「愛知リコール署名偽造事件」 拍子抜けの捜査終結 事務局長、次男ら3人のみ起訴 リコール主導の高須院長や支援の河村市長らは不問 「民主主義を揺るがす事件」の背景に迫らず

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 大村秀章愛知県知事を相手取って、美容整形外科「高須クリニック」の高須克弥院長や河村たかし名古屋市長らが起こしたリコール(解職請求)の署名偽造事件を調べていた名古屋地検は6月29日、元愛知県議でリコール活動団体事務局長の田中孝博容疑者(60)=同県稲沢市=と次男雅人容疑者(28)=名古屋市千種区=ら3人を地方自治法違反(署名偽造)の罪で起訴し、事件は取りあえず終結した。しかしリコール署名の8割以上、34万筆を超す署名偽造のうち起訴の対象となったのはわずか71人(筆)分のみ。リコールを主導した高須氏や支援した河村市長の関与は問われず、「民主主義を揺るがす事件」とされながら、検察としては微罪扱いとし、事件の背景に迫ることなく拍子抜けの結末となった。

発端の『表現の不自由展・その後』はいったん中止に

 大村知事へのリコール運動は、2019年8月に愛知県内や名古屋市で展開された「あいちトリエンナーレ2019」の展示における企画展『表現の不自由展・その後』で慰安婦を表現した少女像や昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品が展示されたことに対して、右翼団体が抗議し、それに河村市長らが乗る形で抗議運動を展開。企画展はいったん中止された。

 企画展はその後、再開されたが、高須院長らは展示内容が反日的なのは芸術祭実行委員会会長の大村愛知県知事の責任だとして、20年8月、大村知事のリコール署名活動を始めた。この経緯についても、単なる「応援団」とする河村市長と高須氏の間で相容れないほどの意見の齟齬が起きているが、高須氏の「体調の悪化」を理由に同年11月に活動が打ち切られた。しかし事務局長の田中容疑者は当時、衆議院愛知5区から日本維新の会公認で立候補が決まっており、高須、河村両氏が乗った宣伝カーも大阪維新の所有であったことから、リコールには維新の関与が指摘されていた。

 打ち切られたままのリコール署名だったが、昨年末になって異様な展開を見せる。リコール署名に加わったボランティア数人が、集まったとされる約43万5千筆の署名の中に「不正な署名を多数確認した」と愛知県庁で会見して訴え、愛知県警に告発したのだ。この告発を受ける形で、提出された署名を検査した県選挙管理委員会は今年2月、提出された43万5千筆のうち約83%に不正の疑いがあり、そのうち90%は複数の人物が何筆分も書いた疑いがあると発表し、各マスコミも「民主主義を揺るがす事件」と扱う大事件になった。

告発なければ愛知県知事辞任の事態にも

 さらに事件は展開する。署名簿のかなりが遠く佐賀県まで運ばれ、アルバイトに雇われた人たちがリーダーから渡された署名原簿を元に、リコール用紙に署名や拇印をしていたことを、西日本新聞と中日新聞が特ダネで報じたのだ。不正署名は当初見込んだ約36万筆の2倍ともいわれ、「民意の捏造」(3月13日付け朝日新聞社説)とされた事件は、田中容疑者の妻子を含めた数人が5月19日に逮捕される事態に発展し司法当局による解明が待たれていた。
 なぜ署名を偽造したのか。特に謎とされたのは、リコールに必要な法定筆数約86万7千筆を大きく下回る数にもかかわらず、高須院長や田中容疑者らが各地域の選管に署名簿を持ち込んだことだった。ほぼ同時期、横浜市ではカジノ誘致をめぐって「カジノの是非を住民投票で決めよ」とする住民投票条例案の署名集めと並行して、林文子横浜市長のリコール署名集めが行われていた。しかしリコール要求の署名は期限までに法定署名数の5分の1程度しか集まらなかったとして、担当団体は署名簿を選管に提出せず「熔解」させたと表明していた。

 同じように「熔解」していれば、愛知リコールも不正はバレなかったのにとの感想は多くの人が抱いたはずだ。この答えとなるヒントが6月10日付け東京新聞夕刊に載った。逮捕された田中容疑者が周囲に「リコール成立に必要な数に近い署名が集まったことにすれば、知事は自ら辞めるだろう。他人から引きずり落とされるのは嫌だろう」と述べていたというのだ。まさかリコール運動のボランティアから内部告発されるとは思っていなかったのだろうが、告発がなかったら高須院長や河村市長らは大声で大村知事の退任を要求し、一部のメディアが唱和するなどして、愛知県は大変なことになっていた恐れもある。

DHCテレビの派手なアピールに軽くない責任

 昨年8月のリコール開始に当たっては、高須応援団としてデヴィ夫人や、「ニュース女子」や「虎ノ門テレビ」などDHCテレビの常連メンバーが街頭に出て、派手なアピールを行った。このデモンストレーションは地元愛知県でテレビに大きく取り扱われ、それを見て署名集めに参加したという人もいた。アピールに参加したDHCテレビ常連メンバーは皆、口をつぐんでいるが、責任は軽くないはずだ。

行政行為でのリコールには疑問も

 そもそも今回のような知事の実行委員会会長という形式的な役割をリコールの対象とすることができるのだろうか。これについて住民自治、住民投票問題に詳しい成蹊大学法学部の武田真一郎教授は私たちが行った学習会で「本来リコールは首長や議員、職員らが無能であるとか違法行為を働いたという時に行うものであり、行政行為について、いきなりリコールというのは問題である」と指摘している。武田教授は横浜市の林市長リコールも同様という。