日本の再審制度は欧米に比べて、法の不備など冤罪の救済が遅れるなどと不評だ。政府は検察の不服申し立て(抗告)の原則禁止など、再審法制の改革に重い腰を上げたが、まだ不十分といわれる。冤罪事件を防ぐ刑事訴訟法の整備を含めて、国会を舞台に「開かずの扉」をこじ開ける努力を期待したい。
審理伸ばす検察の抗告
刑訴法の見直しは、袴田巌さん(90)の死刑確定から44年後の再審無罪がきっかけだ。袴田さんは逮捕から48年、拘束された。静岡地裁が14年に再審開始と釈放を決めたが、検察が抗告し審理はさらに伸びた。
袴田さんを支えてきた姉の秀子さんは「法律は神様でなく人間が作ったもの。直せないことはない」「その間、検察は何をしていたのか」「検察の不服申し立て(抗告)をしたことで審理がさらに長引いた。正常な法律にしていただきたい」と語っている。2026年4月現在の死刑確定者101人、再審請求者は46人だ。
自民党が強く全面禁止を求めているのは、裁判所の再審開始決定に対する検察の不服申し立て(抗告)である。これに対し法務省は抗告について当初、現状維持だった。ところが自民党の法案の事前審査で予想以上に異論が出た。このため、「付則で原則禁止」で収拾しようとしたがこれも強く反対され、文言で「本則で明記」と譲歩した。法務省側は抗告を何とか残したい考えだとされ、一方自民党の反対も強く、調整は難航している。
表現をめぐる議論も一進一退だ。「十分な根拠がある場合に限り」という文言では、自民党は「抗告できる道」を開くことになると反対。ただし例外規定にすると今度は、「抜け道に使われる」と警戒を生むなど、双方に緊張感がみなぎっている。
「証拠開示」のルール化
証拠の開示も難題だ。刑訴法は再審開始の条件として「無罪を言い渡すべき明らかな新証拠」の開示が必要としている。ただし請求する人は、裁判所に提出した証拠のほかに、どのような証拠を持っているのか分からずに請求するケースも多い。また警察や検察が証拠を隠していても、請求人はそのことは知らない、裁判所もその証拠の開示を命じられないことがあるだろう。ただ過去には再審請求で裁判官が検察に開示を求め、再審決定や無罪になったケースもある。
袴田さんの再審無罪の決め手になった「5点の衣類」のような証拠が、開示されるかどうか。請求人側が証拠のリストに広くアクセスできることが欠かせない。
だが平口洋法相は、27日の衆院法務委員会で、検察による証拠一覧の開示に否定的な考えを示した。
英独では検察の抗告を全面禁止に
刑訴法の見直しは多いに結構なことだが、人権尊重を掲げるドイツやイギリスの例に比べると日本は何とも時間がかかりすぎる感じだ。立法府である国会は。司法制度の欠陥に気が付いたら、直ちに改革に取り組む果敢さが必要だろう。
日本が参考にしたドイツ刑訴法は、1964年の法改正で、検察官の即時抗告を禁止とした。理由は再審開始決定が下された段階で、既に判決の信頼性は揺らいだのだから、公開の再審公判で判断すべきだと考えた。誤った判決に対しても個人の尊厳を損なうことは許されないとして、基本法(憲法)が掲げる人間の尊厳を重視している。ドイツ流厳格主義の一面がのぞく。
イギリスでは、1997年に冤罪事件が頻発。このため裁判所や警察から独立し強力な調査権限を持つ刑事事件審査委員会(CCRC)を立ち上げた。CCRCはすべての警察記録や証拠にアクセスができるだけでなく、CCRCの決定について、検察官は原則として不服申し立てができなくなった。その結果、裁判のやり直しが保証されたといわれる。
再審公判、確定までに9年
焦点の検察の抗告について、その後の議論で法務省は、「抗告理由は速やかに公表する」としているが、検察官の不服申し立て(抗告)はどうしても守りたいとされる。法務省がこだわるのは、「三審制の下で確定した判決を、下級審の一回の判断で覆すのは不合理」というのが理由とされる。
これに対し、抗告禁止を求める議員は、裁判所が「再審を始めるべきだ」と判断しても、検察が不服を申し立てると、そこで手続きが長期化してしまう。袴田事件では、2014年に静岡地裁が再審開始を決定した後、検察が即時抗告し、再審開始決定が確定するまで約9年もかかった。東京高裁は23年3月に再審開始を認め、検察が特別抗告を断念して、ようやく再審が始まった。長くかかると当事者は高齢になり、記憶も薄れる。抗告が冤罪の救済を遅らせているように見える。
高市首相も重大関心を
ある法相経験者は「抗告を維持して法案を提出しても、与党少数の参院で否決される可能性がある」と懸念する。また「この法案を衆院で再可決すれば2年後の参院選まで尾を引く」とみる。改正案の議論には高市早苗首相が質疑に立つ「重要広範議案」だが、政府関係者によると、首相官邸は再審法制には熱意は感じられないという。再審法制改正は前任者の石破茂前政権から引き継いだ案件だが、「人権救済が目的で、タカ派色の案件ではないので熱が入らないのではないか」といわれる。
ただ政権の対応次第では、支持率にも影響するのではないかと言われる。ことは国民の権利義務、人権の尊重、民度などにもかかわる。好みや左か右かの議論にかかわることなく、民意最優先で緊張感を持って取り組で欲しい。