トランプ米前大統領の支持勢力による連邦議会議事堂襲撃事件を調査する下院特別委員会の公聴会で、米主要メディアが一斉に「爆弾証言」と報じる重大情報が飛び出した。トランプ氏は自身の支持派のデモは平和的請願で、議会襲撃事件には何の関係もないとしてきた。だが実際にはトランプ氏自ら武装したデモ参加者とともに議事堂に乗り込み、バイデン当選を最終的に認定する上下両院合同会議の決議を覆そうとしていた。トランプ氏とホワイトハウス・スタッフや大統領警護隊(シークレットサービス)の言動で明らかになった。ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト両紙など米主要メディアは、この証言によって「トランプの虚構」は崩れ去り、トランプ氏の刑事訴追に大きな手掛かりが得られたと報じている。司法省がいつトランプ氏に捜査の手を伸ばすのかが注目される状況になった。
「偉大な日」のシナリオ
「爆弾証言」をしたのは、トランプ政権のホワイトハウスでメドウズ首席補佐官を補佐したハチンソン次席補佐官。大学を卒業してすぐ2人の共和有力議員のスタッフを務めてからホワイトハウスに移った25歳の女性。生粋の共和党員という。大統領とその側近たちとごく近い距離にいた一人だ。
その重大証言は議会襲撃の日の4日前、1月2日の夕方から始まる。トランプ氏の個人弁護士で最も身近な存在であるジュリアーニ氏に同行して議事堂へ行った。ジュリアーニ氏から「6日は偉大な日になる。君も興奮するよ」と話しかけられ、「何が起こるのか説明して」と聞いた。
ジュリアーニ氏は説明はせずに、次のような意味のことを話したという。「大統領は議会に行き、力強い振る舞いで、メンバー(大統領選挙人と下院議員か)や上院議員と一緒に、チーフ(ペンス議長?)とそれについて話しをする。彼はそのことを理解している」(上下両院合同会議でペンス議長が選挙結果を覆し、トランプ再選の議決にもっていくシナリオができていたことは米ジャーリストの調査報道で明らかにされており、そのことを指したと受け取れる。ジュリアーニ氏は「盗まれた選挙」キャンペーン推進の中心人物)。
そして1月6日。ホワイトハウス近くの広場にトランプ支持派が集まってきた。ハチンソン氏はシポローネ法律顧問と集会会場へ。ハチンソン氏はこの日の朝、同顧問から、大統領を議事堂へ行かせてはならない、それを許すと想定し得る法律のすべてを犯すことになる、連絡を保つようにと言われていた。同顧問はトランプ氏の「虚偽」キャンペーンは法に触れると会議でも批判、トランプ氏が「最低の弁護士」と悪態をつく関係にあったという(ワシントン・ポスト紙電子版)。
「武器を持っていてもかまわない」「議事堂へ行け」
集会場のステージ脇のテントでは、トランプ氏は会場がいっぱいになっていない、集会参加者の数が少ないと不満。一方で、大統領警護隊は集会参加者が武器を携行していることに懸念。ハチンソン氏は大統領の次のような発言を聞いた。
「彼らが武器を持っていても、まったく気にしない。私を傷つけるためにきているのではない」
「私の支持者がここから議事堂に向かい、全員が議事堂に入れるように(議事堂入り口で武器携行をチェックする)金属探知機を撤去させろ」
トランプ氏は集会で「死ぬつもりで戦おう」「一緒に議事堂に向かおう」と呼びかけて演壇を降り、ハチンソン氏らはホワイトハウスに戻った。
トランプ氏は警護隊の車に乗り込み「議事堂へ行け」と指示した。大統領警護隊のエンゲル隊長とオルナート副隊長が、デモ隊の多数が武器を携行していて安全を保障できないので議事堂へ行くことはできない、ホワイトハウスに引き返しますというと、トランプ氏は激怒した。
「俺は大統領だ」と言って後部座席から身を乗り出し、オルナート副隊長が握るにハンドルを奪おうとした。エンゲル隊長がトランプ氏の腕を抑えて止めに入り、もみ合いになった。トランプ氏は結局、ホワイトハウスに連れ戻されたという。
ハチントン氏は、ホワイトハウスに戻ったエンゲル、オルナート両氏の席に呼ばれてこの出来事の説明を受けた。その内容を証言した。
「信頼感あった証言」
それが「爆弾証言」と大きく報じられた。エンゲル、オルナート両氏は、大統領は激怒してはいない、いら立っただけだなどと細部にいくつか間違いがあると指摘した。だが、デモ参加者の武装をトランプ氏が容認したことや、トランプ氏が自ら武装デモとともに議事堂に乗り込もうとしたとする証言の核心については何のクレームもつけていない。トランプ支持のメディアからは経験の浅い中級職の発言と軽視するコメントが流された。しかし、トランプ氏がしばしば手の付けられないほど激高することはよく知られている。
ハチントン証言は(真実のみを述べるという)宣誓をするところからテレビの生中継で公開された。メディアの評価では証人は宣誓の上で、思慮深さをうかがわせる落ちついた証言とてきぱきした受け答えをして、信頼感があったとするものが多かったという。
委員会が証言を求めた証人は、ほとんどがトランプ政権や共和党でトランプ氏の言動をよく知る立場にいた人たち。みんな共和党員だ。共和党は証人の弁護士費用を負担しており、トランプ氏と共和党に不利になるよう証言はしないよう「圧力」をかけていることは想像に難くない。
弁護士費用を負担するのは違法ではないが、議会証言で嘘を言ったことがわかると、宣誓をしてもしなくても処罰の対象になる。証言を受諾しても「宣誓」には応じない証人は少なくないようだ。ハチンソン氏は、共和党がつけた弁護士を断って自分で選んだうえで、宣誓証言に応じている。これも証言の信頼度を高めている。
「虚偽の防壁」に穴が開いた
ハチンソン証言の重要性は、トランプ氏の「虚偽の防壁」に突破口を開けたことにある。トランプ氏の「盗まれた選挙」を取り戻すという前例のない攻勢に対して、民主党は有効な対抗策を見つけられないまま、追い詰められてきた。「事実」を訴えても「虚偽の防壁」に吸い込まれるだけで、世論の半分には届かない。6月半ばまでの3回の公聴会では、トランプ政権の司法長官だったバー氏をはじめ、トランプ氏の娘夫妻も含めた政権や共和党首脳部が不正選挙はなかったと繰り返し説得したことが明らかになった。それでもトランプ氏は「不正選挙があった」と固く信じ続けている(実際にはそのふりをしている?)。
トランプ派は「不正選挙を正す運動」のための看板だけの委員会を設置し、数億ドルもの活動資金を集めている。不正選挙はなかったと知ったうえでの募金活動ならば詐欺行為になる。一度言い出した「嘘」は言い続けるしかない。だが、連邦捜査局(FBI)が政治資金法違反で捜査を始めているとの報道もある。
議会襲撃事件も同じだ。トランプ氏は「盗まれた選挙」を正して自分を当選者と認めるよう請願する平和デモだったと主張してきた。だが、6月後半の3回の公聴会の最後(28日)のハチンソン証言でこの「嘘」が内側からひっくり返された。トランプ氏はデモ隊の多数が武器持ち込み禁止の首都(ワシントンD.C.)にライフル銃(AR-15)、ピストル、弾薬など大量の武器を携行していることを知ったうえで、議事堂の金属探知機を撤去させて自分も一緒に議事堂に乗り込もうとしていた。
平和デモという請願行動に、なぜ大量の武器持ち込みが必要なのか。トランプ氏は彼らの武器は自分に向けられるものではないと言い切っている。では誰に向けられるのだろうか。
「ペンスを首吊りに」
米国の大統領選挙制度は独特の複雑な構造になっている。全有権者の一般投票、それが地域・州選管、知事、州議会の承認を経て州代表の大統領選挙人投票に進む。その結果は封印されて首都に送られ、1月6日の上下両院合同会議で議長を務める副大統領(トランプ政権ではペンス氏)が開封し、当選者が最終的に決まる(『Watchdog21』2021年10 月26日拙稿「合衆国と合州国」参照)。
ペンス氏が議長権限で、選挙人投票の結果がどうあっても「トランプ当選」と宣言するというのがトランプ・グループのシナリオだった。だが、ペンス氏は補佐官や法律顧問らから憲法および法律上、議長にはその権限はないと忠告されて、直前にこの役割は果たせないとトランプ氏に伝えた。トランプ氏は怒り狂った。ペンス氏の「裏切り」はトランプ派のデモ隊にはすぐに伝わったようで、武装デモ隊は「ペンスを首吊りにしろ」と叫びながら議事堂に乱入した。
トランプ氏はこの武装デモ隊の行動について「もっともだ」といい「ペンスはそれに値する」と容認したことが報道されている。
首都近郊には待機部隊も
ワシントン・ポスト紙電子版(7月8日)によると、トランプ派支持の極右、白人至上主義、陰謀論の団体のなかには、議会襲撃には加わらずに、大量の武器を準備してワシントン郊外のバージニア州などで待機していたグループもあった。彼らはトランプ大統領からの出動命令が出れば直ちに大統領指揮下の「民兵」として出撃するはずだったという。議会襲撃事件は偶発的に暴力化したのではなく、これまで知られていたよりはるかに大きなスケールのクーデター計画だったことがうかがえる。それを引き起こしたのがトランプ氏であることも疑う余地はなくなったと思う。しかし、トランプ氏が「不正選挙」はあったと信じる立場をとり続ける限り、選挙で当選した正統な政権にとって代わろうとする「政権転覆」の重罪でトランプ氏を起訴に持ち込むことができるのか、という問題が残る。
権力争奪戦、新局面に
その背景には米国の裁判が陪審制を土台にしてきたことがある。同制度の原型は有罪判決のためには陪審員全員の判断を必要としていた。その後、各州で様々な修正や改革が進んで原型をとどめている州はほとんどなくなり、陪審員の数が増やされ、有罪判決も絶対多数で決める州も多くなっている。しかし、その行為の背景にどんな意図あるいは目的があったかが重視される点は変わっていないとされる。
現政権と鋭く対立する政敵で、しかも前大統領であるトランプ氏の訴追は「政治捜査」の批判を引き起こすという政治的理由から慎重論がある(『Watchdog21』6月21日拙稿<議事堂襲撃調査特別委報告1>)。司法省や民主党系のメディア、法律家の間にはなおもトランプ訴追には慎重論が残っているのは、起訴して有罪にできなかったという可能性を考えてのことだ。しかし一方に「誰も法の上にはいない」という原理がある。
下院特別委員会は7月も調査を継続、公聴会も随時開くとしている。バイデン民主党対トランプ共和党の権力争奪戦は11月の中間選挙が迫る中で、新たな局面に入っている。
(7月12日)