トランプ氏、少数派への「投票妨害」狙う 南北戦争以来150年の争点、また躍り出る

投稿者:

 米国で政権が交代して3カ月が経過したばかりだが、立場の入れ替わったバイデン民主党とトランプ共和党の決戦第2幕が始まっている。最大の争点は投票権法の改定問題。民主党は少数派にも平等な投票権を保障するための改正法案を連邦議会に提出、共和党は全く逆に、各州議会で投票規則を改定して少数派(特に黒人)が投票をしにくくするキャンペーンを進めている。ここ150年の米国の歴史をみると、投票権をはさんで政治勢力の鋭い対立が起こるのは3回目。民主主義のリーダーとされる国で、なぜこんな異常な事態が繰り返されるのだろうか。

民主党改革案にフィリバスターの壁

 民主党は民主主義の土台をつくる選挙では誰もが容易に投票権を行使できるという原理に立って、投票関連の法律を連邦レベルで制定する法案「国民のための法律」(For the People Act)を提出した。同法案の要旨は以下のように、当たりまえともいえるものだ。州レベルの投票法では、党派的な規制がまかり通る現実があるからだ。

 ➀ 有権者の選挙人登録には条件を付けず、直接、郵送、オンラインを問わず自動的に受け付ける(米国では投票するためには選挙管理委員会に事前に党籍、または無党籍を添えて登録する)➁ 期日前投票を含めて郵便投票の受付期間は15日以上とる➂投票所は公共交通機関に近い場所に設ける④ 国勢調査に基づく選挙区設定に際しては第三者による中立機関を設置し、党派的ゲリマンダー(自党に有利なるような線引き)は禁止 ➄ 選挙資金の透明性を確保し、中・低所得層の発言力の平等化を図る―などだ。

 法案は民主党多数の下院では共和党全員反対のまま採択 (3月3日)、上院審議に回っている。上院の議席数は50対50だが、同数の場合は議長を兼ねる副大統領(ハリス氏)が1票持っているので、普通なら法案成立となる。しかし、上院には独特の「フィリバスター」ルールがあるので、先行きはまだ不透明だ。いずれかの党が存立を危うくすると見た法案については60票以上の賛成が得られなければ採択できないという取り決めである。

 少数意見の尊重という原理に基づくものだったが、党派対立が激化してからは、上院の機能マヒにつながって、再検討すべきとの批判が強まって久しい。民主党内では、米民主主義の将来がかかる同法案成立を図るためには、フィリバスターの修正(決議に必要な票数は3分の2だったが60に修正されたこともある)、あるいは放棄を含めた話し合いを共和党に求める声も上がっている。

投票規制の効果は

 トランプ氏は大統領選挙の勝利を不正投票によって盗まれとする、無理やりの「虚偽」主張を掲げて2 カ月、バイデン当選を覆そうとしたが、議事堂襲撃事件に行きついて失敗に終わった。だが、これで諦めたわけでは全くない。自分が本当の大統領だとする正統性を装ったうえで、再び不正選挙を許さないために投票法を改正するというのだ。

 ついでに紹介すると、トランプ派は今、議事堂襲撃はトランプ支持の極右、白人至上主義、陰謀論者組織が引き起こしいたのではなく、トランプ派を装った極左勢力の陰謀だったと、新たな「虚偽キャンペーン」に精を出している。こうした「虚偽」をトランプ支持者の7割が信じるというのが米国の現実である。

 トランプ氏は大統領選の敗北の原因は、民主党支持が大多数の黒人やヒスパニック(中南米系)、先住民族などの少数派の歴史的な高投票率だったとみて、次の選挙では彼らの投票を妨げ、投票率を引き下げようとしているのだ。トランプ氏側近の共和党議員の中には1 票の価値は同じではないと少数派票減らしを公言する者もいる。

 共和党は既に全米各州で共和党知事や議会(上下両院がある)を動員して、投票に関連する様々な規定や慣行の改正に取り掛かっている。その内容は郵便投票(期日前投票も含む)の記入や期日の規制強化、選挙登録に際しての身分証明提示の厳格化、投票所および投票箱(郵便投票で使用)の設置個所の数の削減、投票日は週日に限る、などとされる。共和党支持が7 割とされる白人層より、学歴、所得、住居条件などで劣る黒人やその他の少数派にとっては、投票をよりしにくくするものばかりである。

 しかし、期日前・郵便投票はコロナ感染の拡大で増えたとされるものの、元々は支持者の多数を高齢者が占める共和党に多かったとされる。これを規制すると票が減るのは共和党も同じとの見方もある。投票所数の削減もそうだ。これまでも共和党の投票妨害に対して、民主党が有権者指導を強化し、投票意欲も高まることで、投票率はむしろ上がるともいわれる。

州議会は共和党優位

 民主、共和両党の勢力地図を見ると、東海岸と西海岸に沿った大都市の民主党、中西部から南部にかけての農村部の共和党に色分けされる。人口では民主党だが、州支配数では共和党が優位にあった。昨年の選挙の結果でもこの勢力図はほとんど変わらず、上下両議会を制したのは共和党が23州、民主党が15州、ねじれが起きたのが12州となった。

 民主党系の調査機関によると、現在少なくとも43州で300件を超える投票規定変更案が州議会に提案されて、すでに成立したものもある(ワシントン・ポスト紙電子版などから)。大統領選挙で接戦となった中西部や南部の7州では今度も厳しい競り合いになることは確実である。得票数の小さな増減が大きな結果につながるかもしれない。

トランプ氏と共和党は1年半余りに迫った中間選挙(大統領選を除く連邦議会や州知事・議会選挙)で連邦議会の多数を奪還し、2024年大統領選挙でのトランプ再選の足場をつくることを目論んでいる。民主党内には危機感も出ているようだ。

争点1 回目―南北戦争の「積み残し」

 南北戦争で敗れた南部(南部民主党)は連邦軍(北軍・共和党)の軍政下におかれた。「再建時代」と呼ばれるこの期間も、KKKに代表される南部の白人至上主義勢力は武力抵抗を続けて連邦政府を消耗させ、占領軍は1877年南部を「北部化」できないまま逃げるように撤収した。解放された黒人は取り残された。

 南部諸州の白人は公民権を得た多数の解放奴隷が政治権力を持つことを恐れていた。彼らの選挙人登録に対して英語テストや身分証明提示などを要求して、その大半を選挙から締め出した。解放奴隷は「隔離」(ホワイト・オンリー)という新たな差別に閉じ込められていき、リンカーンの共和党はこれを容認した。これが1回目である。

争点2回目―公民権法・投票法成立

「ホワイト・オンリー」差別はほぼ80年続いた。この間に大恐慌が起きて民主党ルーズベルト政権が共和党政権にとって代わった。ルーズベルトは「ニューディール」と呼ばれた恐慌対策の基盤となる政治勢力に少数派を取り込み、黒人もその一員になった。  

 1950〜60年代にかけて民主党政権の下、南部黒人の間から公民権運動が高まり、公民権法(1964年)と「投票権」を別建てにした投票権法(1965年)が成立した。民主党南部の白人層は強く反対し、共和党支持への転換現象が始まった。ルーズベルト登場から続いてきた民主党時代が終わり、民主、共和拮抗の時代が始まった。これが2回目。

 同法には5年ごとの見直し条項があって、各州で投票に関する規則を変更する際は連邦政府司法長官またはワシントンD.C.連邦高裁の事前許可が必要とされ、州政府が勝手に規則を変えることはできなかった。共和党は民主党とともに、2006年までこの見直し条項の延長に同意した。

争点3 回目-オバマ登場に危機感

 黒人初の大統領候補としてオバマ氏がブームを起こして2008年当選。少数派にはヒスパニックやアジア系、中東・アフリカ系移民が加わって複雑さが加わっていたが、白人至上主義にとっての少数派問題とは第一に黒人問題。彼らは危機感を強めた。南部諸州など共和党系の組織から見直し条項は「時代遅れ」とする憲法違反訴訟が相次ぐようになった。これが3回目の始まりである。

 2013年オバマ再選の後に最高裁が違憲判決を下した。 同判決が出るとアラバマ、アリゾナ、フロリダ、ミシッピ、ノースカロライナ、バージニアの南部6州で黒人などの少数派有権者60万人が選挙人登録を拒否されて投票ができなくなったと報道された。

 同じような事態が起こるのか。それともバイデン政権と民主党が中間選挙を乗り越え、さらに大統領再選を果たして、南北戦争を締めくくることができるのか。大統領選挙の緊張がそのまま続いている。(3月28日記)