コラム「政治なで斬り」「ちょっと待てよ」と異論言う勇気を持て 官邸の広報予算を10倍の72億円にアップ 内閣官房が来年度の概算要求で この金が何にどう使われるのか説明なく秘密主義に 現政権の主張を税金でPRか 異論封じる雰囲気をつくる高市政権 首相は国会審議にもっと出席し論議を 使途をはっきりさせガラス張りの中で厳正にチェックする体制づくりが大事

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 「役所に入るとなんとなく重苦しいね」「メディアこそ遠慮しないでもっと政治を批判していいですよ」。霞ヶ関では最近はこんなあいさつが交わされることがあるという。そこで思い出されるのは、後藤田正晴元副総理がよく「日本人は大きな声に左右されやすい。異論があったらちょっと待ってよ。異論があるよと手を挙げる勇気が大事だね」という一句である。安倍晋三政権時代は菅義偉官房長官が霞が関ににらみを利かせていたが、今ほど周囲が気を使うことはなかったという。こうした空気をつくっているのは、政治のトップの高市早苗首相にあるのではないか。

官邸の「犯人捜し」       

 高市氏が成立を期している飲食料品の消費税減税の議論に関してのことである。この夏の自民党の会議で、出席議員から減税の財源が示されていないし、支給される金額も分からない、農漁村への影響も心配だという意見が噴出した。

 官邸はすぐ財務省に、質問した議員にレクチャーした職員の名簿を知らせるように求めた。この経緯はいささか節度を超えている。やんわり断わられたとされるが、霞が関に瞬く間に知れ渡った。官邸は減税を嫌う財務省が自民党議員に言わせているとにらんだようだ。

 官邸の威令がいきわたっているというより、何か言うとすぐ告げ口されるのではないかという、重苦しい空気が生まれつつあるという。官邸の広報予算は7億円だが、内閣官房は2027年度の概算要求で、10倍の72億円にアップする方針を盛り込んだ。ところがこの金は何にどう使われるのか、いまのところいっさい説明されていない。それぞれの使途についても具体的に示されず万事、秘密主義的である。税金の出所は国民の財布からなのにである。

税こそ議会政治誕生の原点

 税の扱いが乱暴な感じだが、税と議会の関係こそ議会政治が誕生した原点であり、民主主義の根幹にかかわる重要な歴史が刻まれているのだ。

 英国に議会が誕生しきっかけは厳しい税の取り立てにあった。国王に市民が強く反発し、税の調整をするために国王と市民代表からなる国会が誕生する。米国の英国からの独立戦争もフランス革命もきっかけは税をめぐるものだ。だから税を徴収する側は、国会を通じて税の使われ方を常に国民に説明する義務と責任を負うわけだ。

 日本でも税に関する議論は同じように大事である。国会論議ではまず、自由闊達な議論が行うためにデータや資料、情報を公表することが欠かせない。日本の政治史上、初めての女性首相である高市氏には、国会審議にもっと出席して女性首相時代にふさわしい丁寧で、ガラス張りの国会論戦を切り開いてほしい。

 広報予算の件に戻ると、デジタル空間で精緻な広報戦略を展開しようとすると、ばく大なコストがかかる。72億円という金額は、国際水準から見ても多い金額ではないとされるが、なぜ72億円が大きな関心を持たれるのか。

政党の「宣伝」と行政の「広報」を峻別

 税金で行われる以上まず、「行政の広報」なのか「政党の宣伝」なのかまずはっきりしなければならない。参考までに英国を見ると、政党の選挙運動や政権のPRと、行政としての公共広報は厳格に分けている。ところが日本の場合は、「現政権の主張」を税金でPRしているとように見える。

 また目標とか検証をどうするかが示されていないので、欧米の議会関係者は奇異に感じるらしい。EU諸国では広報予算を投入した場合、国民の認知度などを公表しているというが、日本にはまだそれがない。議会政治が遅れていると言える。

ガバナンスをガラス張りに

 再生回数が6000回ぐらいのコンテンツを出しているという理由だけで、「予算を10倍にしたい」という発想については、自民党の古参議員の中にさえ「このご時世に国民の納得が得られると思っているのか」という声がある。

 本来なら金額の増減を議論する前に、「税金を使った政府広報に対する「中立性の確保」とか「成果の検証するシステム」をどう整えるのかなどの議論を先にするべきだった。こういうことはEU諸国では絶対ありえないことだと言われる。初の女性首相の高市氏にはこうしたきめ細かい分野でも、慣例の改革に成果を上げてほしいところだ。

 売れっ子のタレントを起用するなど、政権の宣伝活動に税金を使うのはご法度であろう。まず使途をはっきりさせ、ガラス張りの中で厳正にチェックする体制を築くことが大事だ。それが行われるように後藤田氏が指摘するように、一人一人が勇気をもって異論を言い続けるべきだろう。