3月4日付けの共同通信電は、ウクライナ南部のザポロジエ原発をロシア軍が攻撃、火災が発生していると報じた。同原発には原子炉が6基あり、欧州最大級の発電能力を持つ。ウクライナのクレバ外相がツイッターで発しているもので、「全方位から砲撃を受けている」というものの具体的な被害状況は分かっていない。ウクライナは「原発の安全は確保」と述べ、国際原子力機関(IAEA)も安全性を担保しているが、実際に確認したわけではない。戦闘状態の中掌握できているのだろうか。
日本の原子力資料情報室によると、3月3日現在、同原発では6基中3基が稼働している。いずれも旧ソ連型第3世代加圧水軽水炉で電気出力は100万キロワット。ロシア軍の攻撃が原発全体を破壊させようとするものなのか分からないが、クレバ外相は原子炉が破壊されれば、チェルノブイリ原発事故の10倍の被害と訴えている。
確かに原発への攻撃は、核弾頭を爆発させる核攻撃ではない。しかし原子力施設は攻撃に対して極めて脆弱であることが証明されたといえる。2月24日の侵攻から1週間以上経ち、思うような「成果」が出ていないプーチンのロシア軍が「残忍な殺戮者、破壊者」の本性を現し始めているとの指摘が相次いでいるが、ザポロジエ原発攻撃はいら立ちの結果だろうか。
否定できない「死の灰」のまき散らし
実は違うのではないか。24日の侵攻直後、チェルノブイリ原発を狙ったのも、同じように、いざとなったら欧州全体に「死の灰」をまき散らそうというのではないだろうか。それを否定する根拠はない。
プーチンは2月27日、ショイグ国防相らに対し、核抑止部隊に特別警戒態勢を取るよう命じた、と内外のメディアが一斉に報じた。タス通信などによると、プーチンが言及した「戦略抑止戦力」は戦略核による攻撃を表明したといえるという。
戦略核は、戦場に用いることが想定される戦域核や戦術核とは全く異なる。大陸間弾道弾(ICBM)や戦略爆撃機などによる大規模な核攻撃を想定したものだ。
日本の民放で、よく知らない若い「専門家」が「どこかで、小さな核を爆発させ、プーチンの本気度を見せつけることはあるかもしれない」などと暢気な表情で話していたが、戦略核はデモンストレーションに使う「小さな核」ではない。その「小さな核」ですら、ヒロシマ・ナガサキ級の原爆の威力を超える。
そもそもプーチンは2月24日に侵攻を開始した当初から「現在のロシアは世界最強の核大国の一つ」と表明、核の使用があり得るというメッセージを世界に送っていた。
そしてベラルーシ側からの侵攻直後に襲撃したのはチェルノブイリ原発だった。ロシア軍は原発従業員らを人質にして占拠しているが、当初から狙っていたことは間違いなく、その目的はロシア国防省が主張するような「テロリストから施設を守るため」であるはずがない。
95%の核燃料が残るチェルノブイリ
チェルノブイリ原発爆発事故とは何だったのか。記憶が薄れている向きもあるので、簡単に振り返る。
チェルノブイリ原発はウクライナの首都キエフから北に約100キロ、ベラルーシとの国境近くにある。事故当時1号炉から4号炉までが稼働中で、隣接地では5、6号炉が建設中だった。旧ソ連特有の黒鉛減速沸騰水圧力管型軽水炉(RBMK)の最新型RBMKー1000で、現地時間の1986年4月26日未明、運転停止期間中の非常用電源テストで原子炉と建屋が爆発炎上した。当時ヘリコプターから撮影された真っ赤に燃える溶鉱炉のような原子炉の姿が全世界に衝撃を与えたが、旧ソ連当局はヘリから5000トンに及ぶ砂、鉛、ホウ素などを投下し、なんとか火災の延焼を食い止めた。当局は近隣住民を強制移住させたが、事故から36年経った今も正確な被害者の数は分かっていない。
旧ソ連当局は事故後4号炉と原子炉建屋全体をコンクリートで覆う「石棺」を構築、さらに国際協力で石棺を覆うシェルターを完成させたが、中には事故当時原子炉の中にあった核燃料の95%が溜まっていると推定されている。放出した全放射線量は約1800万キュリー、一部が撮影され「象の足」と称されている焼けて溶けた黒鉛などからなる「燃料含有物質(FCM)」は少なくとも4トンとされているが、実際は不明である。占領したロシア軍が高性能爆薬でシェルターごと木っ端みじんに爆発させたら、1986年の事故のレベルの被害では収まらないだろう。チェルノブイリ原発事故ではスウェーデンなど中欧諸国にも多大な被害を与えた。4号炉を完全に破壊したら、深刻な被害は欧州全体だけでなく、北半球に広がる。
「プーチンは核のボタンを押すのか」
BBCニュースのモスクワ特派員、スティーブ・ローゼンバーグ記者は2月28日付けで、「プーチン氏は核のボタンを押すのか」というコラムを全世界に配信した。
ローゼンバーグ記者は言う。「まず最初に、打ち明けておきたいことがある。私はもう何度も『まさかプーチンがそんなことをするわけがない』と思ってきた」と。
「『まさかクリミアを併合するなんて。そんなことをするわけがない』そう思ったが、併合した。『まさかドンパスで戦争するわけがない』、始めた。『ウクライナを全面侵攻なんてするわけがない』、侵攻した」。
「するわけがない」はプーチンには当てはまらない、とローゼンバーグ記者は言う。
そこで「まさか自分から先に、核のボタンを押すわけがない」というのはどうかと疑問を投げつけている。ローゼンバーグ記者の論考は、この後、ロシア指導部の状況などを詳しく推察しているのだが、それはコラムを読んでもらいたい。
そして今、全世界が思っているのは、プーチンは核のボタンを押すつもりではないかということだろう。まさか……。
「人生には3つの坂がある。上り坂、下り坂、そしてまさかの坂」と言ったのは小泉純一郎元総理だったが、「まさかの坂」は本当にあるのかもしれない。そしてローゼンバーグ記者の言うように「まさか」がまかり通ろうとしているのではないだろうか。