ウクライナ戦争が長期化し、ロシア軍の残虐な場面が次々に明らかになっている。大国ロシアに立ち向かうウクライナの姿は、自民党の憲法改正論を刺激しており、7月の参院選の行方は、日本の安全保障をめぐる議論にも大きく影響しそうだ。
指揮統制機能攻撃は全面戦争の恐れ
同党安全保障調査会が4月にまとめた専守防衛路線の転換提言は、敵基地攻撃能力を反撃能力と言い換え、基地だけでなく指揮統制機能も攻撃の対象にしている。また防衛費を5年間で国内総生産(GDP)の2%、約6兆円にするという。提言にある「重大な脅威」とは中国を指している。したがって指揮命令系統を攻撃するということは、全面戦争を言っているように思える。
自民党内には威勢のいい議論が目立つが、ウクライナの戦場からは目をそむけたくなるような、ロシア軍の暴虐な殺戮の場面が映し出される。太平洋戦争を社会人第一号として経験した後藤田正晴元副総理は、10年も前の話になるが、「今の若い議員は戦争を知らないから元気すぎて困るな」とよく言っていた。威勢のいい議論だけでなく戦争とはどういうものなのか、戦場や家庭、学校、身寄りをなくした家族、兄弟のことなどに思いをいたしてみることが大事であろう。
日中は条約で「反覇権」明記
防衛費を倍増するというが、コロナ対策をはじめ少子高齢化、人口減、貧富の格差、正社員と非正社員の格差拡大などもあり、消費税率にすると2%を超えるこの財源は、どう考えているのか。
世界各国の軍事費をスウエーデンの国際平和研究所の調査(2021年)で見ると、米は800.7億㌦、中国293.4億㌦、インド76.6億㌦、英国68.4億㌦、ロシア65.9億㌦、フランス56.6億㌦、ドイツ56.0億㌦、日本54.1億㌦、韓国50.2億㌦。米1カ国の軍事費は、他のすべて国の軍事費を合わせても追い付かないほど断トツである。
中国の膨張主義はもとより遺憾だが、1972年に日中平和友好条約を締結した際、第二条で両国はアジア、太平洋に覇権を求めないと「反覇権」をうたった。覇権が感じられたら、第二条にもとずいて厳重に抗議することが正しい。悪感情に基づいた敵意や憎悪は行ったり来たりして倍増するから、敵意を高揚させないために大事なことは冷静な議論である。
台湾有事での集団自衛権行使で、滅亡の覚悟も
昨年12月、安倍晋三元首相はテレビ番組で、台湾有事に米国が軍事介入し、中国から攻撃を受ければ、集団自衛権の行使もあり得るという趣旨の発言をしている。これはロシアのウクライナ侵攻のように、中国が台湾に軍事侵攻した場合、中国と戦争をする可能性を言ったものだと思われるが、中国と戦争になれば、日本はどのような被害を受けるのかなどは言及していない。
日本海側には多くの原子力発電所があり、ミサイルの打ち合いとなれば、たとえ敵基地や指揮統制機能に反撃を加えても、こちらも滅亡を覚悟しなければならない。今日本に欠かせないのは、日米安保を前提にしながらも、中国を含めてアジアの平和維持の仕組みを安定化させることであろう。日本はアジアの平和の秩序作りの先頭に立って欲しいところである。
それがないから防衛費や日米安保のさらに強化するために、危機の可能性を強調しているように思える。長期政権の保持者ならば、国民がどういう被害を受けるのかを説き、戦争を避けるためにどういう努力をするのかについて一家言を持ってほしい。安倍氏は、ロシアのプーチン大統領との親密な関係を誇示したが、ロシア軍の行動について何か反省があるのではないか。
野党は参院選で現実的な政策論の展開を
どこの国の国民も戦争をしたがることはない。為政者の政治的思惑とか、過度な権力欲や名誉欲を起こさない限り、戦争が起こることはないといわれる。
岸田文雄政権は、今年の秋の国家安全保障戦略の改定を目指して、7月の参院選後に政府与党間で調整を始める。ウクライナ戦争を機会に政策転換を図ろうとする政府・自民党に対して、野党は現実論に立った政策論を展開すべきだろう。この夏の参院選は日本の針路にかかわる重要な選択の場となりそうだ。