「強制力がない」から改憲で「緊急事態条項」明記は乱暴すぎないか 「自粛」や「要請」でコロナ禍が防げたらそれこそ誇るべきレガシー

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 新型コロナウイルス感染が拡大する中で、日本国憲法は施行から73年を迎えた。日本での感染者は1万5千人近くになり、死者も500人を超えた(5月2日現在)。人間のいのちに関わることなので、このような比較は誤解を招く恐れもある。あえて言えば、世界の感染者が330万人(5月2日現在)を超えた。米国の感染者110万4千人、死者6万5千人を筆頭としてスペイン、イタリア、英国、フランス、ドイツ(感染者数が多い順番)など欧州の主要国でも、感染者は軒並み16万人以上、死者もドイツの6700人を例外としていずれも2万人を超えている。人口からみても、米国を除いたこれらの欧州の国々は日本の1億2千6百万人よりはるかに少ない。感染者数はPCR検査数と関係しており、日本のPCR検査の数はまだ各国に比べて極めて少ないので、そこは何とも言えないが、少なくとも「死者の数」は今のところ、ドイツと比べても桁違いに少ないといえるだろう。この現実は重要である。軽症者や無症状の感染者が多く、油断すると、爆発的に感染者が瞬く間に広がる、という新型コロナウイルスの特性からみて、残念ながら、まだまだ日本でも死者は増えると考えられる。とても安心できる状況にないというのが正直なところだろう。

政権のコロナ対応は批判されて当然

  政府は4月7日の特措法に基づく「緊急事態宣言」以降、人の移動を8割減らすことを目標に行動制限を全国で実施してきた。8割はなかなか達成されておらず、宣言はさらに5月いっぱいまで延長されることが決まった 。学校は休みとなり、企業もテレワークなどに切り替えて人と人の接触をできるだけ減らす「ソーシャルディスタンス」を政府や自治体がすすめ、国民はそれを受け入れている。安倍晋三政権は東京五輪の中止や中国の習近平主席の来日に気を使い水際作戦に成功したとはとてもいえないし、現段階でも、「アベノマスク」に象徴されるマスクや防護服など医療現場ですら足りない状況や10万円の一律給付は何とか決まったものの、自粛と休業補償はセットであるはずなのに、政権はなかなか重い腰をあげない。「検査」と「隔離」が感染症対策の基本であるはずなのにPCR検査も目標になかなか達しない。政権のコロナ対応は「後手後手」「場当たり的」と批判されて当然だ。

 しかし、 新型コロナ特措法や感染者法で確かに欧米に比べ強制力が低い「自粛」や「要請」さらに「指示」でこの世界的脅威と戦っている国はほとんどないことも確かである 。それもいまのところ、日本はなぜか、欧米主要国に比べ死者は少ない。このまま死者数を抑えることができたら、どうだろうか。何も「日本スゴイ」という一部保守のイデオロギーに乗って、ナショナリズムを煽るつもりはない。また、「同調圧力」に日本人は弱いから、との理由を付けることもしたくない。
 
 そうならば、この現実はなぜなのか。コロナウイルスが怖い。うつって死にたくないし、他人にうつしたくない。だから、外出(「不要不急」という言葉はあまり好きではない)をできるだけ控え、家族以外の人とは会わず、仕方なく外出の際は、何回も手洗いを実行し、マスクを付ける。治療薬やワクチンがまだないのだから、この方法しかないー。ほとんどの人が頑固なほどにこのことを実行しているから 、とまず思いたい。そして、医療従事者や現場で働く公務員、流通やスーパー、交通など必要な社会的インフラを支えるために感染リスクがありながら命がけで働く人々がいてくれるからこそ、何とか乗り切れているのだと思う。このことは国民こぞって感謝すべきである。「自粛」「要請」「指示」でこの状態を脱出できたら、憎っきコロナ禍を防ぐことができたら、日本としてそれは誇るべきレガシーとなるのではないのか。何とか「レガシー」がほしいはずの安倍さんも改憲などを考えずに、そのことを「熟慮」してほしい。

安倍首相にとっては改憲の絶好のチャンス

 そこで憲法の話である。安倍さんは「憲法改正」を自分の任期中に実現するのが悲願だ。内閣発足以来、安倍さんはことあるごとに、「お試し改憲」から「裏口入学改憲」などと、改憲派の憲法学者からも皮肉られるような言動を繰り返してきた。さらに2017年の憲法記念日、憲法改正を求める集会にビデオメッセージを寄せ、戦争の放棄を定めた憲法9条について「1項、2項は残しつつ、自衛隊を明文で書き込む考え方は国民的な議論に値する」と述べた。このとき、改憲をできるだけ容易にするため、持論だった戦力不保持を定める9条2項の改正論は事実上封印した。

 その安倍さんがこの5月3日、ジャーナリストの櫻井よし子さんが主催する改憲団体にメッセージを寄せた。新型コロナの感染拡大を受け、憲法を改正して「緊急事態条項」の創設を訴える内容だった。4月7日に「緊急事態宣言の発令」を説明した際にも、日本維新の会からの「国が強制力を担保するためにも、憲法改正による緊急事態条項の創設が不可欠だ」との訴えに「国民の安全を守るため、国家や国民がどのような役割を果たすか、憲法にどう位置づけるかは、極めて重く大切な課題だ」と前のめりな答弁をしている。

 これは、自民党内で「コロナ禍は改憲のいい機会」ととらえる幹部がいることや、国民の間にも「特措法」には「強制力がない」、「外出制限が徹底できない」などの声が出始めていることが背景にある。野党から「火事場泥棒」といわれようが、安倍さんは、改憲の絶好のチャンスと見たのではないか。維新を除く野党が反対、与党の公明党もあまり乗り気ではないとメディアでは報道されている。改憲の目標達成について、当初、2020年中といっていたが、肝心の知恵袋の官邸が分裂しているといわれる現状でその実現は、困難だろうし、私はガチガチの護憲派ではないが、個人的にはそう思いたい。「安倍一強」の勢いは来年9月の総裁任期切れを控えて衰えてきたように見える。しかし、支持率が上がると、すぐに元気を取り戻す人だから油断できない。これまで何度も繰り返してきた得意な奇策を打ち出さないとも限らない。

 自民党が「改憲4項目」を盛り込んだ「緊急事態条項」は「大地震その他の異常かつ大規模な災害」に条件を絞り①内閣の権限強化②国政選挙を実施できない場合の国会議員の任期延長ーを提案している。まだ、本格的な議論に入っていないので、「内閣の権限強化」というあいまいな形になっている。2012年の自民党が野党の時に作った憲法改正草案には、「災害」のほかに「外部からの武力攻撃」や「内乱等の社会秩序の混乱」という条件も入っていた。自民党は改憲を4項目に絞る際に、国民に受け入れやすいように「大規模な災害時」だけに絞っている。2012年に作った改憲草案の「Q&A」では「緊急事態宣言の効果」について「緊急事態の宣言が発せられた時は、内閣は緊急政令を制定し、内閣総理大臣は緊急の財政支出を行い、地方自治体の長に対して指示できることを規定しました。ただし、その具体的内容は法律で規定することになっており、内閣総理大臣が何でもできるようになるわけではありません」と書かれている。わざわざ「何でもできるわけではない」といわれると、私の悪い癖で、余計にそれでは何かあるのかと勘ぐってしまう。

「緊急事態条項」は「緊急事態宣言」とは全く異なる「内閣独裁条項」

 東京都立大教授の木村草太さんは、憲法の「緊急事態条項」と特措法の「緊急事態宣言」は「緊急事態」という名前が同じだけで全くその内容は異なるという。そして、「これには十分、気を付けなければなりません」と警告する(4月30日、デジタル毎日)。木村さんは「自民党が改憲草案で示した緊急事態条項は、国会を通さずに法律と同じ効力を持つ政令(「緊急政令」という )を出せるなど『内閣独裁条項』です」と指摘する。その上で「感染症の拡大防止に必要なのは、内閣独裁権ではありません。現行の憲法の枠内、つまり、人権と権力分立を保ちながら、有効な対策はいくらでも打てます。改憲は不要」と言い切っている。

 日本での「歴史の教訓」も忘れてはならない。
 日本の明治憲法は、緊急勅令や天皇の非常大権といった緊急権を定めていた。1923年(大正12年)9月1日に起きた関東大震災では、旧憲法下の国家緊急権(緊急勅令)が適用された。多数の外国人や思想家たちが虐殺されたが、その契機となった悪質なデマの出元は、海軍省船橋送信所の9月3日午前の各地方長官宛の打電であるというのが定説である。1928年(昭和3年)には、治安維持法の「国体変革についての厳罰化」が帝国議会を通さずに「緊急勅令」で改正され刑罰に「死刑」が付け加えられた。

 最も優れた近代憲法といわれるドイツのワイマール憲法には第48条に国家緊急権の規定があり、社会不安の中でこれが乱用され、全権委任法が制定され、ヒトラーの「ナチス独裁」につながっていき、世界中を戦火に巻き込んでいった。

 海外では「どうなっているのかー。「緊急事態条項」は、「国家緊急権」と呼ばれる。東工大名誉教授、橋爪大三郎氏の「国家緊急権」(NHKブックス)によると、国家緊急権とは、人民ではなく政府のアクション。平時の憲法を忠実に守っていたのでは、人民の利益が大きく損なわれる。そういう究極の緊急事態に、政府が人民に代わって、人民の福祉のために、超憲法的な行動をとる。この状態はあくまでも一時的で、緊急事態が過ぎ去れば、元の憲法秩序に復帰する。一番の問題は緊急時とはいえ、政府が憲法の枠を踏み越えて行動する点にある、としている。

 2017年1月10日の朝日新聞「考論」の早稲田大学の長谷部恭男教授などによると、ドイツ、フランス、ロシア、韓国などが「国家緊急権」を憲法に定めている。連邦制国家のドイツは、立法・行政権限が州と連邦に分かれているので、緊急事態では州の権限を連邦に吸い上げるために「国家緊急権」の規定を置いた。その点、日本は中央集権的なので、立法が必要ならば,さっさと国会を召集すればいい。今、日本で憲法に緊急事態条項を設ける必要はない。確かに,フランス憲法は「非常事態に際して大統領に権限を集中する」と規定している。ただし、その適用要件が厳しいために、ドゴール政権下で1回発動されただけである。だから、2016年11月のイスラム国によるパリ同時多発テロの際も一般の法律を適用した。英国はそもそも憲法典がないので、すべて法律で対処している。米国憲法には人身保護令状の執行を停止できるという条文があるくらいで,緊急事態条項は置かれていない。大事なのは、現在までに、ドイツ、フランスなどで今回のコロナ禍で「緊急事態条項」を使わず、一般の法律を使っていることに注目してほしい。

 最後に、「緊急事態条項」についての世論調査を紹介しておきたい。まず共同通信が4月28日にまとめた調査(東京新聞4月29日付朝刊)では、大規模災害時に内閣の権限を強め、個人の権利を制限できる「緊急事態条項」を新設する案に賛成「51%」、反対「47%」と賛否は二分した。ただし、安倍政権下での改憲は、反対「58%」、賛成「40%」だった。
 3月上旬から4月中旬に行った朝日新聞の世論調査(5月3日付朝刊)は、3択で「いまの憲法を変えずに対応すればよい」(57%=昨年55%)、「憲法を改正して対応するべきだ」(31%=昨年28%)、「そもそも必要ない」(8%=昨年10%)だった。産経・FNN合同調査では、緊急事態条項新設に65・5%が賛意を示した、と4月13日に報道している。これらの調査結果をどう見るか。