日本では裁判中の写真撮影が禁止されているため、河井克行前法相夫妻の初公判での2人の様子はイラストで見るしかなかった。スマホで撮影し即送信という現代に、法廷内撮影の禁止は時代遅れだ。対照的に、ニュージーランドでは銃乱射事件の判決言い渡しで、被告・裁判長の動画がテレビで流された。撮影・報道している海外の例を参考に、日本でも憲法の「裁判の公開」という原則に立ち、被告ら関係者の人権を尊重して法廷内撮影を可とするルール作りに乗り出す時だ。
ライブ時代いまも延命法廷画家 (風哲)
法廷イラストが2日連続で新聞、テレビに登場した。公選法違反の罪に問われた前法相・衆院議員の河井克行被告と妻・参院議員案里被告の初公判(8月25日)とIR汚職事件で贈賄罪に問われた2人の被告の初公判(26日)だ。上記の川柳「ライブ時代…」を作って、当ブログの「ウォッチドッグ川柳」に投稿した。
河井夫妻は約70日ぶりに公の場に姿を現し「前法相は濃紺のスーツ姿で少しやせた様子、案里議員はパンツスーツ姿。マスクを着けた2人の襟元に、国会議員バッジはなかった」(東京新聞)と記事にある。この様子を見た一般の人は、傍聴券23枚(429人が並んだ)を得た人だけで、他の人は、法廷画家らが短時間でスケッチしたイラストを新聞やテレビで見るしかなかった。
NZ:被告と批判する遺族を放映
一方、昨年3月のニュージーランド・モスク銃乱射事件で51人を殺害した罪に問われた被告に、クライストチャーチの高等裁判所は8月27日、終身刑を言い渡したが、裁判長が「あなたは殺人者であるだけではなくテロリストだ」と言う音声を含む動画が放送された。判決を聞く被告の姿も放映された(日テレNEWS24・8月27日)。
この前日には、裁判所に事件の遺族ら90人が集まり、被告と対面して怒りなど様々な声をぶつけた。この動画は、BBCニュース日本語版で見た。
バチカンでも写真撮影・報道
私は報道された海外の法廷内写真を集め、大学のジャーナリズム論の授業で、日本の「報道の不自由」を考える素材として学生に示した。その一部を紹介すると-。
1 中国元政治局員・薄熙来被告の初公判(国営中央テレビの映像)
(毎日新聞 2013年8月23日朝刊)
2 プロ野球ヤクルトの選手、米マイアミで監禁・暴行の疑いで逮捕、拘留中
(TBS 2014年1月15日)
3 ドキュメンタリー「モスクワ パンクバンドの反乱」
(NHK BS1 2014年1月19日放映)
4 殺人罪に問われた南アフリカ・両足義足ランナー
(ジャパンタイムズ 2013年2月21日 AFP=JIJI)
5 元ローマ法王執事に禁固刑、バチカン文書流出事件
(47NEWS 2012年10月6日 Reuters=共同)
資料作成の時点で、米国では裁判の模様をネット中継したケースもあった。上記のロシア・パンクバンドのメンバーは法廷内の檻の中にいて、“見せしめ”としての公開とも受け取れた。海外の法廷内撮影・報道の実態はさまざまだが、日本の常識・撮影禁止が世界の常識でないことは確かだ。
判決を聞く東條英機の写真
戦後の法廷写真事情について、田北康成「裁判員裁判における取材・報道の制約とメディアの役割」(田島泰彦編著『表現の自由とメディア』日本評論社、2013年所収) を参考に次に記すと-。
憲法82条で「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」と規定され、「撮影自由時代」となった。
有名な写真がある。極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷で判決を聞く東條英機(元首相、陸軍大将)の姿だ。軍服を着て耳に同時通訳用ヘッドホンをつけて立っている。判決翌日の1948年11月13日付の朝日新聞朝刊は一面中央に「東條・宣告を受く」との写真説明付きで掲載、左側にやや小さいが、「判決を下すウェッブ裁判長」の写真もある。東京裁判は一般の裁判とは異なるが、自由撮影時代を象徴する写真だ。
許可制・禁止の時代へ
しかし、写真撮影などで法廷が混乱したとの理由で、刑事訴訟規則215条(1949年)で「公判廷における写真の撮影、録音又は放送は、裁判所の許可を得なければ、これをすることができない。但し、特別の定のある場合は、この限りでない」と規定し、許可制となった(民事裁判でも同様)。1952年には、裁判官会議が禁止とした。
1980年代末、メディア側がこの取材・報道の制限の撤廃を求め、裁判所と交渉した結果、①撮影は裁判官全員の着席後、開廷宣告前の間の2分以内②撮影は、刑事事件では被告の在廷しない状態で行う-という「頭撮り可」に落ち着いた(「法廷内カメラ取材の標準的な運用基準」1991年)。
その後、この運用基準の改定をメディア側が求めたが、東京地裁は1996年、①被告のプライバシーの問題②被告に対する心理的影響-などから、法廷内撮影は公正の裁判を受ける権利を侵害するとの理由で改定を拒否して、今日に至っている。
被告が撮影を求めても拒否
上記の二つを理由とする撮影禁止は、被告自らが撮影を求めた場合、根拠を失うことになるが、足利事件の公判で、被告側が廷内での撮影を求めたのを、裁判所は拒否した。
事件は1990年、栃木県足利市で起きた女児誘拐殺人事件。無期懲役が確定した被告が再審請求を続け、2010年3月26日に無罪判決が言い渡された。その過程で、被告側が、被告の在廷写真と裁判官の判決言い渡し・見解表明の場面などを報道陣が撮影する許可を求める上申書を宇都宮地裁に提出したが、地裁は認めなかった(毎日新聞2010年3月3日付)。裁判所は法廷の秩序維持を優先した。
撮影可を原則とし、人権尊重のルール作りを
以上のことは、報道された法廷写真を整理した結果だ。同じ国でも州や地域によっては法廷の動画のライブ配信を可とするところもあり、また同一裁判でも動画とイラストの両方がある場合(ボストン爆破事件)もあるなど実態は多様だ。法廷内撮影は、「公正な裁判の実現」「取材・報道の自由」「被告らの人権」-の三つの原理が絡んでくるが、日本でも撮影可を原則とし、被告らの同意など人権を守る条件を明示するルール作りのため、裁判所とメディアが、海外の法廷での現状・制度を網羅的に調べて、論議を進めるべき時だと考える。
(8月31日記す)