精密誘導兵器で後れたロシア軍劣勢ー国際戦争に拡大させるな、長期戦の様相に危機感急浮上

投稿者:

ロシア軍の侵攻で始まったウクライナの戦闘は間もなく3カ月、プーチン・ロシア大統領が侵攻作戦の成否を賭けた東部ドンパス戦線の戦いでも、ロシア軍は一進一退の苦しい戦いを強いられている。米政府はこうした「膠着状況」からロシアが長期戦に引きずりこもうとしている(5月10日ヘインズ国家情報長官議会証言)とみる。

長期戦になると武器援助や対ロ経済制裁による支援を超えて、欧州や米国が直接巻き込まれる国際戦争へ拡大する恐れが強まるし、エネルギーと食糧の危機を招くとして、米世論には警戒感が急浮上している。米主要メディアの論説・意見欄には「ウクライナを守る」という目的をはっきりさせて兵器支援にも限度を設定、停戦・和平交渉の可能性を探る時だといった主張が目に付くようになってきた。

ロシア軍の「実力」

プーチン大統領の「特別軍事作戦」という名のウクライナ侵攻は、数日で首都を制圧して傀儡政権をすえ、ウクライナをそっくり支配下におさめるというシナリオを描いていたとされる。これがウクライナ軍と国民の反ロシア・ナショナリズムを軽視した大誤算で、1カ月で首都制圧断念に追い込まれた。そこで部隊を再編成し、2014年侵攻でロシア系住民を表に立てて実効支配下におさめた東部ドネツク、ルガンスク両州の国境沿い地域と南部クリミア半島を足場にして、支配地域を拡張する「限定侵略」に転じた(ウクライナ政府支配下に残されていたドネツク州の工業・港湾都市マリウポリは、製鉄所地下に立てこもるウクライナ軍部隊を残したままロシア軍支配下に)。

だが、米軍当局からの直接取材を基にしたニューヨーク・タイムズ紙国際版(4月29日、5月3日など)の報道によると、ロシア軍苦戦の理由は誤算とか作戦の失敗によるのではなく、精密誘導兵器の精度と保有量で米国製兵器を駆使するウクライナ軍に劣っていることにある。

冷戦時代末期の1970〜80年代に米国はレーザー光線や人工衛星の位置情報を使って誘導し、正確に標的を破壊する巡航ミサイルや短・中距離弾道ミサイルの開発に取り掛かった。ソ連(当時)はこれに後れて冷戦後しばらくたった1990代からやっと追いかけに入り、中東動乱でシリア内戦に介入した2015年に初めて実戦使用を開始した。シリアでは攻撃相手はイスラム過激派のテロリストだった。同報道によれば、ロシア軍の誘導ミサイルはウクライナ軍の米国製と比べて命中精度が劣るだけでなく、ロシア兵の訓練と実戦経験が十分でないために、しばしば標的を外しているという。

優位に立ったウクライナ軍

地上戦闘の行方を決めるのは、まずは航空機による空からの援護があるかないか。ウクライナ軍は米国製の携行型地対空ミサイル「スティンガー」でロシア空軍に大きな損害を与えて制空権を確保。さらに地上の戦車戦でも米国製携行型対戦車ミサイル「ジャベリン」を駆使して優位に立った。情報収集用と攻撃用ドローン戦でもロシアを制したという。これらの精密誘導兵器の能力でロシア軍は劣勢だったのに加えて、保有していた数量も限られていたようで、開戦から3週間ほどでほとんど使い果たしたと米軍は見ている。

戦車戦についてはワシントン・ポスト紙電子版(4月30日)も重要な情報を伝えている。米国やドイツなど米欧の戦車では搭載する砲弾は乗員(4人)から離れた部分の強化されたボックスに保管されて、車体が砲弾を受けても容易には発火・爆発しない構造になっている。ロシア軍戦車では、砲弾は一番脆弱な砲塔近くの乗員のわきに特別な防護策は講じないまま保管されているので、敵の砲弾を受けるとすぐに乗員(3 人)もろとも爆発してしまう。これはロシア軍戦車が大量の損害を被った原因の一つと見られている(旧日本軍の神風攻撃につながる兵士の生命軽視?)。

「追い詰めると危険」

ロシア軍が想定外の重大な損害を被って戦略転換を余儀なくされた理由が、こうした主要兵器の後進性にあったことを、プーチン氏は知らずにウクライナ侵攻に乗り出したとみていいのではないだろうか。これに気が付いてウクラナの全土支配(衛星国化)を断念して、東部から南部にかけてのアゾフ海・クリミア半島沿いの黒海に面する戦略的重要性をもつ地域だけを制圧することに切り替えたのだろう。この時プーチンは突如、不自然に「核使用」をほのめかす威嚇に出ている。これはロシア軍が壊滅に追い込まれる恐れすら感じたからではないかと推測できる。

ロシア軍は14日には包囲していた東部戦線に接するウクライナ第2の都市ハリコフから撤退を迫られ、そのほかの6つの集落をウクライナ軍に奪還されるなど、ハリコフ州全域の解放が進んでいるという(ゼレンスキー大統領)。この第2の目標も手に入れるのは容易ではない。プーチン氏は戦争を長期化に持ち込んで時間稼ぎをしながら少しでも「精密兵器ギャップ」を埋めようとしているーということだろう。

そこにまた、ウクライナ侵攻で自国の安全保障に危機感を募らせた北欧フィンランド、スウェーデン両国が中立政策を放棄してNATO(北大西洋条約機構)加盟を求めるという衝撃が走った。これにプーチン氏の欧米パラノイアが反応して、やはり安全保障の脅威を叫ぶ連鎖反応を引き起こしている。

プーチン氏もこの戦闘に勝つ自信は持てないまま、ほかに方法がないから長期戦に持ち込んだというのが実情かもしれない。そうだとすれば「名誉ある撤退」の交渉に乗る可能性がある。「プーチンの戦争」を容認するわけではなく、最悪事態へ追い込むのは避ける努力はしていいのではないだろうか。(5月16日記)