トランプ米大統領とネタニヤフ・イスラエル首相が一方的に始めたイラン戦争が40日を過ぎようとしいる。中東からの石油停止事態を招き世界中でか弱い庶民生活が大迷惑にさらされているのに、トランプ発言は日々二転三転。ホルムズ海峡のことは米国には関係ないと言うし、イランという「悪者」を完全に破壊したのに、さらに石器時代に戻すまで攻撃を続けるという。それが終わるまで我慢するほかないのだろうか。世界の目がひきつけられている一方で、ネタニヤフ氏が率いるイスラエル軍だけは「ガザ戦争」の停戦入り後もイランやレバノンに対し好き勝手に攻撃を続けている。「ネタニヤフに担がれた戦争」との見方が当初からあったが、それがくっきり浮かび上がっている。
新たな「過ち」
第2次世界終結からそろそろ80年。世界が素晴らしい進歩を遂げてきたことは間違いないが、戦後2年目の1947年国連総会決議採択で躍り出たパレスチナ紛争だけはいまだに解決できずにいる。繰り返しの戦乱を招き、その対立が世界中にも様々な災いを広げてきた。その中でも最も悲惨だったのが「ガザ戦争」の非戦闘員の子どもも女性もお構いなしの無差別攻撃。
2023年10月に始まったガザ戦闘は2025年1月、トランプ第2次政権登場で停戦に合意したとはいうものの、戦闘は終わらないまま事実上、対イラン戦争に拡大している。
パレスチナ紛争がなぜ、ここまでこじれ、80年かかってなお解決できないのか。長年積み重ねられた「愚かさ」あるいは「過ち」がまた一つ付け加えられた。
性急だったユダヤ人国会創設の国連総会決議
国連総会決議案にはパレスチナの54%をユダヤ人国家に割り当てて、2千年前にこの地を追われたユダヤ民族の一部が帰還して国を造り、残る46%にパレスチナ人が国家を新設して両国家が平和的に共存するという第三者(欧米主導の国際連盟)の提案だった。これを受けて欧米諸国及びユダヤ人財閥の支援を受けたユダヤ人国家、イスラエル(神の国)が誕生した。
第2次大戦は植民地主義の時代に終止符を打つことになった。パレスチナはトルコ帝国から英仏へと、長年強国の支配下に置かれてきた中東の一部で、そのまた一部を統治国の英国がユダヤ人の「ホーム(家)」の土地に提供した(1917年)。2千年にわたって世界に離散してきたユダヤ人の間で、自分たちの国を再興しようとする運動(シオニズム)が勃興していた。世界各地からユダヤ人のパレスチナへの移住の流れが生まれ、この地域で生まれ育ったパレスチナ人との摩擦も始まった。パレスチナ紛争の始まりである。
大戦末期にナチス・ドイツによる「ホロコースト」(ユダや人集団殺害)が明るみに出た衝撃の中で、米欧諸国にはユダヤ人差別・迫害に対する贖罪意識があって、ユダ人国家創設に対して物心の手厚い支援を惜しまなかった。
しかし、この2国家創設の大事業は性急に過ぎたようだ。中東ではサウジアラビア王国のほかエジプト、シリア、イラクがやっと独立したばかり。パレスチナ国家を受けとめる条件は整っていなかった。この性急な決議案に反対して戦争(第1次中東戦争)になったがイスラエル軍に一掃されて、イスラエル軍はパレスチナ側に割り当てられた領土の約77%を占領。パレスチナ住民のほとんどは戦火を避けて避難したまま、いまだに帰国は許されていない。
歴史と現代のはざま
パレスチナの中心に位置するヨルダン川西岸は二つの地域からなり、古代ユダヤ帝国が栄えた聖地。ユダヤ人の多くは今も当時の名称であるジュディアとサマリアと呼ぶ。国連決議案では、この地域がパレスチナ国家に割り当てられたことに、ユダヤ人は不満だった。その歴史を持つ地域をパレスチナ人は「自ら放棄して逃亡した」とイスラエルは主張した。
イスラエル政府は西岸地域の軍事占領地の開拓の名目で、イスラエル住民を入植民として送り込む計画を進めた。1970年代半ばには独立から国造りを主導してきたリベラルな労働党に代わっって保守・右派のリクード党が政権を奪取、入植地建設に勢いがついた。
イスラエル国民を含めてユダヤ人世界では、イスラエル国家はジュディア・ソマリアを含めた国でなければならないと信じる「大イスラエル主義」をとる人が少なくない。これに対しては、パラスチナでも同じように、パレスチナ国家はパレスチナ全土を包括しなければならないとする「パレスチナの大義」がある。この両者の間には妥協はあり得ない。イスラエルの占領地への入植はパレスチナ問題の解決がいかに困難であるかを端的に示すことになった。
国際法も安保理決議も無力
国連憲章および国際法は武力による領土拡張は許していなかった。米国の民主、共和両党の政権はともに、1967年と1973年のイスラエルとパレスチナ側との戦争の後、国連安保理事会をリードして軍事占領による領土拡張は認められないことを確認する決議(安保理決議242号および338号)を採択させている。
これに対してイスラエルは占領地を利用しているだけで、その扱いについてパレスチナ問題解決の際の決定に従うとの立場を公にして、入植地建設を続けた。経済でも軍事でも、イスラエル国家の強力な「後ろ盾」になってきた米国はなぜ、それを止められなかったのか。
イスラエル政権にはもう一つ、在米ユダヤ人の強力な「後ろ盾」があった。在米ユダヤ人は人口では数%に過ぎないが、政治、経済、産業、文化・芸術、ジャーナリズムなど多くの分野に優れたリーダー、人材を誇っている。これらを代表するユダヤ系ロビー「米イスラエル広報委員会」(AIPAC)。特にAIPACは議会の上下両院議員の動静をチェックして、イスラエルに批判的な議員には選挙で対立候補を立ててTV広告費などに充てる多額の運動資金をつぎ込んだ。AIPACににらまれたら落選は免れないといわれる。
イスラエルは当初、国連総会決議を推進したのが民主党のトルーマン政権であり、イスラエル側も同じリベラルの労働党が政権を握っていたので、民主党とのつながりが深かった。しかし、民主党が占領地の入植地建設に反対を強めるにつれて、イスラエル側でも政権を握った保守・ユダヤ教原理主義派のリクード党が「後ろ盾」役を共和党へ乗り換えた。
ネタニヤフはやりすぎた?
ガザ戦争が始まった時、民主党のバイデン大統領は直ちに現地に飛んでネタニヤフ氏に直接「人道危機」を引き起こさないよう忠告、その後も女性や子どもの犠牲を最小限に止めるよう警告を繰り返した。パレスチナ問題解決の唯一の道は、イスラエルとパレスチナの2国家共存しかないことも時に応じて力説している。ネタニヤフ氏が大イスラエル主義に固執する限りパレスチナ問題の解決はないとの念押しだった。
しかし、ネタニヤフ氏がこれらバイデン氏の警告をまともに受け止めた形跡は全くない。ネタニヤフ氏およびイスラエルとその支持者たちは、古くはルーズベルト、トルーマン、ケネディ、ジョンソン、カーター、最近ではクリントン、オバマ、バイデンの各大統領と何とかつないできた米国のリベラルな民主党政権時代は歴史となり、トランプ氏の再選による共和党時代への回帰を確信していたのだろうか。
しかし、「ジェノサイド」((集団殺害)と批判されたネタニヤフ政権のガザ攻撃・破壊に対して米国世論はそれまでのイスラエル絶対支持から一変し、イスラエル批判が広がった。イスラエル批判には、イスラエル国家創設そのものに対する反対・批判からネタニヤフ個人批判、その個々の政策批判や反対などいろいろある。だが、これまではイスラエル批判はひとまとめにしては反ユダヤ主義のレッテルを張って封じられることが少なくなかった。ガザ戦争の衝撃はそれほど多くの米国人が関心を持ち、意見を持ったということだと思う。
そのなかでトランプ氏は、ガザ戦争あるいはネタニヤフ批判、さらにはパレスチナへの支持や連帯をすべて反ユダヤ主義と決めつけ、大学キャンパスを埋めた学生を弾圧した。その延長として、トランプ氏とネタニヤフ氏はイランに対して一方的に戦争を仕掛けるという失敗を犯した。
ネタニヤフとハマスは同罪
米国側にいると、ガザのパレスチナ人武装組織ハマスはイスラエル国家を認めないテロリスト集団で、パスチナ問題解決を阻んで混乱を引き起こしてきた犯罪者集団となる。確かにハマスは「パレスチナの大義」を信奉しているので、その通りの存在である。後ろ盾はイスラム教国家イランである。
だが、「大イスラエル主義」を率いるネタニヤフ氏とその周辺の支持者も「大イスラエル主義」を信奉し、パレスチナ国家を認めないということではハマスの反対側にいる同罪の集団である。後ろ盾はキリスト教徒がほとんどの米国である。
1992年、イスラエルで労働党が政権に復帰し、ラビン氏が首相に就いた。翌年パレスチナ解放機構(PLO)代表アラファト氏と「オスロ合意」に調印、パレスチナ人の自治政府を西岸に設立して、段階的に2国家共存への道を目指すことになった。国連総会決議がパレスチナを2国家共存の地にしようと呼びかけてから46年が過ぎ去っていた。だが、この合意が約束した2国家共存はその途中で立ち往生したままになってしまう。
イスラエル側ではオスロ合意を達成したラビン氏が2年後、ユダヤ教過激派青年の銃撃を受けて殺害され、翌1996年には「大イスラエル主義」のリクード党首ネタニヤフ氏が初の公選を制して首相に就いた。その3年後にはバラク労働党首が公選で首相に復帰、2000年にはクリントン米大統領がバラク、パレスチナ自治政府議長のアラファト両氏をワシントンに招いて和平交渉を仲介したが、ぎりぎりの最終会談で合意に失敗した。
この合意失敗を受けてパレスチナ側では熾烈な内部抗争の末、「パレスチナの大義」を掲げるハマスが、自治政府に反逆してガザの支配権を掌握した。これによってパレスチナ紛争は両勢力が「パレスチナ全土」を奪い合う新たな対立の構図が生れた。
「悪魔の同盟」
この新たな構図のもと、イスラエルとハマスの間では占領地をはさんで衝突を繰り返されることになったが、軍事力の差ははっきりしていた。ネタニヤフ氏にとってイスラエルだけでオスロ合意潰しはやりにくい。ハマスとの衝突を繰り返す一方で、密かにある産油国から引き出した資金を合意潰しの活動に充てると資金としてハマスに提供してきた、と複数のメディアが報じている。
この「悪魔の同盟」ともいえる闇の関係の一方のハマスが2023年10月、ネタニアフ政権下のイスラエルが築いた入植地の農村共同体を急襲、1200人もの住民を惨殺し、250人もの人質を奪う蛮行を行った。闘争の前途に希望を失って玉砕に出たのか、ネタニヤフ政権に大打撃を与えてパレスチナ国家への道を開こうと勝負に出たのか。納得する説明は見当たらない。
ネタニヤフ・トランプのイラン戦争は、ハマスを壊滅の淵に追い込んだ勢いに乗って、ハマスの完全解体、その後ろ盾イランの弱体化、できれば政権交代を目指してているように見える。トランプ氏はイランを「石器時代に時代に戻す」と発言したが、「石器時代に時代に戻す」という言葉はもともと、ベトナム戦争から逃げ出した米軍首脳が口走ったものだ。トランプ氏はその歴史を知らないのだろう。 (4月6日記)