「想定外の抵抗」プーチンの大誤算、「素人」大統領の下で汚職追放・軍再建が進んでいたウクライナ

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プーチンのウクライナ侵攻は2014年危機の「後始末」がつかないまま第2幕に突入したという意味で、起こるべくして起こったといえる。だが、圧倒的なロシア軍を持つプーチンの「ハイブリッド作戦」が、ウクライナ軍・市民の激しい抵抗によって立ち往生するという予測はどこにもなかったと思う。プーチンはこの大誤算に慌てて居丈高になっている。首都キエフやいくつかの拠点都市、さらには原発へと無差別攻撃に出ており、大流血も辞さない全土制圧に突っ走ろうとしているように見える。

蹂躙された「失敗国家」

 ウクライナは冷戦終結で独立した後、親ロシアと親欧米両勢力の権力奪い合いと腐敗・汚職のまん延で政治はまひ、「失敗国家」とされてきた。親ロシア政権が親欧米派デモで瓦解し、大統領がロシア逃亡した2014年、混乱に乗じたプーチンが侵攻してクリミアン半島を併合、東部2州の一部では多数を占めるロシア系住民が独立を宣言する事態になった。ウクライナはなすすべもなかった。

 この事態を米国の有力な外交専門家やジャーナリストがどう見たかを振り返っておこう。

◇H・キンシンジャー:ウクライナの親欧米派と親ロシア派のどちらかがすべてを支配しようとすれば内戦か分裂を引き起こすこし、西側が手を出せばロシアがどう反応するかもわかっているではないか。ウクライナあるいはクリミアはプーチンにとって単なる外国ではない。

◇ I・ブレマー(ユ―ラシアグループ):親欧米派は極右のクーデターに乗るという賭けに失敗し、それに乗った米国(オバマ政権)も誤った。米欧が自分たちのために本気で軍事力を行使してくれると思ったら大間違いである。

◇T・フリードマン(ジャーナリスト):(冷戦終結後のNATO東方拡大を批判した当時のG・ケナンとのインタビューを引用しながら)ロシアの脅威が最も減退して民主主義への機会が生まれていた時にこれを摘み取り、逆にロシアに西側に対する不信感と安全保障への不安を強めさせ、屈辱を与えたNATO東方拡大が「ロシア再興」を掲げる独裁者プーチンを生み出した。

 

「素人」大統領政権誕生

 ウクライナはその後、親欧米派ポロシェンコ大統領の政権が続いたが、改革が進んでいるとの報道に接したことはなかった。2019年大統領選挙で、ようやく変化が起こる。人気コメディー俳優ゼレンスキーがポロシェンコを決戦投票の末73%超の得票で圧勝、5月総選挙で大統領支持の新党「国民の奉仕者」が単独過半数を獲得した。これまでの腐敗・汚職体制と無縁の「素人」新大統領の登場に市民の改革への期待が寄せられたようだ。

ロシア軍進撃のスピードが鈍いと注目を集める中で、3月2日付ニューヨーク・タイムズ紙国際版の意見欄にミシェル・ゴールドバーグの寄稿が載った。2019年にゼレンスキー政権がスタートして間もなくウクライナを取材訪問した時、国会議員、ジャーナリスト、市民団体リーダーたちから汚職追放・改革への決意と、プーチンが再び侵攻してきても勝てるという強い士気を感じて驚いたという。ゴールドバーグは、今はプーチンの侵攻で苦しい状況に追い込まれているが、こうした確信が彼らにチャンスを与えていると結んでいる。

同じ日、ワシントン・ポスト紙電子版の意見欄で、米陸軍退役将軍M・リーパス元准将がウクライナ軍の再編・増強が着々と進められてきたことを明らかにした。同准将は米軍欧州特別作戦部隊司令官を務めた後、2016年からウクライナの安全保障についての支援に当たってきたという。

それによると、ウクライナは2014年危機の後、NATOの支援を受けて正規軍の強化を進めるとともに、主要地方都市と25州に地域防衛部隊を配置、ロシア軍侵攻に対して戦うための志願兵による民兵部隊を編成した。今回のロシア軍侵攻に対しては13万人が民兵部隊に志願している。この国防体制を公にするための地域防衛軍法は昨年7月に議会で成立したばかりだった。

ウクライナに「秘密兵器」

 ワシントン・ポスト紙のベテラン軍事問題記者D・イグナチウスは4日付電子版で、プーチンの誤算はロシア空軍がウクライナ軍防空ミサイル網に阻まれて制空権を奪えなかったことと、地上戦の主力である戦車部隊が十分な燃料補給ができずに立ち往生してしまったことを挙げている。しかし、同記者はウクライナには国民を鼓舞するゼレンスキーという秘密兵器があることを知らなかったことが、プーチンの最大の誤算だったと報じている。

 ウクライナは8年前までの「失敗国家」から生まれ変わっていた。ロシアの情報機関はそれを掴めなかったのか。ウクライナ人を蔑視し、抑圧することによって反ロシア感情を広げ、親欧米派を後押しすることが分からなかったのか。あるいはその情報が届けられても「力」しか信奉できないプーチンの関心は引かなかったのかもしれない。

(注:ゼレンスキー大統領は就任するとまず訪米して、トランプ米大統領=当時=に真っ先に支援要請をしようとしたが、トランプは翌年の大横領選挙戦に利用することしか考えていなかった。それがトランプ弾劾につながった。これについては稿を改めます。文中敬称略。3月5日記)。