「外出禁止」など厳しい規制措置を緩和して経済活動の再開を急ごう―新型コロナウイルスに振り回されて人気低落のトランプ大統領の、自己中心の危険な賭けだ。呼びかけに応じたのはトランプ支持の共和党支配の州。「早すぎる解除」はウイルスの蔓延を再燃させると規制継続を優先させる民主党支配の州。感染者・死者数で世界最悪となった米国の新型コロナとの闘いは、両党の対立そのままに二分され、11月大統領選挙の前哨戦の様相を呈してきた。
「コロナ」で人気低落
トランプ氏が新型コロナウイルス曼延の重大性を理解できないまま軽卒発言を繰り返して批判を浴びるうちに、感染は拡大の一途をたどった。トランプ氏は3月13日非常事態宣言を出さざるを得なくなった。それでも4月12日のイースターまでには宣言を解除し、経済活動を再開させると公言したが、とてもそんな事態ではなかった。
トランプ氏はやむなく4月末までの期間延長を受け入れたが、5月1日経済活動再開にこだわった。大統領選挙の日程が日々、迫ってくるからだ。毎日のコロナ情勢の記者説明を全部自分で仕切って、人気回復と世論誘導を図った。これが全くの裏目に出た。記者発表の前には医療専門家やスタッフが情報を整理する打ち合わせを行うが、ワシントン・ポスト紙などの報道によると、トランプ氏はこれには出ることはなかったという。
トランプ氏の発言はいつもの記者会見と同様に、もっぱらメディアと民主党攻撃、そして自己顕示。陪席する感染症専門家は、努めて刺激は避け、やんわりと誤りを正し、事実に沿った解説を加えるのが役目となった。これが2時間にも及ぶのが普通。視聴者はうんざりする。世論調査によると、非常事態宣言直後に支持率上昇効果が見られたが、国家の危機に際して起こる現象。トランプ氏のコロナに関する発言を信用するのは共和党支持者を含めて20〜30%、支持率もすぐ元の40%台前半に戻った。
民主党の大統領候補選びの予備選挙はコロナで事実上打ち切りとなり、バイデン前副大統領が指名を手にした。しかし、大統領候補としての選挙運動ができないまま鬱々としているのに、トランプ候補は毎日、ゴールデンタイムのテレビ画面を独占している。民主党は危機感を深めていたが、その心配は必要なかったようだ。
「規制解除」へデモ煽る
トランプ氏は感染防止の規制措置解除は大統領権限で強行できると考えていた。しかし、その権限は州知事の手にある。感染症専門医師グループから性急な解除は感染再燃のリスクが大きいと強い警告も受けた。しかし、トランプ氏は5月1日解除を諦めない。感染者の減少と医療態勢の確立の進捗に合わせてという形式的条件を付けて、3段階で経済活動の再開を進めるよう4月16日に各州知事に呼びかけた。
その前日には中西部ミシガン州で「ロックダウン(都市封鎖)解除」を求める数千人のデモが起こった。米紙の報道によると、18日からは数日にわたってオハイオ、ウィスコンシン、ミネソタ、ペンシルベニア、メリーランド、バージニア、ノースカロライナ、テキサスと中西部、西部、南部にわたる約20州でも同様のデモが行われた。これらの州は共和、民主両党の勢力が拮抗していて、大統領選挙および上下両院選挙の行方に、トランプに反対の民主党支持州は大きな影響力を持っている。
デモの規模は大小あったが、地元市民の数より共和党右派の「茶会」、極右を含めた保守派の政治組織、銃規制に反対する全米ライフル協会などのメンバーが目立ち、ほとんどが白人。南北戦争の南部同盟の旗も見られたと報道されている。トランプ氏は民主党知事のミシガン、ミネソタ、バージニア3州のデモに向かってツイッターで「(コロナ規制から)自らを解放せよ」とエールを送った。民主党の反発は当然だが、大統領の異常な党派行動と批判を浴びた
観光スポットも解禁
トランプ氏の「経済活動再開」呼びかけに最も積極的に応じたのがフロリダ州ケンプ知事だった。同州の観光資源の一つ、ビーチは感染拡大の大きな原因になった。だが、同知事はビーチ再開も含めフィットネスセンター、ボウリング場、ネイルサロン、美容院、ディナーレストラン、プライベイトクラブなどをすべて再開すると明らかにした。これにはトランプ氏も「やりすぎ」と反対した。知事は譲っていないが、いわゆる「3密」は守り、ビーチには椅子やパラソルの持ち込みは認めないとしている。
制限解除は知事権限となったので、その結果「コロナ感染」が再燃して感染者や死者が再び広がってもトランプ氏の責任はないことになった。しかし、トランプ氏は一言しておこうということだったのだろう。
「規制解除」を決めたほかの州でも、それぞれの状況に応じた「感染防止」策をとるといっている。これは当然だろう。しかし、考えられる感染防止策をすべて実行しても、この見えない脅威から身を守ることがいかに難しいかをみんなが体験してきた。世論調査では今の段階での「規制緩和」反対が70〜80%に達している。
追い詰められたトランプ陣営
ワシントン・ポスト紙の報道では、トランプ陣営選挙担当は最近、これまでの戦略でトランプ支持率を再選可能なレベルに引き上げることは無理と判断した。そこでバイデン民主党候補の「甘い中国政策」を徹底的に叩く戦略に切り替えることを検討しているという。2016年のトランプ当選では、相手のクリントン候補に徹底的な個人攻撃を加えたのが成功している。トランプ氏が起死回生を図るとすれば、これまで失点ばかりの「コロナ問題」で大量得点を挙げるほかはない。そこで無理やりの「早期規制解除―経済再開」に出たとみて間違いないだろう。
危機的状況にあったニューヨークもようやく最悪事態を脱した(4月13日クオモ知事)。民主党支持州は同州をはじめ北部と西海岸に位置し、大都市を中心にする経済・商業州で人口密度が高く、「コロナ感染度」が高い。これに対してトランプ・共和党支持の州はほとんど中西部と南部の人口の少ない農村地域で、「コロナ感染度」はより低く、「第2波感染」の確率も低い。この判断がトランプ氏を危険な賭けに走らせたのだろう。いや、再選を狙うには他の手はなかったのだ。 (4月27 日記)