「新型コロナウイルス禍」なぜPCR検査を抑制するのか 中心の感染研には「黒歴史」が

投稿者:

 新型コロナウイルス感染が全国的に急増してきた。小池百合子東京都知事が「幾何級数的に増加の恐れ」と発言しているように、このままの状態が続けば感染者数は倍々ゲームで増加するだろうと誰もが恐れている。感染拡大にも関わらず政府が強行する「Go To トラベル」が特に心配されるのは、未発症の感染者が大幅に増加するとみられることだ。

 多くの国民が「なぜPCR検査を拡充しないのか。全国民になぜ検査できないのか」との疑問を抱いている。しかし厚生労働省は後ろ向きであり、それを援護するように、またぞろPCR検査抑制論が大きく出てきた。この動きは、ほとんどの諸外国と真逆だ。PCR検査を抑制して、どうやってコロナ感染を制圧するというのだろうか。

PCR偽陽性の隔離は人権侵害?

 誰しも疑問に思う疑問に対して、あ然とするような見解がテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」の中で披露された。PCR検査に後ろ向きなのは「検査で出てくる偽陽性者を隔離することで、人権侵害をやったと言われたくないため」という理由だという。何故かとの質問に「ハンセン病対策への国民の怒り」という場違いな見解を示した。ハンセン病まで持ち出して、PCR検査をやらないという説が持ち出されたのは、7月23日の同番組の看板コーナー「玉川徹のそもそも総研」でのことだ。

 同日の「総研」には今年5月に、それまでの新型コロナ対策の政府専門家会議から代わった「新型コロナウイルス感染症対策分科会」に経済学者として参加した東京財団政策研究所の小林慶一郎政策研究主幹が登場し、インタビューに応じた。

 なぜ、日本ではPCR検査が進まないのかとの質問に、小林氏は人権侵害論が持ち出されていると説明した。小林氏によると、コロナ対策では厚労省の医系技官(医師免許を持った役人)と感染症研究所などの専門家が「感染症対策のコミュニティー」をつくっている。つまり原子力ムラと同じような「感染症ムラ」だ。このムラ人たちが、PCR検査は「精度が低く高確率で偽陽性と偽陰性が発生する」として、「擬陽性だった場合は隔離することになる。ハンセン病対策への批判が強い中、隔離して同じように人権侵害と言われたくない」と主張しているという。

 小林氏は6月に「PCR検査の体制拡充が最も有効な経済対策」とする提言をまとめたばかり。PCR検査拡充に前向きなはずだが、後ろ向きな「ムラの人」たちに受けたショックから話したのかもしれない。しかし、この発言に力を得たのか、ネットではさっそく「PCR検査拡大は人権侵害が明らか」といった発言が登場している。

ハンセン病を持ち出し、国民へ脅し 

 しかし、このムラの人たちの発言は二重に間違っており、害悪である。
 ひとつは「隔離」という言葉の使い方である。PCR検査で陽性と診断された人は発症していれば即入院して隔離されるが、軽症あるいは無症状の場合はホテルなどの施設か、施設が見つからない場合は自宅に「隔離」されて療養する。その期間も、症状が治まりPCR検査であらためて陰性と診断されるまでだ。「隔離」前のPCR検査も2回ほどすれば「偽陽性」はまずいなくなることが分かっている。

 これに対して、ハンセン病は今でこそ感染症と分かっているが、かつては不治とされ人里離れた村や小島などに強制隔離され、家族とも会えず、一生を暮らさなければならなかった。PCR検査での偽陽性者を同じような人権侵害というのは「フェイク」だが、病気の中身や歴史をよく知らない人たちに「ハンセン病と同じ」と言うことは一種の脅しであり、極めて悪質だろう。

PCR検査での偽陰性は1%以下

 もう一つは、そもそもPCR検査は精度が低いのかという問題だ。
 日本を除く諸外国は皆、できるだけ多くの市民にPCR検査を促している。日本の「感染症ムラ」や、それに追随する人たちが主張するように「3割は偽陽性」だとしたら、それほど普及しないだろう。それとも日本の検査能力だけがとりわけ低いとでも言うのだろうか。

 確かにPCR検査は100%ではないと専門家も認めている。しかし、やる必要がないほど低くはなく、症状を見分ける唯一の検査法となっている(抗原検査や抗体検査が出てきているが、いずれも「補完」とされている)。発熱や咳などの症状が出ている患者へは保健所の指示で必ず検査しているのが、その証拠だ。

 そもそもPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査とは、あるDNAに特異的に反応するプライマリーという試薬を用いて、調べたいDNAを倍増させる操作を繰り返し、数百万倍から数億倍に増殖させて、そのDNA(コロナウイルスなら、そのDNA)を検出させる方法である。つまりプライマリーが反応しなければ、DNAは反応しないので陰性であることが分かる。実際、PCR検査抑制派も偽陰性になるのは1%以下と認めている。新型コロナウイルス以前にも、2003年のSARS集団発生や2009年の新型インフルエンザでもPCR検査は行われており、実績は十分ある。

海外では偽陽性は10万人に1人

 一方、偽陽性だが、大半は作業の過程で何らかのコンタミネーションが発生している可能性が強いとされる。検査の精度を上げると当然偽陽性は減り、何度も繰り返し検査を行っている中国・武漢では偽陽性となるのは10万人に3人以下と報告されている。他の国でも偽陽性は10万人に1人の割合とされている。

 日本だけが特異的に偽陽性の出現率が高いのかもしれないが、検査のスキルを上げることで偽陽性を減らすことができるだろうし、2回、3回と繰り返し検査することで偽陽性の確率を下げることが期待できる。極力検査を抑制することで、感染拡大防止に役立つものは何もない。

 さすがに厚労省も、これではまずいとみて、PCR検査を受けられる人について、症状が出ている患者や濃厚接触者だけでなく、クラスターが発生しやすいと考えられる地域に住む人たちにも拡充したが、依然として窓口は狭めたままだ。

PCR検査抑制は「医療資源」のため?

 これについて、先のテレビ朝日の番組によると、厚労省はPCR検査を狭めているのかとの質問につぎのように答えている。

 「例えば日本国民全員にPCR検査をすると、一定の割合で偽陽性が出るだろう。その場合、陽性になることで入院したり、医療資源をひっ迫させてしまうことを考慮しないといけない」

 つまりは国民の命より「医療資源」が大切なのだ。政府は検査を抑制することで、認定される新型コロナ感染者を少なくしようとしているのではないのか。

 そう疑われる理由のひとつが、7月17日発表された政府のいわゆる「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針2020)」でのコロナ対策の扱いだ。各メディアでも散々な評判だが、特にコロナ対策はほとんど刺身のつま的な扱いである。概要版(PDF)ではPCR検査が一言あるだけ。本文では「医療提供体制等の強化」と題して次のような羅列に終わっている。

「症状の有無や感染リスクを踏まえ、基本的な考え方を整理し、戦略的な検査能力を拡充する」「必要なときには速やかに検査が受けられるという安心感を与えられるレベルを確保するため、PCR検査と抗原検査との最適な組合せによる迅速かつ効率的な検査体制の構築。民間検査機関の行う検査の質の確保等により、更なる活用促進を図ること等による検査能力の増強。PCR検査センターの設置の促進や検査実施期間の拡充。唾液を用いたPCR検査・抗原検査の研究・推進等に計画的に取り組む」

 網羅しているだけのようだが、骨太方針の文脈ではPCR検査と抗原検査で偽陽性や偽陰性が生まれるかどうかという懸念は表明していない。

感染研に731部隊の影

 しかし、この問題は安倍晋三政権というよりも、もっと根の深い問題ではないだろうか。「感染症コミュニティー(ムラ)」と小林氏が漏らした言葉と、取ってつけたような「ハンセン病」というキーワード。両者を結びつけ、中心にいるのが国立感染症研究所(感染研)である。脇田隆字所長は5月までの「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」の座長を務めていた。

 感染研は、戦前からあった東京帝国大学付属伝染病研究所の流れをくむ。戦後間もなくの1947(昭和22)年、伝染研の一部を大学から独立させてできたのが厚生省所管の国立予防衛生研究所(予研)だった。予研は1997(平成9)年、所内にハンセン病研究センターを設置するとともに、現在の国立感染症研究所と改名し、今日に至っている。そして伝染研の「黒歴史」といえるのが、森村誠一の小説「悪魔の飽食」で悪名が知られることになった陸軍に存在した731部隊(正式名称は関東軍防疫給水部)との密接な関係だ。今後、731部隊と伝染研の関係などをみていきたい。