「文春砲」が世界のトヨタ自動車のトップに批判の矢を放った。週刊文春2月29日号(22日発売)の「巨弾レポート 豊田章男トヨタ会長はなぜ不正を招いたのか」との8ページにわたるトップ特集記事のことである。サブタイトルに「元コンパニオンの重用、日経新聞を拒絶・・・」と、何か意味ありげな言葉が並ぶ。
大手メディアでは書けない記事ばかり
「覆面作家」、梶山三郎氏(ペンネーム)が書いた小説、「トヨトミの野望」「トヨトミの逆襲」と23年12月に出た「トヨトミの世襲」(いずれも小学館刊)の3部作に、おおむねそっくりな場面がいくつか登場する。もちろん、フィクションと実際に取材した記事という違いはある。
トヨタが大きな広告主であるという関係もあり、大手メディアでは思い切って書けない内容ばかりで記事は埋められている。日野自動車に続き、完全子会社のダイハツ工業、そして〃源流企業〃の豊田自動織機というトヨタの3つの子会社での悪質なクルマに関わる「認証不正問題」が相次いで発覚し、親会社のガバナンスも問われる中、外部による調査委員会の報告書が出そろったタイミングで、週刊文春は果敢にそのタブーに切り込んだ。
その内容には、WEB記事などでは知られていた事実もある。週刊文春流のいつもの丁寧な取材でインパクトのある中身となっている。他の大手メディアが扱い兼ねている「トヨタタブー」に対して真っ正面から挑戦した週刊文春は、そのジャーナリズムとしての存在価値を改めて高めた仕事といえるのではないか。
「章男さんは変わった」
少し週刊文春を誉めすぎたかもしれない。月刊「文藝春秋」では、約1年前の23年1月号で「〈14年ぶりの社長交代〉特別公開・トヨタ豊田章男社長がすべての疑問に答える」との23ページのインタビュー記事を掲載、章男氏がトヨタへの熱い思いを語っている。有名人のインタビューは取り扱い方によっては、〃ヨイショ記事〃ともなりうる。この事実も付け加えておきたい。文藝春秋らしい週刊誌と月刊誌の使い分けであり、配慮なのだろう。ジャーナリズムとしてはもちろんこれは「アリ」である。
記事の中で私が最も注目したのは、18年から社外取締役をつとめる元経産次官、菅原郁郎氏の発言である。「章男さんは変わってしまった。昔は一家言持っている人たちが周りにいた。だが、20年ごろから副社長を次々と放逐して、率直に物を言う人がいなくなった」との言葉はトヨタの取締役会メンバーとして重い。
提灯記事しか書かないメディア
さらに菅原氏の発言の中でも特に大手メディア批判が利いている。「メディアもだらしがない。テレビも新聞も(トヨタに関しては)提灯記事しかやらないから・・・」 。この指摘は当たっているように見える。菅原氏はこれらの発言で、トヨタのお目付役の「社外取締役」としてその役割を果たした、ともいえる。週刊文春記事により、「ジャニーズ問題」に続く「大手メディアの沈黙」との批判も再燃するかも知れない。トヨタによるマスメディア支配とも見えるその対応の実態やメディア側の忖度などトヨタに関するメディアの在り方を考えた。
章男氏が日経の「減益報道」に激怒
週刊文春特集によると、豊田章男氏がとりわけ毛嫌いしているのは、日本経済新聞社だった。そのきっかけは、20年5月12日付夕刊「トヨタ、今期8割減益」(わき見出しに「営業益5000億円」)の記事だった。
この主見出しについて、章男氏は「コロナ禍でも5千億円の利益を出したことを評価すべきなのに、なぜ8割減を強調するのか」と不満をを示した。これが発端で、日経の担当記者は一時期オンラインの〃囲み取材〃から外された、という。
この囲み取材、当初は、章男氏の愛知県の自宅への各社の担当記者の朝駆けだったのが、コロナでオンラインとなっていた。「今期8割減益」は発表された事実で誤報でも何でもない。
「『NHK』に大激怒」
会員制情報誌「FACTA」の20年9月号のWEB版「トヨタ社長『NHK』に大激怒」でこの場面を補足すると、章男社長(09年から23年まで社長、同年4月1日から社長を非創業家で執行役員だった佐藤恒治氏に譲り、会長に就任)は、「減益」を強調して報道されたことに激怒。翌5月13日、章男氏と側近の小林耕治代表取締役「番頭」(正式呼称)が、日経、中日、NHK、読売の記者に対して「なぜトヨタが頑張っていることを書かないのか」などとZOOMを使ったWEB会議で激しい剣幕でまくし立てたという。この場には、朝日や毎日、共同などはいなかった。4社は朝駆けを許されたお気に入りということらしい。
日経の表彰式でも章男氏はその報道姿勢を批判 広告での日経外し
さらに、日経に関する週刊文春記事は続く。見出しの問題だけではない。翌21年2月19日に開かれた「日経スマートワーク大賞」の表彰式。トヨタは大賞に選ばれたのだが、(章男氏は)日経の岡田直敏会長に対して「ウチを批判する者が表彰するとは」と皮肉ををかましていた、と書く。
FACTAが同年3月5日にオンライン公開した「号外速報」によると、章男氏は岡田会長に向かってふだんの日経の報道姿勢への批判を始めた。そして、再び、文春記事。23年1月1日付朝刊では露骨な日経外しが行われた。
日経への広告掲載せず
朝日、読売、毎日の各紙には、2面にわたって大きくトヨタのオウンド(自社)メディア「トヨタイムズ」の広告が掲載されていたが、日経には掲載されなかった。広告収入にも大きく依存する日経にとってこれはかなりの打撃だったに違いない。
しかし、日経は章男邸への朝駆けメンバーにも選ばれていた。19年10月には、元トヨタ担当キャップで本社経済部次長を章男氏の側近として送り込む人事を内定したこともある(元朝日新聞記者のトヨタウオッチャー、井上久男氏の「日経記者が豊田章男社長の側近に」現代ビジネス19年9月6日)、という。日経は日本を代表する経済紙である。
トヨタへの公式の記者会見以外の直接の取材も欠かせない。だから、日経がその後、トヨタと和解したのかが注目されるところだが、文春取材にも日経は答えていないので、現在の関係は不明だ。
東洋経済もトヨタへの出入り禁止
「拝啓 トヨタ自動車社長・豊田章男様」で始まる22年8月6日号の週刊東洋経済のコラムも章男氏の怒りを買うきかけとなったらしい。その内容は・・・。
「トヨタ社内、周辺を含めて、風通しが悪くなっているように感じます。そうした事態を招いている原因の一端に、豊田社長の強すぎるリーダーシップがあるように見えます」「すべてが豊田社長のせいとは言いませんが、反面、トップの力が巨大になればなるほど、下は意見を言いにくくなる。忖度がはびこり、不都合な情報は上がらなくなる。古今東西どの組織にもいえることです」
コラムのすべてを紹介できないが、言われたほうはこのコラムで「自分が批判された」と、受け取る可能性はある。しかし、その内容は、しごくまっとうなもので、トヨタをよく知るジャーナリストとしての直言だ。
出禁
このコラムの筆者である東洋経済のコラムニスト、山田雄大氏は「企業と報道機関の関係、トヨタと東洋経済の現在 強まるメディアへの圧力、異見は悪口なのか」(24年1月23日、東洋経済オンライン)でその後のいきさつを以下のように書いている。
東洋経済は現在、トヨタと微妙な関係にある。いわゆる、「出禁(できん)」になった。「出禁」は「出入り禁止」のことで、山田氏によると、正式な記者会見には出席できるが、「朝会」「レクチャー」「説明会」と称するものの案内はこない。事前に情報をつかんで取材依頼しても門前払いであり、広報を通じた取材は受け付けてもらえないのだという。
このコラムが出た後、トヨタの役員が東洋経済新報社に直々に抗議文書を持参。以後、東洋経済記事にクレームが続き、それまで呼ばれていたレクチャーなどへの門は閉ざされた。23年12月20日のトヨタの完全子会社、ダイハツ工業の認証不正に関するダイハツとトヨタの記者会見や第三者委員会の会見には東洋経済記者は出席できたが、その後、トヨタは複数回にわたり報道機関にこの問題での説明の場を設け、12月25日にはダイハツも説明会を開いたが、東洋経済はそのどちらにも参加できなかった。
狭い度量
ダイハツ関係者からは「トヨタさんから強いサジェスチョンがあったメディアにお声がけさせていただいている」といった話を聞いたという。ユーザーの安全・安心に直結する特定メディアの排除は問題がある、と考えたのか12月28日のダイハツの「オンライン会議」には出席することができ質問もした。ことし、1月5日に山田氏が久しぶりにあいさつした章男氏から「悪口ばかり書く」とのお叱りをいただいた、のだという。
この程度の批判的な内容のコラムを書いただけで取材が制限される。何と度量が狭い理不尽な対応だろう。子会社の不正についての「ダイハツ説明会」にすら出席できない、とはびっくりした。ダイハツにまでトヨタは影響力を行使していたことになる。
見出しを事前に教えるよう迫るのが常態化
日経、東洋経済の例を挙げたが、ジャーナリスト、松岡久蔵氏の「トヨタ、章男社長の暴走・・・広報が競合他社に関する報道に介入」(ビジネスジャーナル、21年3月9日)によると、トヨタの内情に詳しい全国紙ベテラン記者の言葉として「トヨタ広報は、決算や各種発表の際、事前に担当記者に見出しやトーンなどを教えるよう電話で迫るのが常態化している。ひどいのは記事がネットで紙面よりも早く流されたときで、内容が気に入らないと、即座に現場記者に『後ろ向きの記事だ』などとクレームを付けてくる」という。
章男氏が直接に指示したとは思わないが、広報が忖度してやっていることなのだろう。私も長い社会部記者経験の中で、電力会社からやんわりとどのような記事になるかを聞かれたことはある。もちろん、記事内容などは事前には絶対に教えられない。現場の記者たちはこれを受け入れているのではないと思うが、きっぱり断るべきでである。場合によっては編集局長名で抗議するのが筋だろう。
メディア嫌いの理由
豊田章男氏がメディア嫌いなのは有名だ。月刊誌「文藝春秋」23年1月号の章男氏へのインタビュー記事でも、09年、米国での死亡事故をきっかけに起きたトヨタへの大規模リコールに言及。「当時、メディアのバッシングには凄まじいものがありました」との質問に「これは完全に僕をつぶしにかかっているな(と思った)」と答えている。
このことがメディア嫌いの理由かは必ずしも断定できないが、社長就任直後のことで、米国でのメディアの報道の仕方に章男氏はかなりショックを受け、それがトラウマとなった可能性はある。
5年連続で広告宣伝費トップ
日経広告研究所の調べによると、トヨタの広告宣伝費は19年度は第1位の4708億円で5年連続トップだったが、20年度はなぜか「非開示」となっている。19年からトヨタはオウンド(自社)メディア「トヨタイムズ」を立ち上げ、現在もテレビで「トヨタイムズ」の存在をアピールする広告が目立つ。
23年1月26日、章男社長が会長につき、佐藤恒治執行役員が社長となる〃電撃発表〃も通常の記者会見形式ではなく「トヨタイムズ」の緊急生放送として行われた。トヨタウオッチャーの井上久男氏によると、トヨタは「トヨタイムズ」をヤフーのような媒体にしようとしており、主要メディアに記事の買い上げや、タイアップ企画の提案を持ちかけている。
「トヨタイムズ」の活用
しかし、あくまでも「社内報」の延長であり、トヨタにとって都合の悪い記事や映像は掲載しない(現代ビジネス、19年9月6日)と指摘している。最近では今年1月30日に国交省がエンジンの認証不正問題で豊田自動織機立ち入り検査に入った際には、章男氏は久しぶりに謝罪の記者会見を開いた。しかし、2月13日のダイハツの経営陣更迭の際の記者会見は佐藤社長に任せ、章男氏の姿はなかった。記者会見に代わる「トヨタイムズ」の活用場面が増えている。
マスディアとのフラットな関係の再構築を
今後もトヨタは「トヨタイムズ」と記者会見を併用していく方向を見せている。しかし、「トヨタイムズ」は井上氏が指摘するように、その内容から見ていまのところ、「社内報」の延長にすぎないのではないか。相次ぐ子会社の不正からグループ再生のためにトヨタが打ち出した「グループビジョン」を出して約2週間たった2月12日、トヨタの研究施設で行われた章男氏とグループ20社の現場リーダーとの対話が最新のトヨタイムズにアップされている。
それを見ると、章男氏の改革への努力や熱意は痛いほど感じられる。だが、それよりも、トヨタが今しなければならないのは、日本のものつくりのトップ企業としてトヨタはマスメディアとのフラットな関係を再構築する必要があるのではないか。
そのためにも、章男氏には、メディアからの耳の痛い批判をも受け入れる度量を持ってもらいたい。特定の記者を排除したり、広報が事前検閲まがいのことをしているとしたら、世界からみて日本のトップ企業としてはどうなのか。
マスメディアに求められる公正な報道
一方、マスメディア側にもトヨタとの「適切な距離」をとった公正な報道が求められる。少なくとも、トヨタの社外取締役から「テレビも新聞も提灯記事しかやらないから」と言われるような実態が現実にあるならば、「言論の自由」にとって由々しき事態である。トヨタは日本経済を左右する大企業であり、その公共性からも、マスメディアにとって「権力監視」の対象でもあることを改めて肝に銘じるべきである。
(了)