これで〝幕引き〟ではない…… BPOはNHKのBS1「五輪反対デモ・テロップ問題」で徹底した事実関係の調査を 視聴者の「信頼性」を揺るがしかねない深刻な事態だ

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  昨年12月26日の放送(30日に再放送)以来、ネットなどで「ねつ造・やらせではないか」との厳しい批判が続いていたNHK・BS1スペシャル「河瀬直美が見つめた東京五輪」の「五輪反対デモテロップ問題」。番組に登場した匿名の男性に関して、顔にモザイクをかけた上で、「五輪反対デモに参加しているという男性」「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」とのテロップをこの男性から十分な確認もとらないまま放送したことは、NHKの視聴者からの「信頼性」を揺るがしかねない深刻な事態である。NHKと民放連によて設立された第3者機関である放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は1月14日、NHKに対してこの問題の番組の制作過程について文書で報告を求めることを決めた。この回答を基に審議するかを決める。小町谷育子委員長(弁護士)は「どうしてああいう不正確なテロップができたのか、事実を把握するのが優先事項」(東京新聞)という。BPOはまだ審議入りを決めていないが、一刻も早く審議入りし、この問題の事実関係や問題点を徹底的に洗い出してほしい。いまの状態での〝幕引き〟など決してあってはならない。

スムーズでなかったNHKの対応   会長は〃定例会見〃で謝罪

 この問題でのNHKの動きは必ずしもスムーズだった訳ではない。 公共放送としての 「信頼性にかかわる重大な倫理違反」であるにもかかわらず、NHKは最初の放送から2週間もたった年明けの9日、ネットなどでの批判が強まり、NHKへの問い合わせも相次いだことから、大阪放送局のHPで、「大阪放送局はこの男性のデモ参加を確認できていない」とし、「担当者の思い込みによるもので、関係者、視聴者の皆さまにおわびします」と初めて謝罪した。

 トップの対応も遅かった。その4日後の13日、前田晃伸NHK会長は定例の記者会見で「映画関係者や視聴者に本当に申し訳ない」と謝罪し、「チェック機能が十分働かなかったのが一番大きな問題だ。非常にお粗末だと思う」と述べた。この前日の12日には、森下俊三経営委員長(関西情報センター会長)が経営委後に記者団に、担当者が「クローズアップ現代」のやらせ疑惑に対する再発防止策として2015年に導入された「チェックシート」の対象外だと「思い込んでいた」ことを明らかにし、その上で「マネジメントの仕組みはできているが、ついつい大丈夫だとはしょってしまうところで問題が起きる。(今回は)思い込みも含めてまずかった。日常の基本的にやるべきことをきちんとやってほしい、と申し上げた 」と苦言を呈した(以上、朝日新聞、毎日新聞デジタルなど)。

 経営委委員長と会長というその役割は異なるものの、「NHKツートップ」から謝罪や苦言の言葉は、あったが、残念ながら、これらの言葉は、「取材で確認できていない内容をテロップにしたという点で、事実上のねつ造に当たると考えられる」(服部孝章立教大名誉教授=メディア法=14日付朝日新聞朝刊)との指摘を専門家から受けている問題への上層部の対応としては、失礼ながら、かなり認識が甘いのではないかと思わざるを得ない。

 この問題は「お粗末」だとか「チェックシートの問題」などの言葉ではとても表せない。
「NHKの信頼性」にかかわるもっと大きな問題ではないのか。

「ねつ造」「やらせ」はない、とNHK側

 10日の朝日新聞デジタルによると、大阪放送局の堀岡淳局長代行は、今年1月になってこの男性に確認したところ、「取材後の五輪反対デモには参加していないと男性は話している」「過去のデモに参加したかどうかは確認できていない。男性の記憶はあいまいだ」とする一方で、「事実のねつ造につながるやらせといったことはない。(NHK側の)思い込みで不確かな字幕を付けてしまった。河瀬さんらに責任はありません」と河瀬さん側にも謝罪したという。

 問題は、事実関係が込み入っていて、かなり分かりにくいのだが、毎日新聞デジタルによると、問題となったのは、五輪開催中に、東京五輪公式記録映画監督の河瀬直美氏から依頼を受けたサブの映画監督、島田角栄氏が国立競技場の外で出会った男性にインタビュー。この後に、これを密着取材したNHKの担当者が補足取材した際に、この男性から「これまで複数のデモに参加し現金を受け取ったことがある」「五輪反対デモにも出るつもりだ」と話したが、取材したNHKディレクターらは男性が五輪反対デモに参加したかどうか事実確認を怠ったまま、テロップで流したという。

 13日に記者会見した角英夫放送局長らNHK大阪放送局の幹部によると(毎日新聞デジタル)、①今回の番組は映画制作の密着取材ということで、匿名になった部分はあったものの、今回は(「匿名チェックシート」を使う)ケースには当たらない、と判断した②試写は担当管理職などが行ったが、番組構成に意識が向き、事実関係の確認という基本的なことができていなかった③制作段階でもチェック機能が働かなかったことは大きな問題と認識している④不確かな内容がテロップにあった。確認できていない状況で、あのテロップは入れるべきではなかったーなどと答えた。

   「視聴者は五輪反対デモについての表現だと受け取るのが自然だ」との記者からの質問には「テロップを打ったシーンではそもそも使うべきではなかった。それで趣旨をくんでいただけないか。2枚のテロップは次のインタビューの人物紹介のように使っている」と回答。①番組全体で検証は進めるのか②制作過程のどの段階で字幕が入ったのか③男性の記憶があいまいというが、確認の精度を高めるのか。調査を続けるかーとの質問については「いずれも関係者の話を聞いているので答えられない」「今後の対応となるので答えられない」としている。要するに、肝心な部分には答えていない。

問題部分をよく見てみると・・・

    あるテレビ局のOBプロデューサーは、FBで「河瀬直美が見つめた東京五輪 」の問題部分を見直して、こう書き起こしている。

「五輪反対デモに参加しているという男性」
「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」

この2つのテロップ(いずれもテロップのみで音声はなし)の後に
男性+テロップ「デモは全部上の人がやるから(主催者が)書いたやつを言った後に言うだけ」

島田角栄監督 「デモいつあるでって、どういう形で知らせがあるんですか?」
男性+テロップ「それは予定表もらっているから、自分はそれを見て行くだけ」

   この元プロデューサーは「このシーン全体が五輪反対デモに参加している人たちは、ある団体からお金をもらって動員され、五輪反対を言わされているだけ、という印象を視聴者に与えるために、意図的に編集・加工されているように見える」と書く。

さすがに、プロだけにその見方は鋭く、説得力もある。

 私も放送時には見逃したために、ネットで探し、前編や後編のすべてと、問題部分を中心に何度も見直してみた。問題部分は「五輪反対派」を島田氏が取材する中の一幕で、問題の2つのテロップ(いずれも音声はなし)の直前に、Tシャツをきた男性が歩きながら

「いっぺんは~さんのかっこうをしたいと思った。その姿で歩きたいと思った」との微弱な音声が聞こえる。そして公園のような場所でベンチに座った男性が「デモは全部上の人がやるから」などの島田監督とのやりとりが映されている。2つの問題テロップがなければ、このシーンは何のためにあるか分からない。島田氏は、おそらく、五輪反対デモの参加者を探し、この男性も関係者なのだと考えられるが、ナレーションでもその説明はない。この男性は正体不明の人物なのだ。

 結局、2つの無音声の問題テロップがないと、それに続くTシャツを着たこの男性と島田監督のやりとりとの関係がうまくつながらなかった。だから、さまざまな憶測を呼ぶのだろう。

 後編は特に、河瀬監督と映画専門学校当時の弟子である島田氏の2人の物語と2人のやりとりが中心となっている。後編では「五輪に批判的な視点の必要性」を訴える島田氏に対して「批判的な視点を入れることはおかしいというIOCなんていらんわ」と答える河瀬氏のシーンもある。この点で一部にある河瀬氏への〝IOCべったり批判〟は必ずしも正確ではないだろう。ただ、前編で河瀬氏が「五輪を招致したのは私たち」と言ったり、河瀬氏がIOCのバッハ会長とハグするシーンなどから〝べったり〟と思われたのではないか。公平に見て、このドキュメンタリーは2人の人間に寄り添いすぎているきらいはあるが、「密着」なのでこうなるのかもしれない。問題のシーンすらなければ、それなりに河瀬氏と島田氏コンビの思いが伝わる内容となっている。

 河瀬氏は10日「公式映画チームが取材をした事実と異なる内容が含まれていたことが、本当に残念でなりません」とのコメントを出している。島田氏も「(取材対象者から)五輪のデモに参加したとの発言はなかった。字幕について不本意かつ残念」と述べている。

 ただ、疑問に思うのは、島田氏はこの男性をなぜ取材したのか、どのような人物なのかを当然、知る立場にあるはずだ。さらに河瀬氏らは試写は見なかったのか。

 もう一つの疑問は、Tシャツの男性のシーンの少し後に「(五輪)反対派の中にはいろいろな人がいるし、〝プロの反対派〟もいる」という島田氏の言葉が出てくる。ここだけを切り取るわけではないし、誤解を与えるおそれもあるが、重要な点なので指摘しておきたい。なぜ、今回の問題テロップが出てきたのかを考える上で、「プロの反対派」という言葉は1つの参考になるのではないかと考えている。

NHK側の説明だけではとても納得できない

   NHKの作るドキュメンタリーは、時間を十分にかけた丁寧な取材とその鋭い視点に定評があり、私も多くの番組を見て楽しんできた視聴者のひとりだ。なぜ、きちんと確認もせずに、テロップを入れてしまったのか。この場合の確認もテロップが「五輪反対デモに参加してお金をもらった」との視聴者にはショッキングであり、強い政治性を持つメッセージなのだから、テロップで出すならば、本人への再確認はもちろんのこと、別な人の証言など念には念を入れた取材やそれを裏付ける証拠が必要なことはいうまでもない。また、番組の試写を行ったのは、この担当ディレクターの複数の上司たちだと考えられるが、「 番組構成に意識が向き、事実関係の確認という基本的なことができていなかった」とのNHK側の説明では、とても納得できない。上司たちが試写を見て、問題シーンになぜ気づかなかったのか。私もメディアで長い間仕事をし、デスクもやったが、元々のテーマが〝五輪賛美〟との批判を招きかねないものだったのだから、とても不思議である。

 今回の問題の現場の最高責任者の角大阪放送局長は13日の記者会見で、肝心な部分については、ほとんど「答えを控えたい」とした。それも定例会見だそうだが、「NHKの信頼性」にかかわる重大問題にもかかわらず、この〝官僚答弁〟はいただけない。また、この会見で角局長は再発防止策として、番組の制作に直接関わっていない職員を立ち会わせて内容を点検し、プロデューサーやディレクターを対象とする研修を始めたことを明らかにした。それはそれでやるべきだが、このようなことを「再発防止策」というのは、かなり恥ずかしい。

 今回の問題は、「担当者の思い込み」「不十分な確認」の問題だけではとても済む話ではない。結果としてみれば、服部名誉教授の見解に立てば、「事実上のねつ造」の疑いがある。NHKはBPO審査を待つだけでなく、一刻もはやく、自らが第3者委員会を立ち上げる方法もある。そして、視聴者の信頼性を取り戻すために、「検証番組」を作る必要性も出てくるのではないか。これまでの相次いできた、さまざまな不祥事での経験からNHKはその対応を十分、学んできたはずである。すでに、局内のコンプライアンス部門による「内部調査」を進めているとみられるが、当然のことながら、中途半端なかたちで〝幕引き〟してはならない。この問題には、NHKの未来がかかっている。