コラム「番犬録」第25回 相次ぐ高市内閣による国論二分政策の実行 「国家情報会議」創設の危うさ 公安調査庁や公安警察による人権侵害が多く発生する中 戦前の特高や憲兵政治につながらないか 独立した監視機関は必要だ 次の狙いはスパイ防止法と対外情報庁 中道など野党の賛成も残念だ マスメディア統制もやりかねない 民主主義にとって大変危険だ 国民不在の殺傷力ある武器輸出の全面解禁 国会議論もほとんどなく 世論調査では反対が多数  

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 そもそも近年、外国勢力への情報漏洩は報告されていない。現状のままで支障や弊害はあるのか、その法律の必要性や正当性を根拠付ける「立法事実」は不明確だ。一方で過去には公安調査庁や公安警察による人権侵害が多く発生した、監督機関なしにインテリジェンス機能の増強だけを図ることは問題だ(東京新聞4月3日付朝刊)。慎重な国会審議や第三者の監督機関の設置などを求める日弁連の意見書を取りまとめた日弁連元副会長の斎藤裕弁護士はこういう懸念を示していた。

 インテリジェンス(情報収集・分析)の司令塔機能を担う首相をトップとする「国家情報会議」とその実務を担当し、警察庁、防衛省、外務省、公安調査庁など各省庁の情報を集約する統合調整権を持つ国家情報局創設法案がわずか3週間の審議で4月23日、衆院を通過した。国家情報局は、内閣官房の内閣情報調査室(内調)を格上げして会議の事務局機能を持たせる。

 政府の情報活動に伴う「国民監視の強化」「プライバシーの侵害」「政治的中立からの逸脱」という市民の人権を侵害しかねない危険性を持つ法律。高市早苗首相の肝いりの国論二分政策の一環で、21日に閣議決定された殺傷力のある防衛装備移転三原則の5類型撤廃、全面解禁に続くものだ。

 なぜ高市氏がこのような危ない政策ばかりに前のめりなのか、その真意は理解しがたいが、戦前に猛威を振るった「特高警察」や「憲兵政治」の復活につながらないことを心から願う。今回は高市政権がもくろむ一連のインテリジェンス政策の入口にすぎず、第2弾として、「スパイ防止法案」を来年の通常国会に上程し、国外で本格的な諜報活動を実施する米CIAA(中央情報局)の日本版となる「対外情報庁」の新設も予定されている。

 何より、私が問題だと考えるのは、法案の内容だけではない。野党の中でも立憲民主党や公明党が合体した中道改革連合が「国民の自由と権利を不当に侵害するものであってはならない」としながらも、国のインテリジェンス機能強化に理解を示し、賛成に回ったことである。全く残念な対応である。中道は韓国由来の反社会的組織、統一教会がその「原点」を作ったスパイ防止案にも賛成する気なのか。

 こうした問題に抵抗する政党はいずれも国会での議席を減らす傾向にある共産党やれいわ新撰組、社民党だけしかなくなってしまったということになる。これが戦前のような議会の「大政翼賛会」化の兆しでなければよいが。複数の野党が賛成したことで少数与党の参院でも可決が見込まれ、今国会で成立する見通しとなっている。

 24日付の東京新聞によると、中道は法案を修正して、個人情報保護に配慮することや政権を利する目的で活動しないことを規定することを訴えた。担当閣僚である木原稔官房長官は「必要な情報(収集)をためらうことがあれば、国益に重大な影響を与えかねない」としてこれを拒否した。木原氏の発言は、場合によっては、市民の人権を無視してでも情報収集することがありうるという、とんでもない「宣言」にも聞こえる。日本の民主主義にとってとても許されるものではない。

 朝日新聞や東京新聞によると、国会審議では「政府に反対するデモ参加者の身分の調査や、特定政党の利益になる情報収集などを行うのではないか」との懸念が野党から示された。これに対して、高市氏は「政府の政策に反対するデモや集会に参加していることのみを理由に調査対象になることは想定しがたい」と説明している。

 それでは、現在でも、デモに対して、警察が参加者の顔写真をバチバチと撮っているのはなぜなのか。首相答弁は、「逆に何か理由があれば、何でも調査対象にする」とも読める。「高市チルドレン」の門(かど)寛子衆院議員がインターネット番組で、このところ活発化している若い人たちの「改憲反対」などのペンライトデモなどのデモ活動を「ごっこ遊び」と揶揄してSNSなどで批判を浴びたばかりだが、高市氏にも考え方の根底には、憲法上の政治活動の自由を軽視し、デモを敵視する考えがあるのだろう。だから、このような言い方を平気でする。

 また、高市氏は、政治的中立に関して、政権の意向をくんで政権を利する目的の情報収集を行ったり、野党議員の動向を探ったりするという疑念についても、明確に否定した。野党側の意向を受けた形で「特定党派の利益などを図るために国内の政治家や選挙に関する情報の収集は行わないこと」との言葉も付帯決議に盛り込まれた。

 これを「異例」と欠いたメディアもあるが、付帯決議には法的拘束力はない。さらに、米英など欧米の主要国が導入する議会(国会)による監視という「民主的統制」に政権は後ろ向きだ。欧米にはあるというのが、今回法案の提出理由のひとつだったはずだが、高市政権は議会による「監視」を無視しているようにすら見える。

 こういうのも「高市流」なのだろう。今回、「国家情報会議」をすでに情報集約の権限がある既存の「国家安全保障会議」(NSC、第2次安倍晋三内閣時代に発足)と同格にしたが、「屋上屋を重ねるものだ」との批判も専門家から出ている。

 もうひとつ心配なのは、高市政権がこの法律を使ってマスメディア統制を図るのではないかという問題だ。

 17日の衆院内閣委で中道の長妻昭氏が「首相や閣僚のスキャンダルの追及に関して、マスコミや野党の動向調査もしないのか」とただすと、高市氏は「もっぱらマスコミや野党の追及をかわすといった目的だけで、情報活動を行うことは想定されていない」と答えている(朝日18日付朝刊)。

 これも「追及をかわす以外の目的ならば、ありうる」と言っているように聞こえてしまう。何しろ、高市氏には総務相時代の16年、衆院予算委員会で、政治的公平性を欠く(と判断した)放送を繰り返した放送局に対して、電波法に基づく「電波停止」命令を出す可能性に言及した過去がある。

 この問題は、単に市民のプライバシーの問題だけに矮小化すべきではない。高市政権はマスメディア統制もやりかねないファッショ的な体質も持つ。だからこそ、独立した第三者による市民のための「監視機関」は絶対に必要である。それから「大原化工機冤罪事件」はなぜ起きたか、改めて考える必要がある。

▼グレーな行為を封殺する政治家の姿勢こそ懸念すべきだ

 京都府で11歳の少年が行方不明となり、父親が死体遺棄容疑で逮捕された事件。私も50年以上前の現役記者時代、警視庁捜査1課を担当、数多くの殺人事件を報道してきた。今回の事件は、少年の遺体発見という確かに悲惨な結末となり、そのニュース性は認めるものの、NHKや民放が朝から晩まで連日、大々的に報道することに強い違和感がある。それよりも、マスメディアは他に報道する問題があるのではないか。

 今、マスメディアが追及しなければならないテーマの一つと私が考えるのは、高市政権下で起きた自民党大会での陸自中央音楽隊の隊員であるソプラノ歌手が壇上に上がり、制服姿で国歌斉唱をリードしていた問題である。

 自衛隊員は一般の国家公務員と比べて実力組織の一員であり、特定政党の「政治的利用」は自衛隊法61条によって厳しく制限されているはずである。なぜ、4月12日の自民党大会にこの隊員が出演したのか。少しずつだが、その経緯が明らかになってきている。この問題は3回目の投稿となり、内容が一部ダブルところもあるが、もう少しこの問題にこだわりたい。
 
 小泉進次郎防衛相は17日の閣議後会見で、「自身を含む防衛省幹部が事前にこのことを知らなかった」とし、報告体制を問題視したという。朝日(18日付)によると、党大会の企画会社から出演依頼を受けた隊員は、所属部隊である中央音楽隊の上司に相談。そこから陸自の中心の陸上幕僚監部に連絡があり、陸幕はいわゆる背広組といわれる内部部局(内局)で、職員の規律などを担う「服務管理官」の担当職員に問い合わせた。担当職員は、自衛隊法違反に当たらないことを確認し「問題ない」と陸幕に回答した、とされる。

 防衛庁のホームページによると、「服務管理官」は防衛省の内局である人事教育局におかれた課長級のキャリアポスト。自衛隊員の懲戒、服務、規律、礼式などを担当する法規管理の専門職。朝日記事によると、服務管理官から部署内の上司への報告はなかったという。陸幕では「内局から問題はないと言われた」との報告を陸自トップの荒井正芳陸上幕僚長に上げていた。

 毎日新聞(14日付)では、荒井氏も14日の定例会見でこのことを認め、内局からの報告は4月3日で「私人」として依頼を受けて歌唱するため「自衛隊法違反には当たらない」と確認した、としている。さらに、隊員は謝礼を受け取らず、中央音楽隊副隊長も「私人」として同席した。木原稔官房長官はこの隊員は「長期休暇中だった」としている。

 朝日記事では「内局内ではほとんど誰も知らないまま、党大会当日を迎えた」と書いている。とすると、「服務管理官」が「自衛隊法違反ではない」と判断し、内局の報告はここで止まってしまったということになる。
 
 一方、自民党本部側の対応はどうか。党本部の誰がこの企画会社に依頼し、どのような依頼内容だったのか。党の担当者は自衛官による国歌斉唱のリードのことを党の幹部を含め事前に知っていたのか。あるいは党の誰かが指示していた可能性はないのか。鈴木俊一幹事長は13日の会見で、党大会の企画会社から紹介され、隊員個人に出演依頼したと説明。「国歌を歌うことに政治的意味はなく、特に問題ない」と話している。新聞報道を見る限り、党側の関与がよくわからない。常識的には党大会という大イベントなので党幹部もプログラムの検討はするだろう。

  木原氏は15日、衆院内閣委で「法律に違反することと、政治的な誤解を招くことがないかは別問題だ」として「その点はしっかり反省すべきだと考えている」と述べた。また、小泉氏は17日の会見で「仮に情報が上がっていれば別の判断もあった」と述べ、参加させなかった可能性を示唆した(朝日18日付)。官房長官は「政治的誤解を招いた」と言い、防衛相は「情報が上がっていれば、別の判断」と言うが、いずれも苦しい言い訳にすぎない。特に小泉氏は党大会当日、歌った隊員と記念撮影をし、X(旧ツイッター)に投稿している。にわかに小泉氏が「別の判断」をしたとは考えにくい。

 この問題は「国歌が歌われた」ことに焦点があるのではなく、特定政党のメーンイベントである党大会で自衛官が公式の制服姿で国歌斉唱をリードしたことにある。

 17日にアップされた日大危機管理学部教授の西田亮介氏の「自民党大会で自衛官が国歌斉唱をリード、無理筋すぎる『適法』の主張、特定政党による実力組織『私物化』の危うさ」(JBpress)の論考が示唆に富む。

 西田氏は「『法的に適切』『政治的に問題』という評価を下すとき、その主語が誰であるかが問われなければならないのではないか」とした。そのうえで「許可した防衛省や自衛隊の問題なのか、それとも政治的偏向の懸念を生じさせた自衛隊員自身が問題の主体であるのか、それとも現役の自衛隊員を党大会という政治的な場に招きいれた自民党という政党が問題の主体であるのか明確でない」と述べている。

 防衛省と自衛隊の問題は分かってきたが、自民党の問題は調べなければわからない。本当はすでに判明しているのかもしれないが、真相解明のため、自民党は第三者を含めた党内調査をきっちりと行い、その結果を公表すべきだ。

 この論考で注目されるのは、政府側がこの隊員を「私人」とし、「長期休暇中(勤務時間外)」としていることについてだ。

 まず「時間外」の問題。自衛隊法施行令87条では禁止される「政治的行為」は詳細に規定されているが、その中に「国歌斉唱をリードすること」との直接的な表現は確かに含まれていない。ただ、同施行令87条の規定は勤務時間外において行う場合にあっても政治的行為に該当するものとみなす解釈が適用される。

 そして「私人」の問題。重要なのは、人事院規則の運用方針における「影響力利用」に関する解釈である。運用方針では「職員が国家公務員としての地位においてであると、私人としての地位においてであると問わず、政治的目的のために自己の影響力を利用する行為を政治的行為としてこれを禁止する趣旨である」と明記されている。そのうえで西田氏は「つまり、勤務時間外であるか否かや、私人としての参加であるか否かは免罪符にはならない」と結論する。

 西田氏は以上のように、政府側が繰り返し今回の問題について「政治的行為」ではないとする根拠としている「私人」「勤務時間外」の主張を論破している。

 なぜ、官房長官が「政治的誤解を招いた」ことに限定してだが、「しっかり反省」などと述べたのか。実は、このことを政府は本当は知っているのではないか、と私はにらんでいる。知っていながら、起きてしまったとんでもない事態を何とか無理筋の理屈をつけてもみ消そうとしているようにしか思えない。

  最後に西田氏は以下のような問題提起をしていることを賛意を込めて紹介する。

問題の要諦は「処罰されるか否か」という法的判断の次元ではないのである。

「法的に違反しているかもしれない」と疑われるようなグレーな領域の行為に対し、政府や政党、政治家が率先して「問題ない」と強弁し、実質的な議論や慎重な検討を封殺しようとする姿勢こそ懸念する。

 本来で あれば、政権を担う側こそが、実力組織である自衛隊の政治的中立性を守るために、自らを律する高い規範意識を持たなければならないはずだからだ。(4月18日)

▼世論調査で高市内閣支持に変化の兆し

 ふわっとした大衆的人気を推進力に独断的に進める高市政権の「国論二分政策」が日本の平和や民主主義にとって大変危険だー。4月21日は高市早苗氏が首相に就任してからちょうど半年。新聞各社の世論調査(朝日、毎日は18日~19日、読売新聞は17日~19日調査、掲載は20日付朝刊)が一部を除きおおむね出そろった。

 その結果は、50%台も登場したものの相変わらず高市内閣は高支持率を維持している。人々は高市氏をなぜ、支持するのだろうか。支持率が高いことの高揚感からか高市氏はかなり乱暴な政策や政権運営を推し進めているように見える。史上初の女性首相ということもあるだろう。世襲議員でなく、典型的な男性中心社会の自民党政治の中にあって、清濁併せのみ首相にまでのし上がったその「強さ」に共感しているのかもしれない。大衆の心に刺さる短い言葉を屈指してのアピールが受けているとの見方もある。 はっきりしたことは分からないが、この世論調査結果を見て、やはり「もやもや感」はどうしても消えない。

 20日付朝刊に掲載された、世論調査の結果は、内閣支持率でみると、朝日は64%(前月61%)で3ポイント増(不支持率は24%)。読売は66%(同71%)で5ポイント下落(不支持率は24%)。毎日は53%(同58%)で5ポイント下落、(不支持率は33%)だった。産経・FNNはまだ70・2%という高支持率を維持している。 最低の毎日と最高の産経では支持率に17・2ポイントもの差がある。

 ただ、毎日はスマホを対象とした調査方式で調査。朝日などは従来からのコンピューターで無作為に電話番号を作成し、固定電話と携帯電話に調査員が電話をかけるRDD方式で調査方法が異なることに注意したい。質問の仕方で答えが違ってくる、ということもある。この点で、各社調査の結果はあくまでも「傾向値」とみるべきだ。 それにしても、読売や毎日は5ポイント下落したが、逆に朝日は増えている。大きな傾向としては、国民の大半が高市内閣を支持しているとみていいだろう。

 問題は私が日本の平和や民主主義にとて危機感を強めている高市内閣の「国論二分政策」だ。この問題に関連する項目に限って拾ってみたー。

 朝日は「国論2分政策」で積極的に進める方がいいのか、慎重に進める方がいいのかを尋ね「積極的に進める」が28%なのに対して「慎重に進める」が64%にまで達している。また、毎日調査では「日本国旗(国章)損壊罪」について、罰則付きと罰則なし合わせて61%が賛成、「禁じる必要はない」は19%と賛成の方が圧倒的に多い。

 読売は「防衛装備移転三原則」の運用指針を見直し、殺傷能力のある武器輸出を拡大する方針で、ミサイルや護衛艦など輸出を原則可能とすることについて尋ね、「反対」が49%、「賛成」が40%と反対の方がやや多い。

 高市氏が12日の党大会で「時が来た」とアピールした「憲法改正」についてはどうか。朝日と毎日にはこの設問はなぜかない。読売は党大会で改憲に強い意欲を示した高市首相の姿勢を評価するかどうかを尋ね「評価する」は60%、「評価しない」は29%だった。産経は、自民が掲げる改憲4項目について賛否を尋ねた。「憲法への自衛隊の明記」は賛成が59・3%、反対が31・3%。いわゆる「緊急事態条項の創設」は66・2%が賛成、反対派25・9%だった。

 4紙の調査では「国論二分政策」について、これ以上の設問はなかった。そもそも、「国論二分」などとアピールする高市氏の方がどうかしている。少なくとも、自民党は「国民政党」であるはずである。朝日や毎日も党大会で高市首相が「改憲」を強くアピールしたのだから、設問項目に入れるべきだった。「男系男子」の皇位継承を維持する皇室典範改正問題も避けているのか、設問になかった。さらに、「自民党大会での公式の制服着用の自衛官の国歌斉唱リード」について、設問が1社もなかったのはどういうことなのか。時間的に間に合わなかった可能性もあるが、シビリアンコントロールにも関係する大きな問題のはずだが、追加してでも聞くテーマではなかったか。ジャーナリズムの姿勢が問われる。

 内閣支持率で従来調査から「変化」の兆し、と書いたのは毎日。毎日記事によると、25年10月~26年3月の調査では、男性の支持率が一貫して高い傾向があったものの、女性との差は5ポイントにとどまっていた。今回は、男性の支持率が59%だったのに対して女性は50%と9ポイント離れている。また、2月調査の年代別支持率は18~29歳が70%、30代は72%に上った。ところが、今回は、18~29歳で51%、30代では54%に下落したと分析している。

 このところSNSやマスメディアで注目を浴び、参加者がどんどん増え、直近では参加者3万6千人(主催者発表)と伝えられる国会前の若い女性を中心とした「改憲や戦争反対のペンライトデモ」や各地の地方首長選で自民党候補が支援した候補の敗北が相次いでいることに希望をつなぎたい。(4月21日)▼世論調査で高市内閣支持に変化の兆し

▼世論調査で高市内閣支持に変化の兆し

 防衛、安保、インテリジェンスなど「」に前のめりな高市政権が4月21日、殺傷力のある武器輸出について、「防衛装備移転三原則」の「救難・輸送・警戒・監視・掃海」の5類型を撤廃して、全面的に解禁した。このことは日本維新の会との「連立合意書」にあるので高市政権はいずれはやるのだろうと考えていたが、やはり「いきなり感」はいなめない。

 それもこの問題についての与党の自維協議は約4か月間でわずか3回。自公政権だった23~24年の約11か月間の自公の協議が27回あったのに比べると極めて少ない。その背景には、5月の連休中に高市氏がベトナムとオーストラリア、小泉進次郎防衛相がインドネシアとフィリピンを訪問予定で、防衛装備品輸出を加速させる「トップセールス」をしたい(毎日新聞21日付)からだそうだ。それに間に合わせるために、国民的な十分な議論が必要な「国論2分政策」を国会審議や記者会見も十分に行わず、「国民不在」のまま、国家安全保障会議(NSC)と閣議決定で決めてしまった。高市政権の独裁ぶりが現れたとんでもない事態である。

 高市氏は4月21日夕、「防衛装備移転は、同志国の防衛力の向上になる。紛争が発生することを未然に防止する意味もあり、日本の安全保障の確保になる](朝日新聞)と、武器輸出全面解禁の意義を強調した。それでは、なぜこれまで日本は武器輸出に縛りをかけていたのか。戦後、憲法の平和主義に基づいて日本が世界や周辺諸国に対して武器輸出はしないと宣言することで世界からの信用を得てきたのではなかったか。

 三木武夫内閣で宮沢喜一外相(後の首相)は国会で「我が国は兵器の輸出で金を稼ぐほど落ちぶれていない」と答弁した。三木内閣は1976年、「平和国家の理念」を重視し、事実上の、武器輸出全面禁止とした。3月の参院予算委で公明党の西田実仁(まこと)幹事長が「なぜ撤廃か」と指摘。宮沢氏の言葉を引用した。これに対して、高市氏は「時代が変わった」とした上で「産業につなげ、お金を稼ぐことが落ちぶれたことだとは思わない」と言い切った(朝日新聞)。確かに50年も前のことだが、高市氏の答弁には同じ保守である自民党の大先輩への敬意や「平和への思い」は全く感じられない。

 高市氏は「時代が変わった」と自身満々で言い放ったが、国民の意識も本当に武器輸出を全面的に認めるまで変わったのか。それは違うだろう。3月の共同通信世論調査では、殺傷兵器の輸出緩和を「認めるべきではない」が56%、容認を20ポイントも上回っている。また、政権に理解のあるといわれる読売新聞の直近の調査でさえ、殺傷能力のある武器輸出を原則可能とすることに「反対」が49%、「賛成」は40%と9ポイントも反対が多い。世論調査結果からも「賛成」は少なく、「反対」が多い。それでも「時代が変わった」のか。国民の武器輸出禁止への関心はまだまだ高いとみるべきだろう。

 朝日新聞などによると、高市氏が大好きな米国には、一定の金額を超える武器輸出は議会への通知や審査が必要だ。中道改革連合や立憲民主党、公明党は、武器輸出の「歯止め策」として国会への事前通知の義務化を求めたが、政権はこれをはねつけて「すべての国会議員に文書で事後通知」とすることを決めた。

 輸出先は、日本と防衛装備移転協定を結ぶ国(現在は17カ国)で、現に戦闘が行われている国には輸出は原則できない。しかし、「特段の事情がある場合」との官僚がよく使うごまかしの言葉で、戦闘が行われている国にも例外的に武器を輸出できる余地を残している。昨年、日本は当時の指針に基づき、空自のパトリオットミサイルを米国に輸出している。高市政権がこの「特段の事情」との例外規定を入れたのは、国際法違反のイラン戦争で足りないミサイルの補充を再び米国に求められた場合の対応を考えたうえでの判断だろう。

 また、武器の輸出の可否はNSCで審査する。ということはNSCが自分で決めて、自分で審査するーということになるのではないか。審査機関は最低限、独立した機関がおこなうべきではないか。また、あくまでも妥協案だが、公明党の竹谷とし子代表が21日の記者会見で述べた「一定の基準などを設け、それを超える輸出については国会が拒否権を持てるようにする」との提案も検討に値するのではないか。

  政府は「我が国を取り巻く安全保障環境が厳しくなっている」という枕言葉をいつもこのような場合に使う。今回の決定に中国はただちに「新型軍国主義の企てに断固反対」と強く反発している。本来は「台湾有事は存立危機事態になりうる」という高市答弁以来、関係が悪化している中国との外交を優先すべきではないのか。米国のトランプ大統領にまで首脳会談で「ギクシャクしている」と中国との関係を指摘されたことを高市氏は何も感じないようにしか見えない。「国益」のためにも、「トップセールス」などしている暇はないはずである。高市氏はイラン戦争による石油危機、ナフサ不足や物価高など困っている国民のためにもっと働いてほしい。

 「同志国を守ると言ってみても、ひとたび売り渡せば弾の飛んで行く先は選べまい。もしも、それが異国の小学校だったら、私たちは耐えられるのか。武器を売るということは人殺しに手を貸すということ」。22日の朝日夕刊の「素粒子」は天声人語に比べさえている。

 もうひとつ。こんな政策を高市政権が打ち出すのも、日本が戦争をしない限り、防衛産業が自衛隊向けと米軍のライセンス生産だけでは利益が薄い、と考え、自民党の防衛族も、いざという時のために、自前の兵器が必要と思っていることがその背景にあると考える。経団連の防衛産業委員会あたりの“政治的圧力”が効いてきた可能性が高い。このようなことが進めば、それこそ、「死の商人国家への道」まっしぐらである。  

 高市政権の今回の振る舞いは、憲法の「平和主義」を根幹を揺るがせただけでなく、これまでの事実上の国是をないがしろにするもので到底許されない。高支持率をいいことに「やりたい放題」にしか見えない高市政権にどこかでブレーキをかけねば、戦後80年にわたって築いてきた「平和国家・日本」がジワジワと壊されていく。(4月22日)