基本的人権を政争に使うな 共和党の「投票妨害」に経済界が反対

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 昨秋の米大統領・議会選挙では、黒人やヒスパニック(中南米系)などの少数派の歴史的な高投票率が民主党に勝利をもたらしたとされている。トランプ前大統領と共和党はそこで、少数派の投票を妨げ、投票率引き下げを狙う州投票法の改定を進めてきた(「ウォッチドッグ21」3月21日「トランプ氏『投票妨害』狙う」参照)。これに対して経済界を中心に世論の反対が広がっている。減税や規制緩和政策を掲げて企業支援の党を自認してきた共和党には想定外の事態、逆に失点の恐れも出ている。

 「あの手この手」の投票妨害

 経済界からの反対はジョージア州から始まった。同州は長年、南部共和党の本拠地とされてきたが、大統領選挙と上院選の決戦場となり、どちらも僅差で民主党に敗れた。そこでトランプ氏は州を支配する共和党知事や州政府長官に民主党の不正選挙の「証拠」をつくれと繰り返し圧力をかけたが、現地当局は選挙が問題なく正常に実施されたとの立場を譲らなかった。このいきさつがあって「(根拠なき)不正選挙を再び許さないため」の投票ルール改定という、共和党の(根拠なき)キャンペーンのモデルケースとして同州が注目されることになった。

 共和党が多数を占める同州の上下両院議会は3月末、投票率を高める効果があったとされる期日前投票(郵便投票)の規制強化を柱に、投票時間や期間の短縮、写真付き身分証提示の義務化、投票函設置数の大幅削減など、様々な投票条件の厳格化を目指す改定法を採択した(他州の規制強化も大体はこのパターンに沿っている)。白人と比べて所得、居住、勤務などの生活条件で劣る黒人などの少数派には、全て投票がしにくくなるものばかりだ。

 例えば投票函の設置個所の削減。黒人が多数住む地域では投票所に加えて設置される投票函の場所が元々制限されて、投票者は交通の便の悪い投票所へ出向き、順番を待つ長蛇の列ができるのが常だった。投票函がさらに減らされたので、行列もそれだけ長くなる。それを見越して、延々と順番を待つ人に水や食べ物を提供することを「違法な投票勧誘につながる」として禁止した。黒人有権者の投票妨害を目的にしていることがあからさまで、人道問題にもなりそうな話である。

地元有力企業から反対広がる

 これが格好の「話題」としてメディアで大きく取り上げられた。バイデン大統領が「21世紀のジム・クロウ法」(南北戦争後の南部で解放奴隷の投票を抑圧した様々な州法)と激しく非難、ジョージア州都アトランタに本社を置く大手企業のザ コカ・コーラ カンパニーやデルタ航空をはじめ70社を超える地元企業がこの州法改定に反対する声明を発表した。声明は「投票権は基本的人権であり政党間の争いに使われてはならない」と主張していた。多くの黒人スター選手をもつ米大リーグ野球機構も抗議の意思表示として、アトランタで開催予定の夏のオールスター戦を取りやめて他州に移すことを決めた。

 この動きはたちまち全米に広がり、1週間のうちにアマゾン、ウォルマート、エスティローダーなど各分野のトップ企業を含めて数百の企業が反対を声明、有力な弁護士団体やメディア人など企業を超えた分野からも批判が突き付けられた。

 この背後にはジョージア州の民主党組織、人種差別反対や市民運動の活動家たちの働きかけがあったとことは間違いない。報道によると、投票妨害法に反対しないなら不買運動をおこすといった圧力もあったようだ。しかし、企業にとっては白人も、黒人やヒスパニック、あるいはアジア系も、みんな同じ顧客である。その一部だけが不利益を被る問題に声を上げるのは不自然ではない。

 オールスター戦を他州に持っていかれて最もがっかりしたのは、実は黒人ファンだった―という思わぬ跳ね返りもあった。だが、怒りが向く先は大リーグ機構ではなく、政策で支持を競うはずの政党が、自分に反対する特定の有権者グループの投票権を制限して選挙に勝とうとする異常な政治だろう。

批判企業を威嚇、手痛い反撃受ける

 トランプ氏と共和党幹部は、この上に誤りを積み重ねた。トランプ氏は共和党員にむけて「反撃しろ」命令する声明を発表、ジョージア州議会はデルタ航空に与えてきた免税などの優遇措置を取り上げることを決めた。大リーグ機構に対しては「独占禁止法」違反で訴えられないか検討と報じられている。

 1月6日の米議事堂襲撃事件を扇動したとトランプ大統領を真正面から批判した共和党議会のトップ、マコネル上院院内総務も声を上げた企業を「何も知らない政治に口を出すな」と非難したうえ、「重大な結果」を招くと脅しをかけた。これにはすぐ政治献金はもらいっぱなしかと反発を受けて、マコネル氏は政治献金を出している企業に対して言ったのではないと、大慌ての弁解に追われた。

 議事堂襲撃事件は企業にも大きな衝撃を与え、主要企業の多くは共和党への政治献金を停止ないし凍結したところが多い。最近になって献金再開の動きも出かかっていたが、共和党の「投票妨害」とこのマコネル発言で、企業の献金再開は先送りになったようだ。

 共和党の投票妨害作戦が民主党支持の多い黒人など少数派の投票率引き下げにどれだけ効果があるのか疑問もある(前出)。トランプ氏率いる共和党がますます極右・陰謀論傾斜を強めていることで距離を取り始めていた経済界が、さらに警戒感を強めたことで、共和党の「投票権妨害」は逆効果の誤算に終わるかもしれない。