<ガザ情勢>容易に戦争を止めようとせずなぜここまでこじれたのか 「反ネタニヤフ」は「反イスラエル」ではない ハマスとイスラエルの2国家共存潰しの「悪魔の同盟」

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 パレスチナ紛争とは何か。4分の3世紀に及んで流血の衝突を繰り返したあげくの4カ月、このままではジェノサイド(民族皆殺し)になると国際司法裁判所(ICJ)から警告を突き付けられてもなお、容易には戦争を止めようとしない。パレスチナ紛争はなぜ、ここまでこじれしまったのか。

 その問いにわかりやすい答えを、米報道に見つけた。第2次世界大戦終結から2年あまり、ユダヤ人国家イスラエルの生みの親となり、その後も保護者役を担ってイスラエルをもっともよく知っているはずの米国で、大まかに3世代ごとにイスラエルをどう見るかが違っていることが背景にあるというのだ。

高齢層とZ世代の分断

 ニューヨーク・タイムズ紙国際版(1月27日付)のあまり目立たないページに掲載されたZ・クライン記者の記事のテーマは、米国の大学キャンパスに広がる反イスラエル・デモが反イスラエル主義との批判を受けていることに関連して、今米国で高まっている反イスラエル主義と反シオニズムの問題である(注:反イスラエル主義を言うとき米国では一般的には反セミティズムが使われる。シオニズムは離散したユダヤ人のイスラエル国家建設運動をいう)。

 クライン記者は、学生たちが反対しているのはネタニヤフ首相のパレスチナ政策に対してだから反イスラエル主義ではないと指摘する。その上で2009年から12年連続、さらに1年半空けて2022年末に今の政権を握ったネタニヤフ長期政権が進めてきたパレスチナ政策は、米国の利益に反しているとの立場を明確にして、学生たちの「ネタニヤフ反対」を支持している。

 イスラエルに対する世論の分断状態が最も鮮明になっているのが、65歳以上の高齢層と18〜29歳のいわゆるZ世代と呼ばれる若者の違い。同記者は最近の主要な世論調査から次の例を挙げている。

▽イスラエルとハマスのどちらに同情するか―65歳以上63%がイスラエル、Z世代70%がハマス。

▽米国は今後もイスラエルに援助を続けるべきか―高齢層75%が続ける、Z世代は55%が反対。

▽ハマスが完全に制圧されないでも民間人を救うために軍事攻撃をやめるべきかー高齢層30%、Z世代67%はそうすべき。

▽イスラエルは真剣に和平を求めているか―高齢層55%がイエス、Z世代59%がノー(2023年12月のニューヨーク・タイムス紙/SIENA世論調査から)。

今も「か弱いイスラエル」

 こうした高齢者と若者の間の意見の断絶をもたらしたものをクライン記者は次のように解説する。高齢者は若いときからイスラエル建国の歴史を見てきて、パレスチナ民族や周辺のアラブ諸国と戦争をしながらここまで来たのは奇跡的、今でも国家存亡の危険にさらされていると考えている。バイデン大統領がこの世代を代表としている。

核保有国の「大イスラエル主義」

 次の高齢者と若者にはさまれるわれわれ(クライン記者が属する)の世代が知るイスラエルは、別のイスラエルである。中東地域最強の軍事国家で、核兵器を持っている。

 そのイスラエルは(国連総会決議で割り当てられている)パレスチナの領土を時には不当に占領してきた。しかし、平和共存を目指したラビンやバラクがいた(2人ともオスロ合意をまとめ、実施しようとしたイスラエル労働党首相)。その後にはパレスチナ住民の(第2の民衆蜂起)や自爆テロが起こった。イスラエルは口では「二国家共存」を謳いながら(占領地の)西岸地域で入植地建設を推進、パレスチナの「一国支配」という「大イスラエル主義」への事実造りに乗り出した。

 今、米国を支配しているこの中間世代だが、パレスチナ問題では高齢者世代と次の若者世代の挟み撃ちに遭っている。

「抑圧者イスラエル」

 そして、次の世代のイスラルがくる。彼らが知るのはネタニヤフ氏のイスラエルだけである。今イスラエルは中東地域では飛びぬけた軍事国家である。そのネタニヤフ政権は救世主的かつ熱狂的な閣僚に支配されていることをみてきた。イスラエルはパレスチナ人の生命も土地も支配し、それを永続させようとしている。抑圧者と被抑圧者である。

 彼らのこの見方は単純化されていて、全く正しいとは言えないが、全く誤っているとも言えない。学生たちはパレスチナ人を永続的に抑圧し、和平への努力をしないネタニヤフ氏のこうしたパレスチナ政策に反対して抗議しているのだから、反セミティズムではないというのがクライン記者の判断である。

「オスロ合意」潰しの同盟

 クライン記者はニューヨーク・タイムズ紙(国際版)の広告によると、毎週2回読者を招く時事問題懇談会をPodcastで開いている同紙の若手スター記者。この記事の中でネタニヤフ氏が「二国家共存」を目指す「オスロ合意」をつぶす目的で「パレスチナの大義」というパレスチナ側で同じ立場をとるハマスを後押しして、湾岸のアラブ国カタールを通して活動資金までつぎ込んできたなどと報じている。

 ネタニヤフ政権とハマスは、オスロ合意締結のパレスチナ代表機関であるパレスチナ自治政府の弱体化で協力、占領地西岸でも不法入植者(熱狂的なユダヤ教信者が多いとされる)を煽って衝突事件を頻発させた。ハマスは2007年にはクーデター的にガザを支配下に収めて「オスロ合意」に決定的な打撃を与えた。そのハマスとイスラエルが互いに相手に決定的な打撃を与え合う「ガザ戦争」に突っ込んだ背景は何だったのか。

 ネタニヤフ氏とハマスが「二国家共存」潰しの「同盟」を組んでいたことはパレスチナ問題に詳しいジャーナリストたちの間では知られた秘密で、部分的には報道もされてきた(『Watchdog21』1月14日拙稿)。このネタニヤフ氏とハマスが実は「同じ穴」から出て(一時的かもしれないが)「悪魔の同盟」を組んでいたことが、少なくとも米国およびイスラルで広く知られていたならば「ガザ戦争」はどうなっていただろうか。

「無理」は通らなかった

 「ガザ戦争」はなぜ始まったのか。米トランプ政権(2017-2020年)はネタニヤフ氏のイスラエルを全面支援、占領地東エルサレムを含めたエルサレムをイスラエルの首都と承認、テルアビブの米国大使館をエルサレムに移転した。これを受けてアラブ首長国、バーレン、スーダン、モロッコと国交正常化が進んだ。

 次のバイデン政権もイスラエルとサウジアラビアなど穏健派諸国との関係改善の後押しをしてきた。中東関係者の一部ではパレスチナ紛争はこのまま「自然鎮静」していくのではないかという声も聞かれるようになっていた。

 こうした情勢の進展がハマスの危機感をあおり、それがハマスのイスラエル農村共同体への奇襲攻撃に駆り立てたという見方がある。だが、「陰謀論」が盛んな時代だ。逆にこの戦争を仕組んだのはネタニヤフ氏とする「陰謀論」も広く流れている。

 ネタニヤフ氏が長期政権の末に支持を失い、汚職を暴かれ追い込まれて、ハマスを一気に壊滅させて「二国家共存」の芽を完全に摘み取り、全パレスチナにユダヤ国家を広げ歴史の英雄になろうーとしたというのだ。イスラエル軍がハマスの奇襲攻撃を全く察知せずに無防備だったというのはおかしいというのがこの説の始まりになっている。

「イスラエルロビー」

 イスラエル批判は米国だけでなく西欧諸国でも、言い出しにくい状況があったことは広く知られている。その最大の理由は米国のイスラエル・ロビー=代表的なのが「米国イスラエル広報委員会」(AIPAC)=の存在にあるとされてきた。AIPAC は基本的にその時のイスラエル政府の政策を広く伝え支持を求めるのが役割りであることは当然だろう。それがイスラエル批判にたいして「反セム主義」と決めつけて激しい攻撃を加えることになり勝ちというのもわからないでもない。ホロコーストの歴史を背負う米国や西欧では「反セム主義者」のレッテルを張られることには耐えられない状況があることもわかる。

 そんな歴史の中で「ガザ戦争」はネタニヤフ批判を噴出させて、正当なイスラエル批判は反セム主義ではないという議論を広めたことでも、パレスチナ・イスラエル問題解決への新しい状況を創り出した。

(イスラエル批判とイスラエル・ロビーについては稿を改めたい)

                          2月2日記