<米中間選挙>民主党予想外の勝利 「民主主義の危機」一転 トランプ氏の「終わりの始まり」か 先行き不明の混沌の時代に

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 全く想定外の民主党勝利、トランプ前大統領の責任追及で揺れる共和党、これをかわすトランプ前大統領の大統領選挙出馬宣言、共和党の辛くもの下院奪還によるねじれ議会―。米中間選挙の投開票からわずか2週間あまり、米国はあわただしく先行き不明の危険な混沌の時代へと一気にはまり込んでいる。トランプ氏の「終わりの始まり」が始まったのかもしれない。しばらくは2年後の大統領選候補者選びを巡るトランプ氏と挑戦者たちのせめぎ合いが焦点になるだろう。以下は、米メディアの報道から拾った中間選挙の衝撃とその後の新しい状況である。

民主主義」VS「選挙否定」

 中間選挙が世論調査やメディアの事前の予測とはまったく逆に民主党が勝利した理由として、これまでと違う選挙戦になったとの説明がある(ニューヨーク・タイムズ紙)。中間選挙は現政権の2年間の評価とされ、政権交代にはつながらないので投票率も低いのが通例だった。世論調査によると、共和党支持者の主な関心はインフレ、犯罪の増加など身近な問題。一方の民主党支持者のそれは投票日が迫るにつれて、トランプ氏の根拠なき虚偽の「選挙否定」および「妊娠中絶の権利」を否定した最高裁判決が重なって、民主主義の危機感に集約されていった。

 トランプ氏はこのすれ違う争点の中に、自ら「選挙否定」を持ち込んだ。2016年と2020年大統領選挙戦の行方を左右した6〜7州に、党組織を無視してお気に入りの「選挙否定」候補を天下りさせた。これで中間選挙はバイデン民主党対トランプ共和党という、党の基本路線をかけた対決の場になった。

 トランプ氏は根拠なき「選挙否定」の上に積み上げてきた「虚偽の世界」を選挙勝利によって権威づけ既成事実化しようとしたと思われる。トランプ氏は共和党圧勝の予想を疑わなかったのだろう。だが、決戦州でトランプ派候補が次々に民主党候補に敗れて、これが共和党敗北の直接の原因となった。

 民主党、州権力に切り込む

 民主党の勝利は連邦議会の上院の多数派確保、下院は共和党にぎりぎりで多数を奪還されたとはいえその差は一桁。しかも決戦州で共和党ががっちり握っていた知事、州議会、州政府長官、司法長官などの州権力の優位を切り崩したので、全体的には民主党が大きな勝利を手にしたと言える。

 米国の国家構造は連邦権力と州権力が拮抗しているのが特徴だ。民主党の大都市を基盤とする連邦権力優位に対して、共和党およびトランプ氏は数の上で勝る中小州の権力掌握で優位に立っていた。民主党はこの州権力にも切りこむことに成功した。これで米民主主義はトランプ氏が作り出した「虚偽の世界」の脅威に対して、ひとまず巻き返しの足場を得たと思う。

オウンゴール?

 奇跡的ともいえる民主党優勢が明らかになった開票3日目の11日、ニューヨーク・タイムズ紙は内外政に大きな影響力を持つジャーナリスト、T・フリードマン氏の寄稿を一面に掲載した。そこには「民主主義の心臓に向けて放たれた矢を何とかかわすことができたようだ。トランプ(前大統領)の恥ずべきおべっか使いたちから次の矢が飛んでこないとは言えないが、民主党優位の州であれ、共和党優位の州であれ、彼らに選挙の結果を守らせることができそうなのは大きな成果だ。ロシアと中国が自分たちの体制の優位を宣伝したい時だけに、いいタイミングだった」とあった。ほっとした思いがにじみ出ていた。

 トランプ氏はこの選挙で上下両院の共和党候補500人余りのうち200人近くを推薦し、170人以上が当選したと報じられている。トランプ氏の党支配の強さを示すとされるが、そうではなかった。推薦者の大半は現職や当選有力候補で、「勝馬に乗った」だけだった。党の指名を争う党予備選挙ではトランプ推薦が票につながったようだが、党外の有権者の支持が必要な本選となると「トランプ推薦」はむしろ票減らしになると、「トランプ推薦」を隠す、あるいは返上する候補が少なくなかった。決戦州にトランプ候補を並べたのはトランプ氏の「オウンゴール」だったかもしれない。

最高裁判決の皮肉

 「妊娠中絶の権利」は最高裁判事9人のリベラル、保守両派バランスが保たれていた1973年の判決で確立された。しかし、キリスト教右派と呼ばれる福音派や共和党保守派はこれに反対して、最高裁の再審理を求めてきた。トランプ氏は大統領任期中に3回、最高裁判事の空席が生じて後任者指名のチャンスがあり、慣行無視の手法を使ったケースも含めて3人の強固な保守派判事を送り込んだ。これで最高裁は保守派6、リベラル派3と圧倒的な保守優位になった。その判事たちの判決がトランプ氏と共和党を敗北に追い込む結果を招いたのは、いかにも皮肉だった。最高裁を共和党に握られた民主党にとっては結果が逆効果を生むという幸運になった。

衝突・混乱、敗北拒否は最小

 トランプ派候補は選挙で負けても認めないだろう、トランプ支持派の極右や白人至上主義・陰謀論団体などの暴力デモが起こるのではないか―こう心配された選挙だったが、そうしたケースは最小限にとどまっている。トランプ氏は激戦州で敗れたのは「不正投票」があったからだと何回か発言したが、今のところはそれだけに止まっている。トランプ氏の「選挙否定」には従っても、自分の選挙で同じことはできない―トランプ氏は特別な人物のようだ(ニューヨーク・タイムズ紙)。

 アリゾナ州の一部の投票所で投票・集計機械が故障、投票開始時間がずれ込んで別の投票所にまわされたり、長い時間待ちになったりするトラブルがあった。知事選で負けた共和党候補が州選管に抗議して再投票を主張しているが、選管は投票できなかった人はいないと応じていない。

 同州を支配していた州共和党は2020年大統領選挙でトランプ氏が「選挙を盗まれた」と言い出すと、投票・集計機械を抑えてトランプ支持のコンピューター業者に多額の州予算を投じて再集計させるなど、強固なトランプ支持州。だが、この選挙で上院、知事、州政府首脳などすべて民主党に奪われた。「トランプ州」は大なり小なり、これに似た状況に陥っている。

 選挙の実施と管理は州当局の下に経験を積んだベテランたちが超党派で担ってきた。トランプ氏の「選挙否定」は元々根拠のない「虚言」だった。「不正投票」騒ぎや衝突事件が起こらなかったのは「トランプ旋風」のピークが過ぎて、民主主義がノーマル(正常化)に戻り始めているとの見方が出ている(F・サントス・アリゾナ州立大教授、11月27日ワシントン・ポスト紙電子版意見欄)。

トランプ氏の出馬宣言に孤影

 敗北の責任はトランプ氏にあると非難の声が、党内外から一斉に上がっている。トランプ氏の強権を恐れて抑えられてきた不満や批判が解き放たれた。トランプ人気を制作・演出してきた保守派メディアも一転してトランプ批判に回っている。注目されるのは敗戦の責任追及にとどまらず、合わせてフロリダ州知事選で圧倒的な得票で再選を果たしたデサンティス州知事の名前がトランプ氏に代わる2年後の大統領選挙の候補者として急浮上したことだ。トランプ氏の「終わりの始まり」を思わせる動きである。

 トランプ氏は「選挙勝利」の勢いに乗って15日に2年後の大統領選挙出馬を宣言して熱気を高め、一気に大統領選へ走り出すという劇場(記者会見)を設定していた。想定外の事態に党内からは先送りするよう忠告もあった。だが、敗北の責任追及をかわし、司法当局の捜査が進んでいる国会襲撃デモ、秘密文書持ち出し事件の刑事訴追を阻むためには、これしかなかったということだと思う。出馬宣言の場には共和党首脳の同席も、大統領時代に顧問を務めた長女イバンカ夫妻の姿もなかった。目論見が外れた孤影漂う寂しいイベントだった。

「メディア王」も見放す

 トランプ批判に転じた保守派メディアの中で、FOXニュースのホストで長年トランプ氏を後押ししてきたハンニティ氏はトランプ支持をやめると表明、ニューヨーク・ポスト紙は一面にイラスト付きで「偉大なる転落」と報じた。経済専門紙ウォールストリート・ジャーナルは社説でトランプ氏を批判した。注目されるのはこの3社とも保守派のメディア王とされるR・マードック氏の傘下にあることだ。

 マードック氏はトランプ支持派勢力の武装デモが議会を襲撃した事件(2021年1月6日)を調査する下院特別委員会が7月に連続的な公聴会を開いて調査結果を公開した際、トランプ氏に電話をかけて繰り返し忠告していた(ワシントン・ポスト紙電子版)。3社が揃ってトランプ批判に出た背後にマードック氏の意向があったとみて間違いない。

 マードック氏はオーストラリア保守派の新聞王。のち英国に渡りタイムズ紙を買収するなど英メディアの保守化を引っ張った。1990年代にリベラルなメディアが強く支配していた米国に乗り込み、FOXニュース開局を足場に保守派メディアを次々と支配下におさめてきた。しかし、マードック氏は民主主義を壊そうとしてきたわけではない。選挙の敗北を拒否して「虚偽」の上に政治勢力を結集させて政権を奪回しようとするトランプ戦略への支援は打ち切らざるを得ないと判断したのだと思う。

もうトランプは怖くない」

 トランプ出馬宣言のすぐあと、共和党の州知事会議とユダヤ人連合会議が相次いで開かれた。党有力者や高額献金者なども出席、どちらもトランプ批判あるいは非難を公然と言い合う機会になった。知事会にはデサンティス・フロリダ知事はじめ、大統領選に野心を秘めている有力知事が揃って出席。発言はもちろん選挙敗北と党のルールによるオープンは候補者選びに集まった。「オープンな候補選び」は機先を制した出馬発言に引き回されないというトランプけん制である。

 ユダヤ人連合会議も「トランプ氏はもう怖くなくなった、これからは支持者とみられることが怖い」といったジョーク半分の本音も出る中、同じように今は党を一つにまとめることが重要、大統領候補争いは党のルールに従ってオープンにといった発言が続いた。

 どちらの会議でも3連敗(2018中間選挙、2020大統領選と今回の中間選挙)のトランプ氏に次は任せられないという声が出て、トランプ氏の有力な献金者はトランプ支援はやめるとこれに応じた(19〜20日付ニューヨーク・タイムズ紙国際版、20日ワシントン・ポスト紙電子版)。ラスベガスで開かれたユダヤ人連合会議は3日間。トランプ氏も乗り込もうとしたが、日程の都合ということで実現に至らなかったと報じられた。

候補争い―党分裂も

 トランプ氏の出馬宣言で共和党の大統領候補争いは早すぎるスタートを切ることになった。いつもならまだ水面下の模様眺めの時期だが、トランプ氏にこのままレースの主導権を握られてしまう恐れがあるためだ。米主要メディアがいまの段階で、いずれ名乗りを上げるとみている顔ぶれを紹介する。

 デサンティス(フロリダ州知事)、アボット(テキサス州知事)、ホーガン(メリーランド州知事、今期で退任)、スヌヌ(ニューハンプシャー州知事)、クルス(上院議員)、ペンス(トランプ政権副大統領)、ポンぺオ(同国務長官)、ヘイリー(元国連大使)ら。これからさらに増えると思われる。今は誰が生き残るかは全く分からないが、最大の関心はトランプ支持勢力の盛衰である。

                                    (11月27日記)