臨時国会では「103万円の壁」を掲げて、先の総選挙で28議席を獲得した第4党の国民民主党がキャスティングボートを握った感じだ。国会審議の要である17の常任委員会のうち予算委員長など7委員長を野党が占めた。「伯仲国会」は形骸化したと言われる国会審議を一変させる好機である。
熟議で合意点を見つける
総選挙後の共同通信の世論調査によると、「政界再編による新たな枠組み」が31・5%と多く「立憲民主党を中心とした多くの野党による政権」は24・6%。「自公に日本維新の会などを加えた政権」は19・3%と続き、自公の少数与党政権は18・1%だった。また石破茂首相が大敗の責任を取り辞任すべきだとの回答は28・6%、辞任は不要が65・7%だ。
調査からうかがえることは、一政党に政権を託すのではなく、与野党が熟議して合意点を見つけ出す共同作業を世論は期待しているということであろう。有権者の意識の多様化を反映しているようだ。
7年8カ月続いた安倍晋三政権では、国会審議は空洞化が著しかった。与野党間で賛否が対立すると、野党の審議要求を拒否して官邸のトップダウンで強行突破した。岸田文雄政権になると親切、丁寧に国民に寄り添う政治を目指すとしながら十分な説明がなく、重要政策を次々に転換していった。いささかたちの悪さが感じられた。
17常任委員会の7人が野党
伯仲国会はまず、国会審議が様変わりしそうである。国会には法案などを審議する17の常任委員会があるが、そのうち7つの委員長を野党が占めた。国の予算案を審議する論戦の主舞台、予算委員会の委員長には立憲民主党がついた。
「少数与党内閣」でスタートした石破茂政権では、閣僚や政府委員もこれまでのように質問を擦り変えたり、のらりくらりと答弁していると委員長から厳しく指摘されるなど、緊張感のある質疑が見られそうだ。
一方、委員長が野党の委員会での野党質問も注目される。政府を批判するだけでなく、予算案の内容に踏み込んだ質疑をしないと、有権者に失望されるだろう。与野党間にこれまでとは違った緊張感が生まれ、論戦がより有権者の生活実感を踏まえたものに向かうのではないか。
国会質疑については田中角栄首相の有名な言葉が残されている。「野党は国会で予算案の内容の議論をしないと、いつまでも政権につけないぞ」というものだ。ともかく予算案を生活者の立場から自在に読みこなして、政権担当能力を鍛えてほしい。
弊害多い事前審査制
闊達な国会論戦を蘇らせるために、一強政権の下で築かれた制度や慣行で改めるべき課題は三つある。一つは予算案や法案などの事前審査である。事前審査は地味でわかりにくいが、憲法や政治学者から以前から改革が指摘されてきた。
事前審査とはまず、政府の予算案や法案は、すべて国会に提出する前に自民党議員と各省庁幹部とが細部にわたって調整する仕組みだ。異論がなくなった段階で国会に提出される。全ての委員会は自民党が過半数を占めているので「数の力」でどんどん決まっていく。
野党は存在感がなくなるということで、疑惑や不祥事などを取り上げて委員会をストップさせるが、法案はほとんど修正されることなく成立する―というパターンが長年続いてきた。
この事前審査は1955(昭和30)年の保守合同で自民党が誕生以来、長期政権の中で確立したとされる。国会質疑が面白くないと言われるが、自民党議員だけで事前に調整が済んでいるから、国会で質問する必要はないわけだ。政権にとっては効率的かもしれないが、国民の税金の使い方を議論するのだから、公開で議論するとか審査の内容を公表するとか、ガラス張りの議論が不可欠だ。欧米の議会はこの点が一番心掛けていることだといわれる。
「103万円の壁」の議論が画期的だが、事前審査に似ているといわれるが、制度の仕組みや運用、関係省庁との関係や、関連データや資料などすべて公表され、政策決定の過程がオープンになっている。
今回17の常任委員会のうち予算委員長、法務委員長、憲法審査会など7つのポストに野党がついた。主戦場の予算委員長になった立憲民主党の安住淳議員は「より良き修正を図っていく文化に変えたい」と言っている。野党が物分かりよくなりすぎてもチェック機能をなくして連立政権のようになっても困るが、ともかく議論の可視化が進むことは前進だ。
国政調査権の要件の緩和を
二つ目は国政調査権を少数政党に使いやすくすることである。国政調査権は衆参の委員会で、全会一致か多数決で証人喚問や、内閣や官公庁に資料提出を求め、また証人の証言を得るために証人喚問―当事者などを呼んで事実の確認、資料の収集、参考人の招致などの手段を取ることだ。また憲法62条も衆参両議院が国政に関する案件を審議するために必要な場合、国政調査権は使用されるとしている。
この国政調査権発動は、衆参両院のどちらかの委員会で、全会一致、または多数決によって、証人喚問をしたり、内閣や官公庁に関係資料の提出を求めたりできるが、少数勢力の野党にはハードルが高すぎることだ。
英国や米国では質疑の実を上げるために年々整備され、議会にとって不可欠の補助的機関となっている。ドイツでも基本法(憲法)で、議員の四分の一以上が要件として、議会の少数派の権利として配慮されている。
それでなくとも与党議員は、事前審査をはじめ日頃から各省庁の官僚と接触する機会が少なくない。野党にも国政上の重要な情報や、調査ができるようになると、行政を監視するなど、統治能力が高まるはずである。財政赤字は今や1000兆円を超えたと言われるが、国政調査権がもう少し整っていたら、天文学的な数字にはなる前に待ったが掛けられたのではないか。
首相の解散権、英独は固定化
最後にもう一点、首相の専権事項といわれる解散権についても検討課題である。解散権は自民党に有利な時期とか反対勢力に打撃を与えるなどの理由で活用されている。一方国会議員は、国民の厳粛な信託に基づいて議席を得ている。その国会議員を首相の都合で地位を失う解散権を行使するというのは、公平性を欠く。かつて自民党でも解散をしばしば口にした首相に対し、恣意的な解散は解散権の乱用だとして、解散反対の署名運動が起きたこともあった。こうしたこともあって、米国では大統領に解散権はないが、英国やドイツでは議員の任期を固定したり、首相の解散権を制限する潮流にある。
もう1点つけ加えると議員立法を増やすことである。立法府の本来の役割は法律や政策を作ることにある。現在政府が提出する閣法の処理がほとんどで、議員立法は閣法70~80本のうちわずかだ。ちなみに米では議員立法が中心とされる。
自民一強時代の古い慣行や制度改める好機
実際にはここまで整えて初めて「国の唯一の立法機関」の態勢が整ったといえる。立法府は法律や政策を作るのが使命だから、各国もそれぞれ工夫しているが、本来の立場に立ち返り態勢を整えることが必要だ。政治や既成政党に対する不信が強まっている。それは少数の野党にはハードルが高く、熟議があまりなかったことにあるのではないか。
与党だけで予算案も法案も成立させられない伯仲国会では、与野党がとことん話し合って合意点を見つける熟議が大事だ。同時に自民一強時代に作られたこうした古い慣行や制度を改める好機である。
(了)