「虚偽報道」が名誉棄損提訴を受けて隠せなくなった米保守系テレビ、FOXニュース。トランプ陣営からの離脱に逃げ込むしかないが、米欧にまたがって多数の保守系メディアを傘下に抱えるメディア王マードック氏の経営への大きな痛手は免れないようだ。トランプ氏へのカルト的支持を盛り上げ、マードック氏には最高の視聴率をプレゼントしてトランプ氏と並ぶ人気者にのし上がったニュース司会者キャスター、タッカー・カールソン氏。突然の解雇で落ちた偶像視されたものの、「再就職」の引く手あまたと報じられている。
政治、経営両面で貢献
オーストラリアから英国、米国にと、国際的な反左翼・リベラルの新聞、テレビ、ラジオのネットワーク構築の野心に駆り立てられてきたマードック氏。米メディアによると、米国ではこのネットワークから上がる利益の7割をケーブルテレビへの24時間ニュースを配信するFOXニュースに依存してきた。それを可能にしたのがカールソン氏の人気だった。報道によれば、同氏の年俸は2000ドル(約27億円)と報いられている。
トランプ氏は2020年大統領選挙で、投開票自動集計機を不正に操作してトランプ票をバイデン票にすり替える「不正選挙」が行われたとする根拠ない主張を続けてきた。FOXニュースは「フェイク」と知りつつ報道を続け、名誉を傷つけられたとする集計機メーカーのドミニオン・ボーティング・システムズ社に訴えられ、敗訴は免れないとみて和解解決を選んで「虚偽報道」を認め、7億8750万ドル(1055億円)の米名誉棄損裁判史上最高額の賠償金を支払うことになった(以上は『Watchdog 21』4月28日拙稿「『盗まれた選挙』はウソ」参照)。
FOX社、経営危機も
この金額はFOX社全体の手持ち資金の4分の1に当たるという。FOX社は投票システム会社「スマートマティック」からも2・7億ドルと、さらなる巨額賠償金を求める訴えを突き付けられている。その他の保守系中小メディアからの同様訴訟も出ている。FOX社が「虚偽報道」を受け入れた以上、全て勝訴の可能性はほとんどないとみていいのではないだろうか。そうとすれば、FOX社は経営危機に陥るだろう。一部にはマードック氏はFOX社を売りに出すのではないかとの見方も出ているようだ。
極右傾斜したカールソン氏
カールソン氏は解雇通告を受けた翌々日、ツイッターで短く2分間、所感を述べた。そこで世間で語られていることを失礼な話と非難し、「真実が語られる場所はまだ残っている」と述べたうえで「希望はある。またすぐに会いましょう」と結んでいる。解雇されても引き下がるつもりはないという宣言と受け取れる。
カールソン氏は5年間のキャスターを通して、トランプ氏を個人的には「ヘイト(大嫌い)」と言いながら、トランプ氏の強権支配、少数派を包み込んだ多様な政治・社会よりも白人主導の強権政治へと、保守から極右への傾斜を強めてきたとみられる。最近では有色人種が白人支配に取って代わろうとしている(主に西欧ではイスラム教徒を指す)という「取って代わる(replacement)理論」を番組で取り上げ、欧州の強権政権オルバン首相のハンガリーを視察に行ったりしている。
大統領選出馬?
カールソン氏はこうしてニュースキャスター、司会者から政治の世界に入り込んでいった。ワシントン・ポスト紙(電子版)によると、共和党指導部に接近して親しい関係を持つようになっている。共和党は中間選挙で僅少差の下院多数を得たが議長選挙が難航、マッカーシー院内総務はトランプ氏に超密着する少数の下院強硬派(MAGA)支持を取り付けてようやく下院議長に当選した。新下院議長はその代償でMAGAの下院支配を許している。この経緯も加わって、カールソン氏はマッカーシー下院議長とは特に親しい関係を築いていると報道されている。
トランプ支持メディアには、大手のFOXニュースのほかニュースマックス、ワン・アメリカ・ニュース・ネットワーク(ONE AMERICA NEWS NETWORK、OANN)、さらに極右および白人至上主義や陰謀論組織のメディアが活動している。これらは視聴者集めにカールソン氏に首脳ポスト提供を申し出ているという。
カールソン氏は政界に転じるとの見方も出ている。大統領選挙で有力な人材を欠く共和党だけに、候補者が票集めの副大統領候補に狙うのではないか、いや自ら大統領選に出馬するだろう―など噂か、観測か、カールソン氏本人の意図が流れているのかわからない。マードック氏が沈黙を保っている一方で、カールソン氏は引っ張りだこの態である。 (5月3日記)