「日本学術会議会員任命拒否」自己矛盾の説明で隠蔽図る首相 「杉田官房副長官の執念が強過ぎた」と政府関係者 

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 菅義偉首相は、日本学術会議が推薦した会員候補105人のうち6人を任命拒否した理由について当初は説明を突っぱねていたが、10月末にようやく開かれた衆院本会議の代表質問で会員の多様性に配慮して6人を任命しないと判断したとする説明を繰り返した。しかし、この主張には自己矛盾があり、本当の狙いを隠ぺいするものではないかという印象を招く苦しい答弁になっている。

 折から10月30日に開かれた新聞通信調査会の月例講演会では時事通信社の松山隆政治部長が「菅政権下の政局展望」について語ったが、この問題に関する政府当局者のコメントとして興味深い内容があった。それを聞く限り、菅氏の国会答弁とは懸け離れた実態が浮かび上がってくる。

任命拒否の理由答えず

 菅首相は10月30日の参院本会議の代表質問に答え、日本学術会議会員の所属大学別データを示し、会員構成に偏りがあると主張した。東大や京大など「七つの旧帝国大学に所属する会員が45%を占めている」と強調し、民間企業などの所属や若手は3%にすぎないと紹介した。しかし、なぜ比率の少ない女性教授(加藤陽子氏=歴史学)や、会員を出していない大学(東京慈恵医大)の教授(小沢隆一氏=憲法)の任命を拒否したかについて理由を答えなかった。

 日本学術会議(梶田隆章会長)側は新会員候補者6人の任命拒否について「会議の活動に著しい制約となっている」として、拒否理由の説明と6人の速やかな任命を強く求めている。菅首相が問題とする会員構成については、20年間ほどで女性比率が1%から38%に向上し、関東に偏っていた会員の比率も68%から51%に改善したと反論。約10億円の年間予算のうち、210人の会員と2千人の連携会員に支払われる手当は計約1億7千万円だと指摘。「会議の回数を最小限に減らすなどして経費節減に苦心を重ねてきた」(梶田会長)と国民に理解を求めている。

「インテリジェンスを重視し過ぎる」

 前掲の政府当局者の「ひそかなコメント」については、新聞通信調査会発行の月刊誌『メディア展望』12月号に講演内容が掲載されるので、講演内容の正確な引用はそれを見てほしい。主な講演内容のポイントは以下の通りだ。
 「6人を選別したのは杉田副長官[注1]。杉田氏の執念が強過ぎた」
 「この問題が大々的に報じられ、菅、杉田とも一時おろおろしていた」
 「6人のうち共通項あるのは5人。1人はカムフラージュで入れた」
 「危ういことに、菅を諌める人がいない。菅に物を言う人がいない」
 「今井[注2]がいたら、こんなことをさせていなかった」
 「菅は人事で失敗するのではないか」
 「政治的資産の浪費になると、加藤勝信官房長官に警告した」
 「明るい安倍に比べて、菅は暗い」
 「インテリジェンスを重視し過ぎる」

[注1]元警察官僚の杉田和博内閣官房副長官。10月19日付のウォッチドッグ21(塚原政秀氏執筆)に詳しい。
[注2]安倍晋三前政権で首相最側近だった経済産業省出身の今井尚哉前首相補佐官(現内閣官房参与)。

 コメントの多くが「なるほど、そうか」と腑に落ちる内容である。最後の「インテリジェンスを重視し過ぎる」というのは、警察庁で警備、公安畑を歩み、内閣情報調査室長、内閣情報官などを歴任し、第2次安倍政権の発足とともに官房副長官として抜擢され、約8年間、官僚組織や各界ににらみを利かせた杉田氏の引き続く重用を指すのだろう。

「既得権益の打破」という曲者

 共同通信で元同僚だった作家の辺見庸氏が10月28日付の毎日新聞夕刊のロングインタビューで「首相の『特高顔』が怖い」と語っていた。

 いわく「菅さんっていうのはやっぱり公安顔、特高顔なんだよね。昔の映画に出て来る特高はああいう顔ですよ」。「で、執念深い。今まで(の首相が)踏み越えなかったところを踏み越える気がする。総合的な品格に裏付けされたインテリジェンスを持っていない人間の怖さだね」。「安倍の方が育ちがいい分、楽だった。でも菅さんはもっとリアルで違うよ。今まで為政者を見てきてね、こいつは怖えなと思ったのは彼が初めてだね」

 菅内閣が掲げる三枚看板は「縦割り行政・悪しき前例主義・既得権益」の打破である。このうち「既得権益の打破」というのが特に曲者で、幻の既得権益層への大衆的反感をあおり立てるポピュリズムと化す恐れがある。
 
 日本学術会議に対しても、あたかも会員が特権を享受しているかのような印象操作が行われ、一部のメディアや会員制交流サイト(SNS)もそれに乗って日本学術会議を攻撃している。

テレビ局解説委員のデマがSNSで拡散

 例えば10月5日のフジテレビの番組「バイキングMORE」では、フジテレビ報道局解説委員室上席解説委員の平井文夫氏が次のように発言した。

 「だってこの人たち6年、ここ(日本学術会議)で働いたら、その後、学士院というところにいって、年間250万円年金もらえるんですよ(一同「えーっ」)。死ぬまで(一同再び「えーっ」)。みなさんの税金から。そういうルールになってるんです」

 これはとんでもないデマである。内閣府の特別機関である日本学術会議は定員210人で、6年ごとに入れ替わる。学士院は文科省の特別機関で定員は150人、会員は終身制だ。学士院はノーベル賞受賞者を含む内外のさまざまな賞を受賞した学者の重鎮で構成され、年齢層は60代後半から90代。最年少が山中伸弥氏だ。こういう顕著な業績を有する学者を特に優遇するために設けられた組織だから、年金が出る。学術会議のメンバー全員が学士院に入れるわけがない。

 このデマ報道に抗議が殺到し、フジテレビは翌6日の番組でアナウンサーが「学術会議の会員全員が学士院の会員になって、年間250万円の年金を受け取れるというような誤った印象を与えるものになりました」と述べ、訂正した。しかし、平井上席解説委員の事実無根の発言はSNSに乗って、拡散を続けた。