「外国出身研究者の役割増大か 最先端領域でも目立つ活躍 博士課程入学生35%外国出身 33%が日本に長期滞在望む」

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 川崎重工業が海上自衛隊の潜水艦乗組員らに対し、長年、下請け企業との架空取引で捻出した裏金で物品や飲食代を負担していた―。この記事で思い出したのが、40年近く前にノーベル物理学賞受賞者の江崎玲於奈博士に聞いた話だ。主任研究員をされていたニューヨーク市郊外のIBMトーマス・J・ワトソン研究所で長時間インタビューさせていただいたのは、氏が筑波大学学長就任を機に30年を超す対米生活を終える数年前のことである。

 「IBMが企業として発展した大きな理由の一つが、軍事技術に手を出さなかったこと。兵器というのは性能が本当に最適かどうかをはっきり検証されることが実際にはほとんどない」。なるほど、と思ったものだ。不特定多数の利用者の厳しい目に絶えずさらされる民需品と軍事用技術・製品では、正確な性能評価も価格の決まり方も全く異なる。真に技術で勝負しようとする企業にとって軍需で稼ぐのが長い目で見て良いわけはない、ということかと。

 当時、米国は「双子の赤字」に代表される深刻な状況にあった。製造業の衰退が顕著で乗用車や家電製品の輸入が多い日本に対する激しい攻撃・要求が続いていたころだ。1988年の初めには、レーガン大統領(当時)が「NASA(米航空宇宙局)の専門家に1年間の有給休暇を与え、学校で科学技術を子供たちに教えてもらう」なんてことを言ったこともある。経済再建は技術者の育成から始めなければならず、それには数学や理科が苦手な子供が多い小学校の教育から何とかしないと、という危機意識が高まっていた時代だった。「数学を教えられる能力のある小学教師は10%以下しかいない」。全米科学アカデミーがそんな報告書(1989年1月)を出したこともあった。

授賞領域半数近く外国人主導

 冒頭の記事から思い起こしたことをもう一つ。こちらは米国ではなく日本の最近の状況を浮かび上がらせた出来事だ。国際学術情報サービス企業「クラリベイト・アナリティクス」の日本法人「クラリベイト・アナリティクス・ジャパン」が、5月22日、今後特に大きな発展が期待される先端研究領域「リサーチフロント」の中から、さらに日本の研究者が主導する領域を選び抜き「ジャパンリサーチフロントアワード」として表彰した。選ばれたのは11の領域で、これらの領域を主導する研究者として11人に賞が授与された。

 いずれもまだきちんとした名前がついていないような新しく、今後、急速な発展が期待される研究領域ばかり。11人はすべて博士号を取得したのが2001年以降と若い研究者で、今後の大きな発展がより期待できる。「クラリベイト・アナリティクス・ジャパン」は、発表の席で今回の選定結果に対する大きな自信を示していた。筆者が特に関心を持ったのは、研究領域より受賞者の顔触れだった。

 「ジャパンリサーチフロント」に選ばれた研究領域と受賞者数が11と同数なのはたまたまだ。二人の研究者が受賞という研究領域が二つある一方、一人の研究者が二つの研究領域で受賞というケースも二つある。結果としてどちらも11と同数になったということだが、筆者の目を引いたのは、二つの領域で受賞した研究者が二人とも外国の出身者だったこと。イラン出身のタギザーデ・へサーリ・ファルハード東海大学環境・サステナビリティ研究所准教授(研究領域は「持続可能な経済発展」と「グリーンファイナンスと再生可能エネルギー」)と、中国出身の余恪平法政大学大学院理工学研究科准教授(同「5G対応IoTテクノロジーとセキュリティ、プライバシー、機能性の向上」と、「最先端のネットワーク技術と人工知能技術によるインテリジェントトランスポートシステムおよび都市 開発に関する研究」)だ。

 外国出身の研究者はもう一人いる。中国出身の陸慧敏九州工業大学准教授で、研究領域は「ロボティクス向け Artificial Intelligence(人工知能)」だ。単に受賞者の数だけ見れば11人中、外国出身者は3人ということになる。これでも外国出身者の比率は相当大きいといえるが、授賞対象となった研究領域で比較すると比率はさらに高まる。日本が主導し今後特に大きな発展が期待される先端研究領域として選ばれた11の研究領域中、ほぼ半数の5つが、外国出身の研究者が主導する領域ということだ。(「科学研究 – 日本引领世界尖端研究的11个领域——11名研究人员分获“研究前沿奖” – 客观日本 (keguanjp.com)」:日本語原文見出し「先端研究領域で世界をリード 日本研究機関所属の 11 人表彰」参照)

積極的に日本選択90%以上

 国力の基盤に科学技術・学術力が大きな役割を果たしていると考えると、その国の科学技術・学術力を支えるのはだれかということも当然、重要になると思われる。もう一つ最近、関心を持った調査結果を紹介したい。

 日本の大学の博士課程1年次に在籍する外国人留学生の45%が、留学に際して日本以外の選択肢をほとんど考えず、48%は日本以外も検討したが第一志望は日本だった。さらに33%が博士課程修了後も長期的に日本に滞在したいと考えている。こうした結果を明らかにした文部科学省科学技術・学術政策研究所の「令和5年度博士(後期)課程 1 年次における進路意識と経済状況に関する調査」(6月25日公表)だ。

 国内の博士課程入学者(1年次)約1万8,000人を対象に2月から4月にかけて実施したこの調査で、回答者5,632人のうち35%が社会人留学生を含む外国人留学生だ。これら外国人留学生に対する設問として今回、初めて取り入れられたのが「日本への留学希望の優先度」と「博士課程修了後の居住国に関する希望」。留学先として「日本以外の選択肢をほとんど考えず、日本留学を希望した」が45%。「日本以外の国への留学を比較検討したが、日本への留学が第一希望であった」が48%で、「日本以外の国への留学が第一希望であったが、第一希望がかなわずに日本に留学した」はわずか6%しかいない。

 博士課程修了後については33%が「長期的に日本に滞在」と答え、「一時的に日本、長期的に出身国」の21%に「一時的に日本、長期的に第三国」7%を加えると、6割以上が博士課程修了後も引き続き日本に滞在したいと考えている。博士課程修了後、直ちに日本を離れると明確に考えているのは2割に満たない。こうした結果について科学技術・学術政策研究所の調査担当者は、どの研究分野でも積極的に日本への留学を選択した博士課程留学生が90%を燃すという結果を特に重視している。(「教育 – 日本文科省研究所调查:33%的外国博士留学生希望长期留在日本 – 客观日本 (keguanjp.com)」:日本語原文見出し「33%が日本に長期滞在望む 博士課程外国人留学生調査」参照)

多いアジア出身留学生

 以上、紹介した最近の調査結果から確実に言えそうなことは、日本の研究力向上に外国出身者の役割を抜きには考えられないということではないだろうか。当然、科学技術力向上も同様に。2003年度をピークに減少傾向が続く日本の博士課程入学者数をみればなおのことそう考える人が少なくないのではないだろうか。科学技術・学術政策研究所が今回公表したのは「速報資料」で、調査対象となった外国人留学生の出身国・地域別数は示されていない。博士課程に限らず高等教育機関全体の外国人留学生に関しては文部科学省が5月24日に発表した数字があるので、紹介したい。2023年5月1日時点で外国人留学生総数は27万9,274人。国・地域別で最も多いのは中国の11万5,493人で、全体の約41%を占める。次いでネパール3万7,878人、ベトナム3万6,339人、韓国1万4,946人、ミャンマー7,773人、台湾6,998人、スリランカ 6,819人、インドネシア6,552人、バングラデシュ5,326人、米国4,076人、その他3万7,074人となっている。

米国にもいろいろな問題が

 近年、さまざまなデータから示され、かつ学界以外からも厳しい声が高まっている日本の研究力低下にどう対応するか。その際、外国出身の研究者が果たす役割も十分に考える必要があるのではないか。その際、頼りになるのはどの国・地域の出身者か。いろいろ考えなければならないことは多いが、最後に冒頭で紹介した40年近く前に江崎氏から聞いた別の言葉を紹介したい。日本とはだいぶ異なるかのように見える米国の科学技術・学術・教育をめぐるこれまでの歴史や現状にも、意外に参考になる点が少なくないかもしれないと思えるからだ。

 「米国で科学者、技術者に対する評価は昔から高くはない。例外は1957年に人工衛星打ち上げでソ連に先を越されたスプートニクショックの一時期くらい。大陸間弾道ミサイルの技術、つまりは核兵器を米国まで飛ばす手段を開発したということだから、米国人の心胆を寒からしめた。私のようなものに米国からリクルートの手が伸びたのも、科学技術の再建という国家的意思があったからだろう」

 東京通信工業株式会社(現ソニー)社員だった江崎氏がIBMトーマス・J・ワトソン研究所にリクルートされたのは1960年。スプートニク打ち上げの3年後だ。

                    (了)