「混迷の米大統領選」バイデン氏接戦抜けあと一歩 トランプ氏、「不正」叫んで法廷闘争に 決着まで波乱とかなりの時間

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 米大統領選は大接戦の末、民主党のバイデン前副大統領が共和党のトランプ大統領を抑え、当選に必要な選挙人の過半数獲得へ前進し勝利する見通しになった。事前の世論調査ではバイデン氏が終始リード、一部には圧勝の見方もあったが、世論調査の誤差範囲ぎりぎりまで接近する僅差となった。トランプ氏は公言してきたとおりにその結果を受け入れず、リードを許しているいくつかの州で民主党に郵便投票の不正があったなどと主張して、集計停止や再集計などを求める訴訟を起こした。予想された展開だ。トランプ政権の登場によって混乱に陥った米国の民主主義がこの選挙で立ち直るきっかけをつかめるのか。裁判闘争の決着まではかなりの波乱と時間がかかる見込みだ。

民主党の巻き返し成功

 投開票から1日たった4日夜(日本時間5日午後)現在、各州の人口に応じて割り当てられる大統領選挙人の獲得数は、バイデン氏が西部アリゾナ州の11人やネバダ州の6人を獲得すれば、当選に必要な270人に達する。

 他の3州のうち共和党地盤の南部ジョージア州(16人)、ノースカロライナ州(15人)、東部ペンシルベニア州(20人)は、いずれもトランプ氏が小差でリードし、バイデン氏が有利な郵便票の開票が追いかけている。だが、トランプ氏が3州で逃げ切っても265人で追いつけない。このうちペンシルベニア州は投票日までの消印があるものは3日間、ノースカロライナ州は6日間、ともに配達を待って集計するので、最終結果がでるのはその後になる。

 トランプ氏は2016年の大統領選で長年、民主党の支持基盤を形成してきた中西部と東部の一部を奪取する番狂わせを演じ、共和党の根拠地南部を総取りして勝った。今回は番狂わせ分を取り戻され(ペンシルベニア州は開票待ち)、南部と西部の地盤にも食い込まれた。民主党の巻き返しが成功した。

裁判闘争は州地裁から

 トランプ氏は中西部で取り戻されたウィスコンシン、ミシガン、開票待ちのペンシルベニアの各州で不正選挙の訴えを起こし、ジョージア州でも準備中という。トランプ氏は最高裁に持ち込むと発言しているが、米国では連邦地裁、高裁、最高裁という連邦司法体系に合わせて、各州も下級裁判所と最高裁を持っている。大統領選を実施し開票するのは州の責任なので、裁判闘争は州レベルで始まる。州には知事がいて、上下両院の州議会、州司法長官、州務長官という州統治体制がある。すべて選挙で選ばれる。共和党がこの勘どころを抑えている州では、トランプ氏の思い通りにことが運ぶのだろう。

 トランプ氏は、投票日まで1カ月半の9月半ばに病没したリベラル派最高裁判事ギンズバーグ氏の後任に保守派のバレット連邦高裁判事を指名、上院承認を急がせた。最高裁判事の保守、リベラルのバランスを「6対3」と保守派の圧倒優位の確保に駆け込んだ。裁判闘争に出たのは、自分が指名した保守派判事が3人もいる最高裁なら有利な判決を出すのは当然と考えているのだろう。ここまでは苦し紛れの「クーデター」のシナリオ通りの展開である(「Watchdog21」11月2日拙稿参照」)。

 ブッシュ元大統領(共和党)、ゴア元副大統領(民主党)が争った2000年の大統領選では、他州の開票がすべて終わった後、大接戦となったフロリダ州の帰すうに大統領選の勝敗がかかった。票の再集計をめぐる攻防が1カ月に及び、保守派多数の連邦最高裁が最終的に再集計打ち切りを命令、ブッシュ氏の当選が決まった。だが、明白な連邦憲法違反がない限り州が実施する選挙の実務に最高裁がどこまで介入できるのかとの議論を招いた。

 今回の大統領選ではすでに、郵便投票の導入などをめぐって共和、民主両党間で訴訟合戦が起き、最高裁に持ち込まれたものも出ている。最高裁は妊娠の人工中絶、人種差別問題など社会的、政治的に国を二分する問題で歴史的な判決を下してきた。当時のブッシュ大統領(息子)の下で長官に就いたロバーツ判事は保守派だ。しかし、トランプ政権の下で社会的混乱を引き起こすようなテーマでは少数派リベラル派にくみして、5対4の判決を下したケースが目についている。

 トランプ氏が新たに指名したバレット判事の就任で、最高裁のバランスは6対3に広がっている。だが、米国の政治・社会の分断をとことん深めている中での大統領選の投票直前にトランプ氏の指名で判事となったバレット判事は、選挙にかかわる審理には加わってはならないとの声が法曹関係者から上がっている。本人とロバーツ長官はどう受け止めるのだろうか。

民主主義は脆弱

 トランプの4年間とは何だったのだろう。それを語るのはまだ早い。だが、長く続いた選挙戦(トランプ大統領の言動はすべて再選狙いだったといえる)とその開票の進行を見つめながら、今感じていることがある。

 民主主義は脆弱だ。大嘘(フェイク)がまかり通り、何が事実か分からなくなることの恐ろしさ。それを可能にするネット支配の時代はどこへ行くのかという不安。人種差別とアイデンティティーはどう切り分ければいいのか。シングルイシュー・ポリティクスの危うさ。(11月5日記)