の旅」や「平和への祈り」はもはや邪魔なもの、余計なことはしてくれるな、とまでとらえているのではないかと懸念します。これが私の邪推であることを切に祈ります。

                                            (了)