<「ガザ戦争」とパレスチナ紛争(上>>難民キャンプや病院も標的 子ども含め民間人死傷1万人超に衝撃 イスラエルと米国の大きな誤算 紛争解決への圧力強まる

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 75年にも及ぶパレスチナ紛争解決の方向を誤り、この事態に持ち込んだ責任はどこにあるのか。ネタニヤフ・イスラエル首相とバイデン米大統領、および長年同国政府の後ろ盾となってきた米政府の責任を追及するとともに、紛争解決を求める声が高まっている。

 「ガザ戦争」は国際社会の強い懇請と警告を拒絶してガザ地区を「子どもの墓場」と化し「人類の危機」を招いている(グテレス国連事務総長)。イスラエル軍の砲爆撃は密集住宅地から学校、難民キャンプ、病院、救急車と目標を広げ、今は地上侵攻に移ったイスラエル軍が最後に残ったいくつかの病院を包囲し、突入の構えをとっている。イスラエル軍がパレスチナ自治区ハマスのテロリスト一人を殺害するたび非戦闘員数十人から多ければ100人が巻き添えになってきたという(米メディアの現地報道)。

ネタニヤフの長期政権

 今の衝突はたまたま起きたのではない。イスラエルが2005年占領地ヨルルダン川西岸とガザのうち地中海に面した狭い飛び地でユダヤ人入植地も少ないガザを放棄、パレスチナ人の政治組織パレスチナ解放機構(PLO)と対立するガザ地区の政治組織ハマスが06年実効支配下におさめた。

 イスラエル側ではで09年総選挙でリブニ党首(女性)率いる中道政党カディマが第1党になったが、ネタニヤフ率いる右派リクード党や右派勢力の連合が中道と左派を上回って政権を握った(ネタニヤフの首相就任は1996ー99年連立政権に次ぎ2回目)。比例代表制の議会選挙は小党乱立に終わることが多く、ネタニヤフはこの後12年間に連続4回連立政権の首相の座を独占する。

 こうしてネタニヤフ対ハマスの対立・抗争の構図が生まれた。以来、今度のハマスの「奇襲攻撃」までの間に起きたイスラエル占領地、ガザおよび西岸で起きたパレスチナ対イスラエルの主な衝突事件は次の通り。

  • 2012年1月:イスラエルがハマスの軍事部門トップのヤバリ暗殺。ハマスがイスラエルに報復ロケット攻撃で死者6人、イスラエルが反撃空爆死者50人。
  • 2014年夏:ハマスが西岸のイスラエル入植地の少年33を殺害。イスラエルの報復ロケット攻撃1週間でハマス死者2200人、ハマスのロケット攻撃でイスラエル死者73人。
  • 2017年12月-2018年11月:トランプ政権がエルサレムをイスラエルの首都と承認、テルアビブから米大使館を移す。ガザ、西岸のパレスチナ人が抗議デモ、隔離壁挟んで石や火炎ビンを投げ、イスラエル軍が出動。7カ月でデモの170 人殺害。11月イスラエル軍がガザに侵攻、ガザ側7人、イスラエル軍1 人殺害される。
  • 2021年5月:エルサレムでパレスチナ人とイスラエル人の衝突発生、出動したイスラエル警察がイスラム教聖地アルアクサ・モスクに侵入したのに抗議してハマスがロケット弾数1000発を撃ち込み、イスラエル人10人死亡。イスラエルが数百発のロケット発のロケットで反撃、ハマス200人死亡(2021年6月:反ネタニヤフの中道中心政権成立、ネタニヤフ下野)。
  • 2022年3月ー4月:月西岸で衝突事件が相次ぎイスラエル人14人が殺害された。イスラエル軍がパレスチナ自治区に出動して報復146人殺害、イスラエル軍も29人を失う。
  • 2023年1月:ネタニヤフが2022年12月に6回目の首相に帰り咲き、極右・宗教政党政権発足。直後にイスラエル軍が直ちに西岸のパレスチナ自治区の都市ジェニン襲撃、銃撃戦でパレスチナ市民9人殺害。パレスチナ人が翌日、シナゴーグを襲って子どもを含む7人のイスラエル人を射殺。
  • 2023年5月-7月:5月イスラエルがガザを空爆、3人のハマス幹部と子どもと女性含む10を殺害。
  • 5日間にわたる戦闘でハマス側33人、イスラエル側2人死亡。6月イスラエル軍ヘリコプターなどが西岸都市ジェニン襲撃。翌日ハマスのガンマンがイスラエル入植地のレトランで銃乱射4人殺害。数百人の入植者が報復に出てパレスチナ人の村を襲撃して破壊、ドローン爆撃で3人を殺害。7月にも1000人のイスラエル軍部隊がジェニンの難民キャンプを襲撃、ドローン爆撃などで12 人を殺害した。イスラエル軍がこの作戦は「大がかりな対テロ戦争」の始まりで、今後は無期限に継続すると明らかにした。

首相復帰、極右・ユダヤ教原理主義政権

 歴史は偶然と必然が織りなすドラマ。今回の衝突にはそのどちらともいえない背景があった。ネタニヤフ氏は1996年右派リクード党を率いて3年間の首相についた後、2009年から2012年まで12年に及んで対パレスチナ強硬策をとる右派連立政権を率いてきた。長期政権の常か、同首相は2019年に収賄疑惑で起訴されたが、疑惑を否定したまま首相にとどまっていた。しかし、2021年選挙で多数派を失い、中道派を中心に反ネタニヤフ8党からなる連立政権が登場した。これでイスラエルとパレスチナ国家の「二国家共存」を目指す和平交渉再開の可能性が生まれた。

 だが、数合わせのため一部右派も加えた8党連立政府はすぐに、パレスチナ政策をめぐる対立で動きが取れなくなった。議会解散・総選挙に追い込まれた結果、下野わずか1年半のネタニヤフ氏に6回目の首相返り咲き許すことになった。新ネタニヤフ政権は極右とユダヤ教原理主義派で固めた連立政権で、その右寄りぶりはこれまでのネタニヤフ政権と比べても際立っていた。和平交渉再開への期待はしぼんだ。

 ネタニヤフ氏は早々に持ち前の対ハマス武闘路線を復活、並行して野党および世論の強い反対を強権で押し切って、最高裁の権限を大きく制約する法律制定を図り強行採決で成立させた。司法権が過大な権限を握っているというのが理由だが、ネタニヤフ氏自身の収賄事件裁判の無効化狙いは透けて見えた。野党も世論も強く批判して反対デモが広がり、政治からの中立を保ってきた軍部も「ネタニヤフ離れ」を起こした。バイデン氏はイスラエルの民主主義を危うくすると懸念を直接伝えた。ネタニヤフ氏がこれに内政干渉と反発、激しいやり取りの末に両者の間に深い亀裂が生じたと伝えられていた。

ハマスの「殉教?作戦」

 そこに起こったのがガザの衝突だった。引き金を引いたのはパレスチナ自治区ガザの反イスラエル組織「ハマス」の奇襲攻撃だった。ユダヤ教の祭日を見計らってコンサート会場やキブツ(農村共同体)などを襲撃、一般の市民1400人を殺害、約240人を人質として連れ去った。イスラエルとのスラエルとの衝突でいつも敗れる「弱者」のハマスにとって初めての大勝利だった。2年間練り上げた作戦だったと伝えられる。

 ネタニヤフ政権がわずか1年半で返り咲いたことへの衝撃と、そのネタニヤフ氏が苦境に追い込まれているーハマスが作戦実行の好機と見てもおかしくない。だが、これほどの軍事的打撃を与えれば何倍か、いや何十倍かの報復を受けるとハマスは十分に想定していたはずだ。その通りに、激高したネタニヤフ氏は徹底的な「ハマスせん滅」作戦に乗り出した。子どもや女性など一般市民を巻き込む空爆・砲撃および地上侵攻は、国際人道法を守って回避するよう求めるバイデン米大統領や国際機関、さらに高まる国際世論の圧力を受けとめる気配はなかった。

現地からの最新の情報によると、奇襲作戦で倒れたハマス戦闘員の遺品などから、ハマスはさらに第2撃のイスラエル襲撃作戦も用意していた可能性が浮かび上がったという。詳細はまだわからない。だが、中東問題の専門家はハマスが第2撃によって戦線を拡大して西岸のパレスチナ勢力も引き込み、イスラエル国家に大きな打撃を与え、中東全域に戦乱と混迷を拡大する、これによってイスラエル・米国によるパレスチナ支配を転覆させようとしていたーとしてもおかしくはないとみているようだ(11月12日ワシントン・ポスト紙電子版から)。

 少なくともイスラエル市民を大量に虐殺した奇襲攻撃は、前述した「ハマス対ネタニヤフ」の間で繰り返されてきた「衝突」(レジスタンス)とは明らかに規模も目的も違っていたのは明らかだ。殉教者になることを覚悟の上でハマスの「抵抗運動」の全てを賭けていたのかもしれない。8党連立政権は1年目は右派ベネット首相でスタート、2年目の2022年6月から中道派ラピッド首相へ引き継がれていた。ラピッド政権が生き残ってネタニヤフ再登板がなかったとすれば、ハマスは少なくともしばらくは作戦開始を先送りしてラピッド政権の出方をうかがったかもしれない。

二重基準―深まる孤立

 バイデン氏はネタニヤフ政権との関係がどうあれ、イスラエルの後ろ盾という米国の役割を果たさなければならない。バイデン氏は危険な戦場に乗り込んでネタニヤフ首相に報復攻撃の権利行使を断固支持するとともに、米国が「9・11テロ」に激高したまま衝動的に過剰な報復攻撃に出てイラクやアフガニスタンで戦争を拡大、イスラム過激派テロを世界に広めたと「米国の過ち」を例に挙げてまで、一般市民を巻き込むような過剰報復は控えるよう説得に努めたと報道された。「天井のない監獄」といわれる220万人のガザ住民の生活必需品の支援物資搬入も強く要請した。

 しかし、ネタニヤフへの影響力がほとんど失なわれていた。国連安保理事会で議長国ブラジルは「人道危機」回避のため戦闘の「一時停止」を求める決議を提案、15カ国のうち英国、日本など12カ国が賛成したが、米国は常任理事国の拒否権を発動して葬った。国際社会はこれに「失望」あるいは強く批判した。ワシントン・ポスト紙論説委員の一人は「ダブル・スタンダード(二重基準)」と非難した。対抗して米政府はイスラエルの報復作戦の進行を妨げないことも考慮した戦闘の「中断」を求める決議案を提出したが、ロシアと中国の拒否権に逆襲されて終わった。常任理事国の拒否権行使は冷戦時代にはソ連が多かった。冷戦終結後ではイスラエルに不都合な決議を米国が拒否権行使で葬るケースが目立っている。

 安保理事会常任理事国だけが持つ拒否権は国連の機能マヒ批判の的にされている。国連総会の意思表示の場所は国連総会だ。戦闘の「人道」的休戦を求めるヨルダン提案の決議案は、反対が米国、イスラエルなどわずか14カ国だけ、賛成は121カ国の賛成多数(3分の2以上)で採択された。しかし、通常の総会決議には強制力はない。日本、英国、ドイツなどは棄権。カナダ提出の米国の意向に沿って「ハマス批判」を盛り込んだ修正案は、アラブ諸国やロシア、中国など55カ国が反対し、日本、欧州など88カ国が賛成したが3分の2の多数には及ばなかった。

 バイデン氏の現地説得と合わせて紛争封じ込めへの協力を求めてイスラエルおよび周辺諸国を飛び回ってきたブリッケン国務長官も、穏健・親米とみられてきた国で米国およびネタニヤフ政権不信(という本心)を突き付けられて愕然としたと米メディが報じている。同長官の部下、対イスラエル政策を直接担当する国務省政治軍治局の武器援助担当部長は、自分たちが贈った兵器がガザ市民に対して使われるのは耐えられないと辞任した。

冷ややかな目

 ガザはハマスの支配下にあるが、行政はパレスナ自治政府下にあった行政部局が継続して担っている。イスラエルの報復攻撃による死傷者数者数は保険省が調査して公表する。現地の国連人道問題調整事務所(OCHA)や世界保健機構(WHO) も同保険省発表を引用している(共同通信など日本メディア)の現地からの報道)。イスラエルの国連代表部はその数字をデマと決めつけ、政府米ホワイトハウスや国家安全保守会議(NSC)のスポークスマンも「そのまま受け取ることはできない」と疑念を示し、バイデン氏まで「パレスチナ側が真実を語っているとは思えない」と述べたことがある。しかしAP通信によると、死者数はガザ保険省と国連独自の調査とがほとんど同じだったという(朝日新聞現地報道)。

 米国は今も、民主主義から逸脱して「正常ではなく正常なことはしない政権」(ニューヨーク・タイムズ紙コラムニスト、T.L.フリードマン)の「ハマス絶滅」戦争への支持を続けている。米国世論も国際社会もその米国に対してこれまでなかった冷ややかな目を向けている。

                     11月12日記  (続)