2020年1月6日の米議会襲撃事件の2週間余り前の年12月18日夕、トランプ大統領(当時)を取り巻く極右および陰謀論グループのリーダー数人がホワイトハウスを訪れ、トランプ氏に彼らが描いた大統領命令によるクーデター計画を提示、これに猛反対したホワイハウス・スタッフとの間で乱闘寸前の激論が未明まで続いた。下院特別委員会の公聴会で、この場にいた6人の証言が明らかにした。トランプ氏が武装デモとともに議事堂に乗り込もうとしとする「爆弾証言」(『Watchdog21』7月13日拙稿「平和デモの虚構崩れる」参照)に続く重要な新事実で、トランプ氏の刑事訴追への圧力がさらに強まっている。
軍動員、投開票集票計機押収狙う
ワシントン・ポスト紙電子版(2020年7月12日)によると、そのクーデター計画とは次のような内容だった。トランプ大統領が大統領命令で大統領選挙が「盗まれた」と判断を下し選挙無効を宣言(いわゆる戒厳令を意味するようだ)、州兵あるいは米軍を動員して大統領指揮下の「国家防衛軍」に繰り入れ、トランプ候補が接戦で敗れた6州の投開票集計機押収、腹心のパウエル弁護士を特別捜査官に任命して捜査に当たる。トランプ大統領はこれで事実上再選されて第2期目に入る。このクーデター計画を持ち込んだのは、トランプ氏の私的弁護士シドニー・パウエル氏弁護士とマイケル・フリン元陸軍中将。パウエル氏の同僚の弁護士、元民間企業の最高経営者とする男性が同行していた。一行が大統領執務室に入ってしばらくして、ホワイトハウスのスタッフが呼ばれた。ハーシュマン弁護士、秘書役リヨンズ、「爆弾証言」のハチンソン首席補佐官補佐らがメドウズ首席補佐官とシポローネ法律顧問に大急ぎの呼び出しをかけ、家族と夕食に出ようとしていたシポローネ氏がつかまって駆けつけた。フリン氏はトランプ政権発足時のホワイトハウス安全保障問題補佐官だったが、外国から資金を得ていた疑惑が浮上してすぐ更迭された。パウエル氏は同じくトランプ氏の私的弁護士ジュリアーニ氏とともに全米で60件余の「選挙が盗まれた」とする訴訟を起こして「何も証拠を示していない」と全敗した裁判闘争を担当した。2人は不正投票に投開票集計機が使われたと主張し、これをリースしたIT企業から巨額の名誉棄損賠償訴訟を起こされている。
「忠誠心が足りない」
シポローネ顧問らはまず「盗まれた選挙の証拠はあるのか」と質問、フリン、パウエル両氏はそれには答えず「大統領に対する忠誠心が足りない」と怒鳴り出したという。怒号が飛び交い、殴り合い寸前といった大激論が長時間続いた。フリン氏側には間もなくジュリアーニ弁護士が加わったが、メドウズ首席補佐官は最後のころにやっと顔を出した(メドウズ氏はトランプ氏には面と向かって反対できないので、意図的に遅れたとの見方もできる)。
激論は夜におよび、ホワイトハウスが軽食を用意して、さらに継続。この間にパウエル氏はトランプ氏が自分の特別捜査官任命にすでに同意していると語ったという。午前零時11分トランプ派はホワイトハウスを去り、「常軌を逸した論争」(ハチンソン氏)は終わった。
この長時間に及ぶ激論の中で、トランプ氏がどんな発言をしたのか、シポローネ氏らは明らかにしていない。しかし、ワシントン・ポスト紙電子版は午前1時42分、トランンプ大統領が次のツイッターを発信したと報じた。「数字の上で選挙に負けたということはできない。1月6日、D.C.(首都ワシントン)で大規模な抗議をする、集まれ。荒々しいものになるだろう」
トランプ氏はホワイトハウス・スタッフの強硬な反撃で、大統領令による州兵動員、投開票・集計機の押収、「盗まれた選挙」特別捜査開始、というパウエル氏やフリン氏らのグループのクーデター計画にそのまま乗ることは断念した。だが、このツイッターは、バイデン政権への政権移行を拒絶、政権保持はあくまで譲らず、議会襲撃デモという代案に乗り替えたことを宣言している。
「政権」へのあくなき執心
4日前の12月14日には、各州の大統領選挙人投票が行われている。その結果は形式的には封印されて1月6日に上下両合同会議で開封されて、当選者が最終的に決定されるが、これは儀式である。実際には大統領選挙人はそれぞれの州で多数票を得た候補に信任票を投じる(いわゆる勝者総取り)ことになっているので、選挙人投票の結果は事実上、直ちに報道される。この日、トラン氏には共和党議会トップのマコネル上院院内総務、バー司法長官、スカリア労働長官ら議会、党、政権の幹部から大統領選挙の結果が決ったと通知され、「盗まれた選挙」の主張は取り止めるよう説得も行われたことが公聴会で報告された。
しかし、この「勝者総取り」の規則は州によって厳格だったり、緩かったりする。違反しても罰則が科されるかどうかもあいまいな州が多い。トランプ氏はそこに目をつけて、共和党選挙区が強い州の選挙人の票を自分に回させるたり、選挙人を自分に投票する人物に差し替えるよう圧力をかけてきた。これも失敗に終わったのだが、トランプ氏は,なおも諦めなかった。選挙転覆の最後のチャンスとなった1月6日に賭けたのである。
2月18日にホワイトハウスで異常な会合が開かれたとことは、米メディアの調査報道が伝えていたが、その詳細が13日に広く伝えられた。その翌日、トランプ氏が武装デモ隊とともに議事堂へ乗り込もうとして大統領警備隊に「安全が保障できない」と阻まれたとするハチントン証言の証拠となる記録が失われたとCNNニュースが報じた。トランプ支持派の圧力による隠蔽か廃棄と見て間違いないだろう。トランプ氏とその支持派の執念のものすごさである。
「訴追」しない方が米国に打撃大きい
ワシントン・ポスト紙論説副委員長のルース・マーカス氏は15日付論説で、トランプ訴追には反作用の大きさ(政敵であり前大統領の訴追は政治捜査の批判は避けられず、悪しき前例になるし、トランプ派の暴力的抵抗で内戦状況に陥る恐れなど(『Watchdog21』6月21日拙稿「トランプ訴追の可能性」参照)から「ためらいと疑念があったが、確信とは言えないもののトランプ氏は訴追されるべきだし、有罪になるとの見方が強くなった。もし有罪にならなくても、民主主義を破滅させ、平和的政権移行を拒否したことに目をつぶる方が米国により大きな打撃を与える」と論じている。(7月17日記)