オリンピック見る目に変化 遺産認める日本国民は2~3割 三菱総研のアンケート結果 スポーツの価値見直し必要では

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北京冬季オリンピックが、事前のさまざまな批判的動きと報道が続く中で開幕、連日、有力選手の活躍ぶりが伝えられている。「始まってしまえば、応援報道一色になる」。主催者側がそう当て込んでいたことは想像に難くないが、主催者側の期待通りの報道となっているかどうかは微妙、というところだろうか。連日、オリンピックの競技中継に多くの時間帯を割いているNHKの番組構成を見る限り、これまでとほとんど変わらないように見える面もあるが…。

IOC信じる日本人18%のみ

 報道機関の姿勢に変化があるかどうかはともかく、多くの日本人のスポーツを見る目が昨年の東京オリンピック・パラリンピック以来、明らかに変わっていると思わせる報告書が1月26日に公表された。三菱総合研究所の東京2020大会レガシーの評価と可能性検討に関する国民アンケート調査報告書 (mri.co.jp)だ。昨年11月、全国16~69歳の男女3,000人を対象に実施された調査に基づいている。

 開催都市・国によいレガシー(遺産)を残す。国際オリンピック委員会(IOC)が強調するオリンピック開催の意義だ。オリンピック憲章にも明記されている。では、三菱総研の調査報告書で、東京オリンピック・パラリンピックを日本国民はどう評価しているか。レガシーを残したかを聞く質問の中に、期待される未来社会の姿として10の例が示されている。その一つ「皆が健康でアクティブに暮らせる社会」を実現するきっかけになったか、という問いに対し「そう思う」は24%に留まる。「そう思わない」の方が32%と多い。他の九つの未来社会例に対する同じ問いについても結果はほぼ同様。東京オリンピック・パラリンピックが未来社会に向けたレガシー創出のきっかけになった、と感じている人は2〜3割しかいないことが分かる。

 大会関連組織に対する目も厳しい。IOCを信頼しているとする人は18%だけ。信頼していない方が56%と3倍も多い。国内競技団体である日本オリンピック委員会(JOC)に対しても、信頼していないが46%と、信頼している24%の倍近くに上る。

「札幌冬季五輪望まない」は39%

 これから国内で開催予定の国際スポーツ大会関係者たちが青ざめるような結果も出ている。「世界水泳選手権2022福岡大会」(2022年5月開催予定)、「ワールドマスターズゲームズ2021関西」(2022年5月に一度開催延期され、再延期の可能性も)、「アジア競技大会」(2026年愛知県で開催予定)について、「開催すべきでない」と答えた人が、いずれも25%以上いる。「開催すべきだ」はすべて30%台。札幌市が誘致を目指す2030年の冬季オリンピック・パラリンピックに至っては、「誘致すべきではない」とする人が39%と、「誘致すべきだ」の33%を上回る。

 国際スポーツ大会が「開催都市・国によいレガシー(遺産)を残す」などと期待する日本人はもはや少数派でしかない、ということだろう

個々人尊重のスポーツ普及提言

 菅義偉首相(当時)による日本学術会議会員6人の任命拒否という前例のない問題が発生する3カ月前の2020年6月、日本学術会議が回答「科学的エビデンスに基づく「スポーツの価値」の普及の在り方」 (scj.go.jp)という報告書を鈴木大地スポーツ庁長官(当時)に提出している。1988年ソウルオリンピッ100メートル背泳ぎ金メダリストでもある鈴木長官の日本学術会議に対する要請(審議依頼)は、科学的根拠に裏付けされたスポーツの価値を社会に知らせることがスポーツ振興には重要、との考えに立っている。科学的根拠とは無縁の、指導に名を借りた暴力行為がプロ、アマを問わず後を絶たない。そんな現実に対する危機意識も背景にあったことは疑いない。

 日本学術会議の回答は、これまでの研究で裏付けられたスポーツの価値を数多く挙げている。幼少時からの生涯を通じたスポーツ実践が、脳の発達や健康保持・老化防止に役立ち、医療費抑制を含む社会全体の便益にも寄与する、などだ。その上で、証拠に基づくスポーツ政策立案のため、さまざまな機関や現場で科学的データの取得を積極的に進め、包括的な分析を可能にする体制整備などを提言している。個々人を尊重した画一的でないスポーツ実践を促す施策や、若者の間で急激に競技者が増えているeスポーツにまでスポーツの範囲を広げることなどを求めているのが目を引く。(「客観日本」記事「証拠に基づくスポーツの価値見直しを 日本学術会議がスポーツ庁長官に提言」20200623_4_01.pdf (keguanjp.com)参照)

 シンポジウムや会合を何度も重ねたうえでまとめられたこの回答が、どれだけ日本のスポーツを変えつつあるかははっきりしない。日本学術会議は、回答提出の1年後の昨年6月、回答の影響を調べた「インパクトレポート」回答「科学的エビデンスに基づく「スポーツの価値」の普及の在り方」インパクトレポート (scj.go.jp)を公表しており、その中で「多くのメディアにとりあげられた」と記している。しかし、回答内容を記事として伝えたと紹介されている報道機関の中に、全国紙やテレビ局の名はない。

スポーツ全体の発展とは

 三菱総研の調査で浮き彫りになった東京オリンピック・パラリンピックをはじめとする国際スポーツ大会と主催者に対する日本国民の冷めた見方や、日本学術会議の回答に盛り込まれた望ましいスポーツの姿と、日本のスポーツ界の現状は相当、乖離していないだろうか。スポーツ界の現状を日本の報道機関はどのように見ているのか。この際、東京オリンピック・パラリンピックと北京オリンピック・パラリンピックを機に、スポーツについてより幅広い論議が起きてしかるべきではないだろうか。新聞、テレビの役割も含め。筆者としては、日本の大新聞社が、高校野球大会や社会人野球大会の実質的主催者、あるいはプロ野球球団の実質的所有者であり続けることの妥当性についても目を向けてほしい、と願っている。

 野球が発祥地の米国で最も人気のあるスポーツの一つで、日本では飛び抜けた人気スポーツであるのは、相応の魅力の大きさがあるためとみる人は多いだろう。やるだけでなく見ても楽しいし、漫画や物語にも最もなりやすいスポーツだ、と。幼少時にあちこちにあった広場で野球を楽しみ、新聞、雑誌、ラジオ、テレビで野球に関する記事や漫画に見入る。こうした体験が多くの日本国民に元気を与え、太平洋戦争後の日本社会の復興、経済成長を促す上でも大きな役割を果たしたのも事実だろう。一方、大新聞社やテレビ局が長年、数あるスポーツの中で野球に特別に肩入れしてきたことの弊害はないだろうか。野球以外にも魅力ある競技がたくさんあるスポーツ全体の発展、普及にひずみをもたらしていないかといった、そんな議論が起きることを望みたい。

 5.5億ドル(約630億円)で買収したスポーツサイトの契約数約120万件を足すと、ニューヨーク・タイムズ紙のデジタル版と紙媒体を合わせた契約数は1,000万件を超えたー。2月4日付朝日新聞朝刊の記事を読んで、ニューヨーク・タイムズもスポーツやスポーツ大会の応援団になってしまうのか、報道の対象と見るだけでなく、と心配になった。「東京、北京の二つのオリンピック・パラリンピックでは、数多くの競技中継や関連番組を通じ、大会の盛り上げに寄与する」。2021年度の事業計画にそう明記しているNHKのようになるわけではないか、とすぐ思い直したが…。