「議事堂占拠」でトランプ大統領の責任追及 「虚妄」で始まり「虚妄」で終わる4年 自ら破局を演出

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大統領就任式の舞台

 米議会議事堂でちょうど4年前、トランプ大統領就任式が行われた。集まった群衆は前任オバマ大統領の時の180万人の3分の1 (30〜40万人)だったと、米メディアが2枚の空中写真を並べて報じた。トランプ氏は激怒し、150万人はいたと主張して絶対に譲らなかった。ホワイトハウスはこれを「もう一つの真実」と説明した。これがトランプ大統領のでっち上げ(以下虚妄とする)発言の始まり。以来トランプ氏は、自分に不都合な事実はすべてメディアの虚妄報道と退けてきた。

最大の虚妄発言

 ワシントン・ポスト紙の調査報道によると、トランプ氏は就任から昨年11月5 日までの1358日間に2万905回の虚妄発言、ないし事実を誤解させる発言を行った。1日平均21・3回に上る。同月3日の大統領選挙でバイデン氏が当選確実となり、7日勝利宣言をした。だが、トランプ氏は自分が圧勝したのにバイデン氏が大量の不正投票を集めて勝利を盗んだと、何の証拠も示さないまま主張し続けてきた。これは4年間で最大の虚妄発言といえるだろう。

証拠見つからず

 トランプ氏とその陣営は接戦となった6州で大規模な不正投票があったとして、各州裁判所および最高裁を含む連邦裁判所に選挙無効を求める訴訟を起こした。しかし、選挙の実施に当たった州・郡・市政府、および共和、民主両党代表が加わる選挙監視機関は、再集計を行ったうえで選挙は適切に実施されたと確認、50件を超えた訴訟もすべて証拠なしと却下された。

 米大統領選挙の当落を決定する各州代表の大統領選挙人による12月14日の投票でも、一般投票通りにバイデン氏当選が支持された。トランプ氏の訴訟の行方を待っていたマコネル共和党上院院内総務ら上院幹部もこれでバイデン当選を受け入れた。トランプ氏はマコネル氏らに「裏切者」と怒りを投げつけ「不正投票」を正す戦いを続けると宣言した。

「荒っぽいデモ」

 1月20日の大統領就任式が迫ってきた。追いつめられたトランプ氏が最後の抵抗戦の舞台に選んだのが1月6日の上下両院の新議会合同会議だった。同会議には各州から大統領選挙人が投じた投票用紙が密閉されて集められ、正式に開票・集計されて、その結果を新議会が承認する。長い大統領選出手続きの最後の日程で、通常なら新議会による新大統領お披露目の儀式である。

 トランプ氏は共和党両院議員に同会議でバイデン当選に反対票を投じるように圧力をかけるとともに、トランプ支持の極右や白人至上主義の組織にワシントンへの大規模な「荒々しいデモ」を指示した。トランプ氏は両院合同会議の議長を務める忠臣のペンス副大統領が、バイデン当選を承認する議決には持ち込まないよう議事運営をリードすると、当然のごとく信じていたように思える。

 トランプ氏はこの日の午前、ホワイトハウス裏側の広場に集まった数千人の支持者に1 時間余り、「勝者は私だ」とバイデン大統領をあくまでも認めない強硬姿勢を繰り返して喝采を浴びた後、弱くてはこの国を取り戻せない、もっと強さが必要だ、一緒に「議事堂へ行進」しようと呼びかけた。

 こうして4 年前、議事堂での就任式に集まった群衆の数を膨らませた虚妄発言で始まったトランプ政権は、「不正選挙」という虚偽発言が煽り立てたその議事堂への乱入・一時占拠によって幕を下ろすことになった。

暴力デモを煽った責任

 トランプ氏は議事堂へのデモには加わらずにホワイトハウスに戻ると、ペンス副大統領に対する怒りを爆発させた。ペンス氏がこの朝、合同会議議長には憲法上、大統領選挙の投票結果を報告し、賛否を問う以上の権限はないことが分かったと報告したというのだ。トランプ氏が抑えられない怒りを周辺に当たり散らしているうちに、テレビがデモ隊の議事堂乱入を報じ始めた。両院合同会議は審議を始めていたが、両党の議員たちは大慌てで避難し、会議は中断された。

 ホワイトハウスにパニックが走った。だが、2時間を過ぎてもトランプ氏に行動を起こす気配はない。ワシントン・ポスト紙電子版によると、補佐官たちが懸命の説得を続けて、取り急ぎ大統領名のツイッターで「平穏な行動」を求めることを認めさせ、さらにトランプ氏自身が直接呼びかけるビデオの制作を急いだ。しかし、トランプ氏はそこでも議事堂を占拠しているデモ隊に「われわれは君たちを愛している、君たちは特別だ」と呼びかけてから「家に帰ろう」と撤収を求め、さらに「(自分の)圧倒的勝利が無礼かつ悪意を持って奪い取られた」なかでこの事態が起きていると彼らの行動を擁護した。

 首都ワシントンD.C.の予備役(州兵)の出動を得てほぼ4 時間にわたるトランプ支持派の乱入・占拠を鎮圧し、再開された両院合同会議がバイデン当選を承認したのは翌7日午前4時に近かった。これで20日には民主党のバイデン大統領就任が決まった。トランプ氏はこれは認めて、政権移行に協力する意向を表明した。しかし、バイデン氏を「国家の恥」といい、新大統領就任式には出席しないと明言した。トランプ氏は「癒しと和解の時がきた」とも述べたが、これも空々しい虚妄発言というほかないだろう。

 トランプ氏の議事堂乱入事件への重い責任を問う声が、与党共和党内からも加わって米国各界に広がったことは当然だろう。トランプ氏は事件から2 週間後には大統領任期を終えるが、民主党の上下両院幹部はそれを待たず即時辞任あるいは職務停止を要求、応じない場合は議会の弾劾裁判にかけると声明、すでにその準備を進めている。共和党議員の中からも辞任を求める声が上がり、党首脳部も任期切れの後になるとしても弾劾裁判不可避と受け止めている。

 トランプ政権の多くの閣僚や各省庁およびホワイトハウス幹部が次々に入れ替わる中で、珍しく安定的だったデボス教育、チャオ運輸(マコネル上院院内総務夫人)両長官がためらうことなく抗議の辞任、多くの省庁で次官、次官補クラスの辞任の動きが続いている。

 議会制民主主義国にとって議会議事堂は侵してはならない聖域である。最高の権力を持つ現職大統領が支持者にその議事堂への暴力的デモ攻撃を扇動したというのは、途上国ではよく起こる権力奪取のクーデターまがいの出来事である。トランプ氏が選挙での敗北を認めず、その事実がどこからも出てこないにもかかわらず「不正選挙」と叫び続けて大統領権力を手放そうとしない―この異常な出来事を米メディアでも「クーデター」と呼ばれることが多くなっていた。トランプ氏は選挙で敗北し、間もなく任期を終えてその権力を失うのだから、この事件は特異なクーデター未遂事件と呼んでいいだろう。

郵便投票は不正投票増やす?

 1年にもおよぶ選挙戦を振り返ると、議事堂乱入・占拠事件はたまたま起こったのではなく、トランプ再選戦略が行きつくところに行きついたものとみて間違いない。トランプ氏が、民主党は大統領選挙を不正投票で勝とうとしていると言い出したのは昨年5月だった。コロナ禍の中での選挙となることが避けられなくなり、郵便投票が広く取り入れられる見込みになると、トランプ氏はすぐに「郵便投票は不正投票」に使われるといって反対を始め、それとともにトランプ氏は選挙で負けも不正投票を理由に敗北を認めずに居座ろうとするのではないか、との見方が浮上した。

 郵便投票は広大な国土の米国では多くの州で期日前投票に取り入れられて実績を積んでいる、直接投票と比べて郵便投票で不正投票が増えるというデータはない―などと経験を語る州の選挙実務者や政治学者の意見が広く伝えられた。トランプ氏はこれに見向きもせず、根拠を示すこともなく、郵便投票と(民主党の)不正投票を結びつける「虚妄発言」を繰り返してきた。

 コロナ禍のもとでは民主党か共和党かの党派を問わず、安全で便利な郵便投票が増えることは予測できた。黒人やヒスパニックなど少数派は白人より投票率が低いので郵便投票は民主党を有利にする、いや白人高齢者の多い共和党にも同じ効果があるなど、様々な意見が交わされた。だがトランプ氏はなぜか、共和党員にはなるべく直接投票するよう呼び掛けている。今思うとトランプ氏は、郵便投票は不正投票の民主党、直接投票は不正のない共和党-という色分けをしたのだと思われる(結果的には郵便投票は民主党票の7割超、共和党票では2 割超と見事に分かれた)。

 選挙投票日か近づくにつれて、トランプ氏が民主党の不正投票を監視し阻止するためとして、極右や白人至上主義団体などの支持勢力を接戦州に動員して圧力をかけ、選挙で負けても騒乱状況を引き起こして選挙を無効化し、権力を離さないという「上からのクーデター」のうわさが流れる状況になった。(以上「Watchdog21」6 月3 日、10月21日、11月2日などの拙稿から)。

無理矢理の再選戦略

 こうした経緯をたどりながら、トランプ氏と周辺に集まっている陰謀論者たちの存在を考えると、トランプ氏が次のような再選戦略(陰謀)を描いていたとみてもおかしくないと思う。

 選挙に敗れる可能性に備えて、いや世論調査では終始バイデン氏にリードを許してきたことから多分、選挙では再選は難しいと覚悟して、早くから郵便投票、不正選挙、民主党を結びつけ、不正選挙の結果は受け入れないと宣言して「クーデターまがい」の強硬手段で政権を握りしめる。世論がそれを受け入れやすくするため虚妄発言を繰り返して地ならしを続ける。

 嘘を100回繰り返すうちに事実になるという言葉がある。トランプ氏の「虚妄発言」がまさにそれで、トランプ氏は「虚妄」を事実と思わせる異常な能力の持ち主である。議事堂乱入前の世論調査では、バイデン氏は不正投票で勝ったと信じている人が共和党員ではなんと8割に達し、民主党員でも2割だ。

 だが、トランプ戦略を成功させるためには議会上院の多数を握る共和党が最後までトランプ氏の言うなりに動くことが第一条件。トランプ氏は「GOP」(古い偉大な党)と自らを呼ぶ共和党を「トランプ党」といわれるまでに見事に支配下におさめたが、トランプ氏はこの自分の力を過信していた。

 裁判闘争はほぼ門前払いの全敗、各州も不正選挙は証拠なし、選挙人選挙もこれをそのまま支持という結果が出た段階で共和党の大勢は「ここまで」と判断した。両院合同会議や翌日から2日間フロリダで開かれた共和党全国委員会では、不正投票はなかったとか、大統領選挙と一緒に行われた議員選挙では不正投票が何の問題にならないのはおかしな話だといった発言が飛び出し、トランプ離れが一気に進み出したことがうかがえた。

 両院合同会議の前日、共和党の根拠地である南部ジョージア州で行われた上院ダブル補欠選挙で、民主党候補に2議席とも奪われて上院の多数派を失い、ホワイトハウス、下院、上院の三つを民主党に独占されることになった。共和党はここでも大きな痛手を蒙った。

 この選挙戦中にトランプ氏が州知事と州務長官(いずれも共和党員)に同州の大統領選の票を自分が勝ったように操作しろと圧力をかけたことが明るみに出て、これが敗北につながったと党内から批判が出ている。

「もう一つの重要なカード」

 トランプ氏はもうひとつ、最も重要なカードをもっていなかった。「トランプ・クーデター」に対する反対運動が起こった時、これを力で抑え込むには軍部隊の動員が必要になる。白人警察官の暴力的な取り締りで黒人青年が殺害された事件をきっかけに「黒人の命は大切」(BLM)をかかげる人種差別反対運動が広がり、ホワイトハウスが抗議デモに取り囲まれたとき、トランプ氏は米軍現役部隊の動員を画策した。

 しかし、国防長官と制服組トップの統合参謀本部議長、さらに歴代の将軍、提督ら軍部OBが総出で米軍は個人ではなく憲法に忠誠を誓っているとこれを拒絶した。これに従って、トランプ氏周辺から「不正選挙・政権移譲拒否」を貫こうとクーデター論が浮上したと伝えられた時、軍首脳はすぐに不介入を声明した。ベトナム戦争から湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争と苦い経験を重ねた米軍制服組には「政治の道具にはされない」という新しい「規範」が引き継がれている。トランプ氏は知らなかったのだろうか。

トランプ氏の政治生命 

 トランプ氏が無理やりの「不正選挙」闘争にこだわるのは、4年後の大統領選での再挑戦のために基盤を維持したいからだとの見方が強い。だが、深追いし過ぎて共和党との間に深い亀裂を作り出し、自ら「議事堂乱入」という破局を演出してしまった。詳細する紙数はないので、今の段階での結論だけを言えば、米国民主主義がトランプ氏に再び大きな権力を与えることはないだろう。

                        (1月9日記)