沖縄でこの6月末に相次いで発覚した米兵による性的暴行事件。いま、沖縄では、起訴された米兵の1人が所属する米軍嘉手納基地のゲート前で、性暴力の根絶を訴える「フラワーデモ」があったり、東京の外務省前では、「隠蔽を許さない」と女性団体が抗議するなど、女性を中心とした市民たちの怒りの輪が広がっている。
日本は本当に「独立国」か
7月3日には、玉城デニー知事が上京して、上川陽子外相や沖縄問題官邸窓口の栗生俊一官房副 長官らと面会、県に事件が知らされていなかったことに厳重抗議した。上川外相には①米兵に対する外出制限措置の厳格化②再発防止策の公表ーなどを求めた。このような沖縄での理不尽なニュースに触れるたびに、その背景に横たわる沖縄への米軍基地の押し付けや不平等な米軍優位の「日米地位協定」の問題も頭に浮かび、日本は本当に「独立国」なのだろうか、と改めて考える。
林芳正官房長官は、7月5日午後の記者会見で、この事態を受けて「今後は捜査当局が公表しないものであっても、可能な範囲で政府側から自治体に情報を伝える運用を始めた」ことを明らかにした。具体的には捜査当局の事件処理が終了したあと、捜査当局から外務省を経て防衛省に情報を共有し、最終的に防衛省が地元自治体に伝えるとした(7月5日、NHK NEWS WEB)。これに伴ってか、会見前の在京紙の5日付紙面には、社会面の片隅に米海兵隊員が女性の胸を触った疑いで現行犯逮捕されたとの記事が載った。
政府の説明に不信感
官房長官の対応は「なぜ政府が事件を公表しなかったか」との疑問に正面から答えるものではなかった。玉城知事は官房長官の記者会見後、「情報共有の運用見直しは一歩前進」と政府対応に一定の評価を下した。県議選で知事与党が敗北したとはいえ、玉城知事の「一歩前進」との前向きの評価は、まだ早すぎるのではないか。正直言って、がっかりした。知事が求めた「再発防止策の公表」にしても、このようなことに至った正確な事実関係を調べた上で、きちんとしたその真の原因を突き止めなければ、「再発防止策」は表面的なものになり、大きな意味はない。むしろ、政府対応のまずさを覆い隠すアリバイとなりはしないか。「非公表」の原因を「被害者のプライバシー」以外は、説明しようともしない政府の姿に不信感を抱からざるを得ない。今回の会見がその責任の所在があいまいなままでの〃幕引き〃となることが心配である。何とも、後味の悪い政府としてのとりあえずの結論となった。メディアは全容解明に向けてさらに調査報道を続けてほしい。
政府や県警は県にもメディアに伝えず
今回、発覚した米兵による二つの性的暴行事件は、6月25日の琉球朝日放送と同28日の琉球新報の報道で初めて明らかになった。二つとも検察が起訴しているので、政府は公開の法廷でいずれ明らかになることも考えたはずだ。しかし、地元メディアが報じていなければ、闇に葬られていた可能性もある。事件は二つとも、メディア報道前にすでに沖縄県警が捜査し、那覇地検が不同意性交などの罪で起訴、外務省はエマニュエル駐日米大使に抗議していた。それにもかかわらず、政府や県警は事件を「非公表」とし、県に連絡せず、メディアにも広報しなかった。
沖縄県警は「非公表」の理由として、「被害者のプライバシー」への配慮などを挙げている。言うまでもなく、性暴力被害者のプライバシーを守ることについて、人権上の配慮をすることは必要だ。ただ、プライバシーを守るために、その個人情報をぼかすなど、工夫はいくらでもできるはずだ。性被害について、全国の警察では、このことを念頭に入れた発表をし、メディアもこれまで性被害に関する報道には、「2次被害」が起きないよう、かなりの人権配慮をしている。沖縄県警の場合、確かに、全国の約70%の在日米軍施設・区域が集中している沖縄県ならではの特別な事情があることも理解できる。
「オール沖縄」大敗で面目保った岸田政権
しかし、今回の「非公表」には、その背後に何か特別な意図があるように見える。それは、「台湾有事」に絡んで軍事的な日米一体化を進める米軍への配慮も当然あるだろうが、私が注目したのは、6月16日に投開票された沖縄県議選である。日本経済新聞は7月5日付朝刊の社説で「この間、5月に米大使が沖縄を訪問、6月には県議選が行われたほか、沖縄戦の慰霊の日に岸田文雄首相が沖縄を訪れた。これらに影響しないよう、公表を遅らせたと疑われても仕方あるまい」と言い切っている。私は米兵の事件の隠蔽により、沖縄県議選への影響があった可能性があると見る。今となっては、その検証は難しいが、県議選は結果として、米海兵隊普天間基地の「辺野古新基地移設阻止」を掲げる知事派の「オール沖縄」側が大敗したことを確認しておきたい。これで、利益を得たのは、国政の補選や自治体首長選で不戦敗を含めて連敗続きの岸田政権だったと言えよう。これで岸田政権は何とか面目を保ったのだ。
深まる沖縄県民の疑惑
さらに、時間がたつにつれて、林官房長官や上川外相は、「県への情報共有の在り方を改めて検討する」と言い始めた。そして、「今後は捜査機関が政府の関係省庁に伝えることを原則としつつ、さらに、政府側から県側に情報を共有する運用へと切り替える」(朝日新聞7月5日付朝刊)との報道も出てきた。見かけ上は、それはそれで政府はこの問題を深刻に考え、少しは前向きになってきたようにも見える。しかし、これでは、政府や県警が「なぜ非公表とし、誰がそれを指示、その真の目的は何だったのか」という疑問にきちんと答えたとはとてもいえない。むしろ、沖縄県民の間に広がっている疑惑は深まるばかりである。これら政府の振る舞いは、「非公表」の真の目的を「被害者のプライバシーへの配慮」や「情報共有」の問題に巧みにすり替えているようにすら見える。
事実上は県警本部長の決定では
誰がいつどのような判断で県やメディアへの「非公表」を決めたのかー。
共同通信の報道によると、沖縄県警の安里準(あさと・ひとし)刑事部長は7月1日の県議会米軍基地関係特別委員会(3カ月に1回程度開催される)で、報道発表のなかった性的暴行事件は昨年以降、新たに3件(いずれも不起訴)増えて計5件となることを明らかにした。それに加えて、報道発表や県への連絡をしなかった理由として「被害者のプライバシーを保護するため」と「公判などの影響を考えて判断した」と回答。「県警トップの鎌谷陽之(はるゆき)本部長以下の幹部で決めた」と説明した。「本部長以下の幹部」とは事実上、最高指揮官の本部長が決めたことになるのではないのか。
この県警見解を補強するように、林官房長官は3日の記者会見で上川外相は同日、玉城知事に対して、非公表は「捜査当局の判断を踏まえたもの」との全く同じ表現での見解を示し、あたかも、県警に責任を〃丸投げ〃するような発言をしている。ただ、県警本部の幹部が刑事部長の県議会発言通りに独断で決めたとなると、それはそれで大きな問題だ。そもそも、在沖米軍の不祥事という場合によっては、日米同盟の根幹に関わるような出来事の「非公表」を地方のいち県警が判断できる問題だとはとても思えない。
最近になって県警の公表の後ろ向きに
沖縄県は結局、はじめの事件の起訴から約3カ月間も事実を知らされなかったことになる。共同通信によると、7月1日の沖縄県議会特別委員会で、安里刑事部長は「委員会で、米軍関係者の摘発について罪名と件数を報告している」と述べた。しかし「容疑者名や個別の事件の発生日時、内容などは説明していない」ともいう。これでは、全く具体性に欠けた形だけの報告で、委員らが聞き流してしまう可能性が高い。
さらに、沖縄タイムスの6月30日の報道によると、3人の米兵が少女を暴行した1995年9月の「沖縄米兵少女暴行事件」から24年までの29年間に沖縄県で発生した米兵による性的暴行事件で、県警が逮捕、書類送検した30件のうち、公表していない事件が少なくとも15件に上る可能性があると指摘した。「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」がまとめた性犯罪記録と沖縄タイムス報道をなどを元に検証した結果だという。また、21年までに発生した10件は摘発後に被害者が取り下げたケースが多いが、23年以降の全5件は逮捕や起訴後も公表していなかったという。
ということは、県警が公表に後ろ向きになったのは最近のことらしい。いつから「非公表」にし始めたかも重要な論点だ。この点について、NHKは「県警や県の元幹部や現職幹部に取材したところ、米軍兵士による重大な事件・事故の発生の情報は、少なくとも10年ほど前まで担当者レベルで緊密に情報共有されていた」(7月5日、NHK NEWS WEB)と報じている。要するに、10年ほど前には、県警は県に対して、きちんと米軍兵士の事件・事故情報を伝えていたが、最近になって県警は情報共有に後ろ向きとなった、ということなのだろう。
日米合同委員会で決まっていた「通報ルート」
日米両政府は1997年3月、外務・防衛担当者による「日米合同委員会」で、公共の安全に影響を及ぼす可能性のある事件・事故が起きた場合、米側が日本政府や関係自治体に通報するケースやそのルートを決めている。それによると、沖縄で米軍による事件・事故があった場合、米軍→在日米大使館→外務省。外務省から①首相官邸②防衛省③外務省沖縄事務所に。そして、沖縄防衛局→沖縄県や市町村ーという通報ルートとなっている(毎日新聞6月29日付朝刊、朝日新聞7月4日付朝刊)。
今回の場合、いずれの時点か不明だが、官邸や外務省には事件の連絡はあったが、県だけでなく、防衛庁や沖縄防衛局にも情報は伝わっていなかった。事件や事故を直接担当する県警からのルートはどうなのか。これはあくまでも私の推測だが、「辺野古への基地移設」など大きな米軍基地問題を抱える沖縄の〃特殊性〃に鑑み、このルートとは別にキャリアである鎌谷県警本部長(22年7月就任、前警察庁警備局外事情報部外事課長)から官邸の栗生俊一官房副長官(元警察庁長官)に連絡が行く〃ホットライン〃があっても不思議はない、と考えている。警察庁経由ももちろんあり得る。
首相や官房長官に責任
官房副長官3人のうち、2人は政治家で、事務の官房副長官は「官僚の中の官僚」といわれる。約700人のキャリア官僚の人事を握る内閣人事局長も兼ねている。「危機管理」が担当で、安倍晋三政権の時に、杉田和博元官房副長官以来、このポストは、官僚に対して、絶大な力を持つと言われる。沖縄の基地問題は事務の官房副長官にコントロールされているといっても過言ではない。だからであろう、玉城知事も今回の上京の際に、首相官邸では、栗生氏と面会、抗議している。
沖縄での米兵による性的暴行事件は1995年9月の「沖縄米兵少女暴行事件」で沖縄県民の反基地感情や反米感情が一気に爆発したというトラウマが政府にはある。だから、問題となりそうな米兵不祥事情報はいち早く官邸に上げ、まず、官房副長官が事実関係などを見極めた上で、「公表か非公表か」を官房長官が最終判断する仕組みになっているのではないか。もちろん、直ちに岸田首相にも報告は上がる。繰り返しになるが、いくら県警が非公表の理由について「被害者のプライバシー」を強調したところで、沖縄県警が単独で県やメディアへの非公表などという今回のような重要事案を決めることができるとはとても思えない。やはり、官邸が決めたのだと思う。そうすれば、外務省で情報が止まってしまった意味も理解できる。防衛省に伝われば、ルートで県にまで伝わるからだ。だから、私はこれは完全に「官邸マター」だったのだと考える。そうだとするならば、県に情報が届かなかった責任は首相と官房長官にあるのではないか。
形がい化した通報ルート
5日の林官房長官の記者会見によると、今後の「通報ルート」は、捜査当局→外務省→防衛省→沖縄県と市町村となる。これまでは確かに、県警の役割があいまいだった。これにより、制度上は一定の改善にはなると思う。ルートに乗るのは、「捜査当局の処分後」だというが、検察が起訴や不起訴の判断が出た後を想定しているようだ。また、林官房長官は「被害者のプライバシーに留意する」として、情報が不適切に扱われた場合は伝達を取りやめることにも言及した。玉城知事同様、「通報体制の見直しは一歩前進」とした地元の沖縄タイムスは6日付朝刊の社説でこのことにかみついている。「官房長官会見で気になる発言があった。伝達を取りやめざるを得ないというのは県内自治体をけん制するようにもとれるが、情報を共有しているのは国や捜査当局も同じだ」。このように言う林官房長官の目線は高すぎ、県民の反発を招きかねない。
確かに、「通報ルート」はすでに27年間というかなりの時間がたち「形骸化している」とされる。そもそも論で恐縮だが、この通報ルート自体が元々、おかしい。1972年5月の沖縄の本土復帰以前からの米軍統治時代の圧政の一部を引きずっていないか。本来は事件を起こして「加害者」となった米兵が所属する在沖米軍が県に伝えるべき事柄であり、事件捜査を担当した県警もなぜ県に直接伝えないのか。県と県警は全く別の機関ではない。非公表は県警幹部が本当に独断で決めたのか。本部長に官邸などから指示はなかったか。疑問はまだまだ尽きない。政府内でどのように情報共有したのかについても明らかになっていない。
重い県警の責任、問われる県警記者クラブ
「被害者のプライバシーの保護」というもっともらしい理由を付けて、県への連絡を怠った県警の責任も重い。また何よりも、県民や国民の「知る権利」を考える上でも、その窓口としての報道機関への発表は外せない。官房長官はこのことに一切、言及していない。メディアへの公表は民主主義社会にとって当然のことである。もしも、〃不都合な真実〃を隠すことが日常となれば、政府や米軍による「言論統制」の問題も出てくるのではないか。「記者クラブは警察への癒着の温床」という批判がある中で、まず現地の「沖縄県警記者クラブ」はこの問題をどのように考えるのか。事件を「非公表」とした県警との対応で、厳しいやりとりはあったのか。その存在も問われている。
【参考説明】二つの事件とは
最初の事件は、起訴状によると、昨年12月24日、在沖米空軍の兵長、ブレノン・ワシントン被告(25)が沖縄中部の公園で少女を誘って車に乗せ、自宅に連れ込んだ。さらに、少女が16歳未満と知りながら、同意を得ずに性的な行為をしたとされる。少女の関係者から110番通報があり、県警が防犯カメラなどから特定し、米軍側に照会。3月11日、書類送検。那覇地検は日本側に身柄が引き渡された3月27日、不同意性交とわいせつ目的誘拐の罪で起訴した。起訴した3月27日に外務省の岡野正敬事務次官がエマニュエル駐日米大使に遺憾の意を申し入れ、「綱紀粛正と再発防止」を求めた、という(朝日新聞6月26日付朝刊)。
もう一つの事件は、起訴状によると、ことし5月26日午前、沖縄本島中部の屋内で、在沖米海兵隊所属の上等兵ジャメル・クレイトン被告(21)が性的暴行をしようと女性の首を絞めるなどし、女性に2週間のけがを負わせたとされるものだ。沖縄県警によると、女性は逃げ出して110番通報し、防犯カメラの映像などからクレイトン被告を特定。同日夜に基地外で緊急逮捕した。6月17日、那覇地検はクレイトン被告不同意性交致傷の罪で起訴した。6月12日に岡野事務次官がエマニュエル大使に抗議した(朝日新聞6月29日付朝刊 )。
(了)