タリバンは、1994年にアフガニスタンに登場してきた、過激なイスラム神学生の武装集団で、同年、南部のカンダハルを占拠、96年に首都カブール、98年9月までにほぼ全土を占拠、硬直したイスラム教遵守を掲げる政権を樹立した。一方、中東でテロ活動を繰り返したサウジアラビア人主体のテロ・グループ「アルカイダ」は中東を追われ、本拠地をタリバンの支配するアフガニスタンに移した。
そして2001年9月11日、「アルカイダ」はニューヨークの巨大ビルを爆破テロ攻撃した。ブッシュ米政権はアフガ二スタンにアルカイダの引き渡しを要求したが、タリバン政権は拒否。米国は10月、アフガニスタン攻撃を開始、同盟諸国も参加、アフガニスタンの反タリバン勢力北部同盟も加わり、11月カブールが陥落。タリバンの残存勢力はパキスタンに逃れた。
パキスタンでタリバンは、同国政府の庇護を受けて勢力を次第に回復、アフガニスタン国内でゲリラ攻撃を始め、2015年にはパキスタンでアフガニスタン政府と和平協議を開始するまでになった。アフガニスタン国内では政府軍、米軍など外国軍とのゲリラ戦を次第に拡大。支配地域を広げた。
その一方でタリバンは、(1)で触れたように、アフガン政府が参加を拒否した米国との和平交渉を18年から本格化、21年4月、9月11日までの米軍完全撤退に合意した。その合意に基づき、実際には米軍は7月中に、実戦力は大使館警護部隊などを残しほとんど撤退、英国はじめ他の同盟諸国もそれにならった。
農村や都市の住民と協調して勢力を拡大
それを見極めつつ、タリバン部隊がこれまで政府軍の支配下の主要都市を次々とすべて占領。最後に北部の大都市マザリシャリフを占領し、15日、首都カブールに入った。その前にガニ大統領は職務を放棄、国外に脱出していた。
▼タリバンの統治は、かつてのタリバン政権時代(1996-2001)の再現になるのか?
そうは思わない。タリバンはこの20年間、アフガニスタンを追われ、パキスタンに逃げこみ、次第に戦力を回復して、母国に帰り、政府軍と米軍・同盟国軍と戦い続けてきた。その間国内では村人たち、都市住民と協調し、あるいは武力で脅して生活してきた。
そのような成功が、タリバンの兵力を維持、拡大を助けたに違いない。これから発足する政権には、タリバンとは異なる人々にも参加してもらうのではないか。かつてのタリバン政権のような、イスラム教の偏狭な解釈と暴力によるその押し付けを繰り返さないのではないか。その具体例は、先に紹介したBBCのタリバン支配地域の取材でもよく分かった。
(続く)