「非常大権」獲得狙った新コロナ特措法か?

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 安倍晋三首相は新型コロナウィルス感染の拡大に対して、新たな特別措置法で対応すると表明、新特措法は13日にも成立、即日施行の見通しだ。5日には中国と韓国からの入国者を大幅に制限、両国からの入国者は感染の有無を問わず2週間医療施設などに待機するよう「要請」する方針を表明した。全国の小中高校一斉休校も「要請」としながら、強力な同意圧力によって事実上の強制となり、全国に混乱を招いている。では、安倍首相と自公政権は実際に感染拡大防止にどんな対策を講じてきたのか。新特措法が必要という以上、前提となる科学的検討は行われているのか。

現特措法にはある対策行動計画

 既に明らかになっているように、新型コロナウイルスに対する新特措法は民主党政権下の2012年に成立させた「新型インフルエンザ等対策特別措置法」を改正しようとするものである。現特措法は2009年の新型インフルエンザ流行を受けて検討が始まり、12年に成立した。この現特措法にも「緊急事態条項」はある。しかし、発動させるか否かの前提となったのは2011年に定められた政府の「新型インフルエンザ対策行動計画」だ。
 それによると新型インフルエンザが猛威を振るい、人びとの行動制限などの計画遂行が必要となる被害想定の上限値は受診患者数2500万人、入院患者数200万人、死亡患者数64万人という極めて深刻な状況となっていた。この想定自体、1918年の「スペイン風邪」大流行からの推計であり、防疫技術が格段に発展した今日ではほとんど想定しにくいとされ、国民の自由と権利の制限は必要最小限のものでなければならない(第5条)と定めたが、日本弁護士連合会は集会や移動の自由の制限など、個人の自由や権利の制限につながる恐れがあるとして特措法に反対した。
 現特措法は対象を「新型インフルエンザ等」としており、立憲民主党の枝野幸男代表が指摘するように今でも十分対応できる。実際に特措法の下の政令は1月31日改正され、1週間たった2月7日施行された。しかし武漢を含めた中国から多くの観光客をこの間に受け入れていた。逆に言えば、安倍政権の対応の遅れが、今日の全国的な感染を招いたことになる。

 安倍首相相が法律を改正までして、新特措法にこだわるのはなぜか。一言で言えば、「非常事態宣言」と「非常大権」への誘惑だろう。現特措法と安倍特措法の大きな違いは、「対策行動計画」の有無と言っても差し支えない。東日本大震災を挟んだ特別な時期だったが、それなりに専門家が集まって被害を想定し、対策を練ったものだった。

専門家の意見を聞かぬ「政治主導」

 これに対し、安倍首相には専門家を集めての行動計画策定という考え方が感じられない。首相は2月27日の全国の小中高校一斉休校要請に当たって専門家の意見を聞かなかったことを認めている。3月5日の中韓両国からの入国制限でも専門家の意見は聞いていない。
そもそも首相に専門家の知恵を受けるという姿勢があるのだろうか。
 日本国内で最初の新型コロナウィルスの感染者が判明したのは1月16日である。その後アジアを周遊していたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で2月1日感染者が判明。3日に横浜港沖に停泊した同船の検疫作業が始まった。
 一方で、国内でも単発的に感染者の報告があったが、政府の専門家会議初会合があったのは最初の感染者判明から1カ月たった2月16日だった。その後の対策会議での首相の振る舞いは、「今日は11分出席」「今日は4分」などと週刊誌やSNSで辛らつに批判され、対策会議自体も短時間で終わっていたことが出席者などから暴露されている。

 専門家の意見を聞かない安倍首相は27日の全国一斉休校を要請した根拠として、1918年のスペイン風邪大流行に対して米国の対応を参考にしたと答弁している。これは感染症の教科書に載っている話であり、インフルエンザが流行する度に各地の保健所などが引用してきた「教訓」である。参考までに簡単に説明すると、1918年のスペイン風邪=病原体はA型インフルエンザ(H1N1型)=が大流行した9月、発病率2.2%の段階で直ちに緊急事態宣言を出して公共施設を閉鎖し、集会を禁止した米国のセントルイスと、発病率が10.8%になって初めて対応したフィラデルフィアとでは、セントルイスの死者数は8分の1だったというものである。
 ただ、これはまだ旅客機も飛んでおらず、市民が広範に交流していなかった、第一世界大戦末期のデータであり、そのまま今日に当てはまるかどうかには疑問がある。しかし全国各地で次々と新規感染が伝えられている今日、首相の意気込みとは裏腹に日本はフィラデルフィア型ではないかと思わざるを得ない。

疫学調査の様子見られず

 こうした疑いをも持たれるのは、政府も国立感染症研究所などの専門機関も疫学調査をやっているのかどうか分からないためである。というより、やっている節がない。3月2日「軽症者が気がつかないうちに感染拡大に重要な役割を果たしている」との警告を公表した政府の専門家会議も、北海道だけのデータを基に見解をまとめたことを認めている。10〜30代にライブハウスなどに行かないよう呼び掛けたのも、直前の大阪ライブハウスでの集団感染があったことを念頭に置いたものだろうが、実際は30〜40代の成年中心で、感染者は圧倒的に40代だった。もう少しきめ細かいサーベイランスを行わなければ、感染拡大防止にはならないのではないか。