2021年が明けて間もなくの1月20日、米国では「トランプ大統領の4年」が終わり、バイデン次期政権がスタートする。だが、トランプ氏は、自分が勝った選挙をバイデン氏が大量の不正投票で盗んだ、という主張をあくまで貫くと宣言。11月3 日の大統領選結果を最終的に承認する1月6日の上下両院合同会議の日に、ワシントンで大規模な抗議行動を行うよう支持者に呼びかけている。トランプ氏は、この行動は「荒々しい(wild)ものになるだろう」(ワシントン・ポスト紙電子版)と言っている。これは何を意味するのだろうか。
極右組織が首都集結
「不正選挙」を理由に選挙無効を訴えた裁判は全て門前払い、違法行為を取り締まる責任を負う司法長官も選挙結果を左右するような大量不正の証拠なし、そして上院多数を占める与党共和党首脳部が12月14日の大統領選挙人による投票でバイデン当選を確認。いまや孤影を深め憤懣を募らせている最近のトランプ氏だ。彼が何をするのかは、これまで以上に全く予測不能だ(ニューヨーク・タイムズ紙)。
ワシントンからの報道によると、トランプ氏はこのデモで騒乱状態を引き起こして「反乱(制圧)法」を発動、軍隊を出動させ戒厳令を敷いて、11月の大統領選で接戦となった中西部・南部6州の選挙を無効にする―というクーデターを目論んでいるとの不安が浮上している。
ワシントン市内の老舗ホテル「ハリントン」には、大統領選当選者を決める大統領選挙人による投票が行われた12月14 日の前から、そろいの制服で身を固めたトランプ氏の熱狂的支持者の組織「プラウド・ボーイズ」の数百人が滞在している。トランプ氏が1月6日にデモを呼びかけたと知って、ホテル支配人は12月29日に5〜6両日のホテル閉鎖を発表した。「プラウド・ボーイズ」の出撃基地にされたのではホテルの名が廃るからだという。
民主党や法律学者、主要メディアはそろって、上下両院合同会議がバイデン氏の当選確認を確実視しているし、戒厳令による選挙無効化は憲法上も法制的にも起こり得ない話であり、世論も許さないとみている。
トランプ氏がクーデターの挙に出たとして、その成否は第一に動員をかけられた軍部がどう出るかにかかる。陸軍長官と陸軍参謀総長は直ちに、選挙の結果がどうなるかと軍は関係ないと共同声明。制服組トップのミリー統合参謀本部議長は6月に「BLM(黒人の命は大切)」デモがホワイトハウスに押し寄せたとき、「軍は憲法に忠誠を誓っている」とトランプ大統領の出動命令は受け入れないと宣言している。「大量不正なし」発言をして12月23日付けで事実上解任されたバー前司法長官も同じ発言を改めて繰り返して、トランプ氏の暴走をけん制した。
だが、トランプ氏が大統領権力を握りしめている1月20日 までは、米国民主主義はいつ内政あるいは外交の危機にさらされか分からない―ワシントン・ポスト紙のベテラン、イグナティウス記者はこう警告している(28日同紙電子版)。
共和党との亀裂深める
米メディアは最近のトランプ氏の言動にある変化が起きていることに注目している。トランプ氏は1日の死者が3000人超という最悪事態に陥っているコロナ感染第3波対策には全く無関心で、ひたすら「盗まれた選挙」を取り戻すキャンペーンに没頭している。だが、その攻撃の矛先は、バイデン氏と民主党よりも「バイデン当選」を受け入れた共和党議会およびと激戦州の同党指導部へ向けられている。
選挙結果を覆すというのは、元々無理やりの「トランプの戦い」である。成功する可能性はないが、やめろといっても聞かないだろうから適当に付き合ってきたというのが共和党幹部たちの腹の内だったのではないか。だが、それが失敗に終わろうとしているのは、共和党が本気で支援せず、しかも途中で裏切ったからだ―トランプ氏はこう怒りを掻き立てている。
トランプ氏は共和党上院トップのマコネル院内総務を最大の攻撃の的にしている。マコネル氏は大統領選と同時に行われた上院選で再選された。トランプ氏はマコネル氏が民主党候補に追い込まれて苦戦しているとき、支持声明を出して救ってやったのに、その恩を忘れたのかと。今回当選した同党の他の8 人の上院議員に対しても、同じように恩知らずと激しく攻撃している。
1月6 日の上下両院合同会議は普通なら選挙結果を新議会が型通りに承認するセレモニーである。だが、トランプ氏の執念は選挙結果をひっくり返す最後のチャンスにこの合同議会を選んだ。共和党下院議員の中の強固なトランプ支持者数人がここで「不正選挙」のバイデン氏当選を認めないと発言する。上院からも1 人でも反対が出ると、バイデン政権への賛否を採決に付さなければならない。両院で「バイデン反対」が多数を占める可能性はまずない。だが、採決はトランプ支持か否かの踏み絵になる。トランプ氏が4年後の大統領選での再挑戦を狙っているとすれば、大きな足掛かりなる。だからマコネル氏ら共和党上院は、それは回避したい。
トランプ氏が接戦の末に敗北した中西部と南部6州の選挙結果の無効化を求めた50 にもおよぶ裁判闘争の最後を託した最高裁への提訴で、下院共和党から6割を超える126人がトランプ氏の圧力を受けとめて原告に名を連ねた。2 年ごとに全員が改選され、選挙に明け暮れる下院議員は大統領の支持が欲しいし、にらまれて選挙妨妨害をされるのは怖いという事情があるからだ。任期6 年で州代表の意味合いが強い上院議員との違いだ。マコネル氏ら上院党幹部は「反対」発言を完封しようと説得工作に全力を挙げている。
コロナ緊急支援でも共和党怒らせる
コロナ感染の拡大によって食事もままならない困窮に追い込まれたり、家賃が払えずに家を追い出されそうになったりしている人は数千万人。この「コロナ弱者」を緊急に救済する超党派による法案が12 月21日、上下両院を通過した。民主党が10月から大型支援を主張、共和党が抵抗してきたが、両党の一部議員が超党派で合意を模索、年末ぎりぎりにやっと実現した。
だが、トランプ氏は、困窮者支援金の生活補助600 ドルは少ない、2000ドルに上げろと注文を付けて、年末年始を過ごすフロリダへと飛んでしまった。トランプ離れを始めた共和党議会への腹いせとみられる。2000ドルというのは民主党の元々の主張だったから、民主党はすぐ乗った。だが、法案が29日までに成立しないと緊急コロナ対策ばかりか政府支出もストップされて、政府閉鎖に追い込まれる。時間はない。トランプ氏はそのぎりぎりの28日やっと署名、法案は成立した。はらはらさせられた共和党議会はトランプ氏への怒りを隠さなかった。
トランプ氏はこの4 年間、自分が指名ないし任命したホワイトハウスや省庁の高官が言う通りにならなかったり、嫌な意見を言ったりすると、忠誠心を疑ってすぐに解任、しかも執拗に報復を加えている。それができたのは大統領権力を握っていたからだ。しかし今、トランプ氏は大統領選で敗北、大統領権力の神通力は間もなく失われる。
「不正投票」は本気
トランプ氏も、共和党幹部がもう思うようにはならないことを知った。バイデン氏の当選を覆すことが難しいと分かった後、トランプ氏はホワイトハウスに強固な支持派のメンバーを集めて4時間余り対策会議を開いた。時には激しい怒鳴り合いもあったという。その会議の中身は間もなくニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト両紙などのメディアに漏れた。集まったのは共和党のウルトラ保守派、陰謀論者のジュリアーニ、パウエル両顧問弁護士、極右や白人至上主義団体のメンバーなど。
そのなかにフリン元将軍の名があった。トランプ政権発足時にホワイトハウスの安全保障問題補佐官のポストをもらったが、「ロシア疑惑」にかかわって偽証し起訴された。トランプ氏はフリン氏の減刑をバー司法長官に指示し、さらに最近、恩赦をを与えた。そのフリン氏が抗議デモで騒乱を引き起こし、戒厳令、軍隊動員、選挙無効というクーデターを主張した。メドウズ首席補佐官、シポローネ法律顧問らホワイトハウススタッフがこれに猛烈に反対したという。結論は出さなかったが、トランプ氏はこのクーデター論に強い関心を示したという。
会議では「不正投票」の選挙は無効という主張を掲げて戦い続けることが確認されたという。その担当にパウエル氏が任命された。メドウズ氏らがこの人事にも強く反対した。パウエル氏はジュリアーニ氏とともに陰謀論者のリーダーで、トランプ氏の信頼を得ているという。
ホワイトハウスのスタッフの中には、トランプ氏は「不正投票」を繰り返しているうちに、民主党の陰謀で「勝利を盗み取られた」と本気で信じ込むようになったのではないかとか、トランプ氏は幻想の世界に生きているようだと感じた人もいたという。
トランプ派の行方は?
トランプ氏が「不正選挙」をとことん深追いしたことによって、「トランプ党」と呼ばれるほど、完全な支配下に置いてきた共和党との間に一気に亀裂が生じた。その一方で、トランプ氏とその周辺に結集するトランプグループはイデオロギー的にはさらなる純化の道をたどっていくものと思われる。
ジョージア州の上院2 議席を決める1月5日の決選投票、その結果を受けての同6 日の上下両院新議会合同会議、さらに20日の新大統領就任式まで、「トランプの4年」はどんな終わり方をするのか。そこからトランプ氏とそのグループがどこへ行こうとするのかに重要な手がかりが得られるのではないかと注目している。(12月29日記)