私は岸田文雄政権が7月22日に閣議決定した9月27日の安倍晋三元首相の「国葬」(全額税金を充てる)に反対である。
松野博一官房長官は「国葬」とした理由について①安倍氏は憲政史上最長の8年8カ月にわたって首相をつとめた②国内外から幅広い哀悼・追悼の意が表明されているーことなどを挙げている。安倍政権が長期にわたったことについては、ほとんどの憲法学者が反対した「集団的自衛権」を認めた安保関連法制の“ゴリ押し“などでみせた強権的政治手法や、「森友学園」「加計学園」「サクラを見る会」問題でメディアから「政権の私物化」「一強支配」を指摘されるなど、安倍政治には「負の側面」がつきまとう。
雅子さん 法廷で「国葬」に言及
森友学園に関する決済文書改ざんを苦に自死した財務省近畿財務局の元職員赤木俊夫さんの妻雅子さんが元国税庁長官に損害賠償を求めた訴訟で「国葬」決定後の7月27日、雅子さんは大阪地裁の法廷に立ってこう訴えた。
安倍氏が国会で「私や妻が関係していたら、総理大臣も国会議員も辞める」と発言したことに関連して「もともと国会の中で発言されたことが原因で夫は改ざんをしなければならなくなりました。黒い疑惑のまま国葬にされることはご本人も望んでいないと思います」と語った(ジャーナリスト、相沢冬樹氏のコラムから)。
雅子さんの訴えは、私の心に強く響いた。雅子さんが安倍氏の「国葬」を迎え、「黒い疑惑のまま国葬にされること」との言葉を使ってわざわざ言及したことは、森友問題はまだ終わっていないことを世間に広く訴えたかったのだろう。
また、松野官房長官が言うように、国内外からの多くの哀悼・追悼の表明があることはメディア報道をみても確かだと思う。安倍氏が選挙応援演説中に銃撃されて亡くなった、姿は全世界に報道された。世界に与えたその衝撃があまりにも大きかったのだろう。安倍氏は外交に熱心で長い間首相を続けたため、特に外交面で、成果があったかどうかは別にして、G7でも「著名な政治家」であり、海外からの高い評価はあったことは事実だ。ただし、隣国の中国や韓国との外交はほとんど進まず、27回も会ったはずのロシアのプーチン大統領とは、肝心の北方領土問題交渉で後退してしまった。海外からの弔意表明は、単なる「外交儀礼ではないか」との有識者の指摘もある。
国葬「反対」が「賛成」上回る 共同通信世論調査の衝撃
「国葬」についての世論調査は、直近の共同通信調査(7月30,31日調査)で国葬に「反対」53・3%、「賛成」45・1%と反対が賛成を8ポイントあまり上回るという結果が出た。「国会審議が必要」は61・9%、「統一教会と政界の関わりについての実態解明は必要」とする意見は80・6%にも上っている。さらに、内閣支持率は前回調査(14日)から3週間弱で12・2ポイントも急落した。記事は「説明不足との批判がある政府の国葬実施決定が支持率急落につながった可能性がある」と分析している。、NHK調査(7月19日)では、「評価する」49%、「評価しない」38%、、産経新聞・FNN調査、(同25日)では「よかった」50・1%、「よくなかった」46・9%といずれも「賛成」「反対」が拮抗していたが、その後の連日のテレビを中心とした統一教会報道がメディアで広がるにつれ、「国葬反対」が増えてきたという流れだ。LINE(ライン)をもとにした調査だが、鹿児島の地方紙、南日本新聞調査では「反対」が72%のところも出ている。
「国葬」についての世論調査結果は「コロナ対応」など一般的な政権の政策評価と異なり、国民がこぞって支持することが重要であり、反対が賛成を上回った結果が出たことで政権に与えたショックは計り知れない。これひとつとっても「国葬」は再検討すべきだろう。
私が「国葬」に反対する理由
このようことを前提として、私が「国葬」に反対する第一の理由は、安倍氏と自民党議員を中心とした統一教会(現、世界平和統一家庭連合、以下「統一教会」という)とのかなり深い関係がテレビや週刊誌を中心としたメディア報道で次第に明らかになってきたことである。
私は現役の共同通信社会部記者のころの80年代、統一教会の関連団体の幹部や当時、国際勝共連合がスパイ防止法制定で地方議会で意見書採択のために、“草の根保守運動“をやっていた現場を取材したことがある。その時に比べて、いまや、いつの間にか統一教会は政権中枢にまで深く入り込んでいた。正直言ってびっくりした。
この問題を追及してきたジャーナリストの鈴木エイト氏が「大手メディアが途中で追及をやめたことが今の問題になっている」と統一教会追及の“空白の30年“をテレビで批判している。老元記者の言い訳にすぎないかもしれないが、95年の「オウム真理教事件」の後、“オウムショック“が大きすぎたのか、統一教会の問題にメディアが無関心になっていったのは事実で、鈴木氏の指摘は全くその通りである。ただ、今からでも遅くない。メディアはこの問題をとことん追及すべきだ。
メディア報道で国民感情が変化したのでは
安倍氏は長く首相をつとめていたことから、年配者よりも若い人を中心に「国葬」に賛成する人の方がやや多い、という結果が共同通信、NHKや産経新聞・FNN調査の世代分析で明らかになっている。ここでも「世代の分断」が起きている。インターネットを含めたメディアの報道により、政治と統一教会の関係が明らかになり、それに従って国民感情が「安倍氏の死を悼む気持ちはあるが、いくらなんでも国葬は」という当初とは違った空気に変化してきていることも事実だろう。
岸田首相は7月31日、銃撃事件後、始めて統一教会と政治の関わりについて言及。「社会的に問題になっている団体との関係については、政治家の立場からそれぞれ丁寧に説明をしていくことは大事だと思う」と述べたが、今後の対応などについては言及しなかった、(朝日新聞8月1日付朝刊)、という。のんきなのか、「聞く力」が強すぎるのか。8月から始まるとされる臨時国会で国葬や\教団との関係など「丁寧な説明」が必要なのは言うまでもない。しかし、突っ込みすぎると安倍派批判につながり兼ねない統一教会との関係など、安倍派に配慮せざるを得ない岸田首相には、とても「丁寧な説明をする」状況にはない。元々、法的根拠の薄い「国葬」なのだから、どのように説明しても「無理筋」なのは変わりはないのではないか。岸田首相の「丁寧な説明」とのきれいごと答弁が、さらに「問題の本質」から離れていく。
「国葬反対」の第二の理由は、やはり「国葬」の法的な根拠が希薄であること。第三に憲法の「内心の自由」が侵され、「国葬」を巡って世論が真っぷたつに割れ、国民を分断すること、第4に国民が負担する費用が「国葬」により外国の要人が多数出席することが予想され、その警備費用が膨大になること。ーなどである。「法的根拠」などの問題は「安倍氏国葬(下)」で書く。特に第1の「統一教会と政治の関係」について、少し詳しく見てみたい。
現職閣僚4人に接点 細田衆院議長は集会で「安倍総理にお伝えしたい」
まずは第1の統一教会と政治との関係だ。1991年、山上徹也容疑者(41)の母親が夫が自殺したショックなどから、ツボや印鑑などを途方もない高値で売る「霊感商法」や「合同結婚式」で大きな問題となっていた統一教会の信仰にのめり込んだ。この結果、母親は教団から1億円以上も巻き上げられて、大学を断念するなど家庭を壊された。山上容疑者は、安倍氏が21年9月の統一教会の友好団体「天空宇宙平和連合」(UPF)にビデオメッセージを寄せたことで安倍氏に恨みを募らせた、との動機を奈良県警に供述している、という(新聞報道による)。
山上容疑者が安倍元首相を銃撃して殺害したことは、人間として、とうてい許せるものではない。だが、政治もメディアも、長い間、反社会的なカルト集団を放置してきた実態がある。そのような教団に安倍氏や政治家が犯行動機につながる接点があるとすれば、それはそれで大きな問題である。だから、メディアの追及が始まっている。
まさに「出るわ、出るわ」という感じである。安倍氏の実弟の岸信夫防衛相は7月26日の記者会見で「統一教会}について「(関係者)とお付き合いがあり、ボランティアとしてお力をいただいた。選挙の際もお手伝いをいただいた」と明かした。しかし、翌日には「選挙というのはまさにいくさ。手の内を明かすようなことはしたくない 」と今後の統一教会への対応については、明らかにしなかった。その上で「教団による被害は認識していた」と答えたものだからネットでは非難が殺到した。
また、同日、二之湯智国家公安委員長は、18年、教団の関連団体が開催したイベントで京都府実行委員会の委員長をつとめ、あいさつしたことを明らかにした。末松信介文科相も22日、教団関係者からパーティー券を購入してもらったことを認めている。萩生田光一経済産業相も14年に教団主催のイベントに出席し、会合冒頭に挨拶をしたという。いずれも、新聞やテレビ、週刊誌が報じたものだが、岸田文雄内閣の閣僚のうち、4人の閣僚が統一教会との接点を認めた。元閣僚では稲田朋美元防衛相、馳浩元文科相(現石川県知事)、加藤勝信前官房長官や15年の統一教会の「世界平和統一家庭連合」への名称変更に深く関わった疑いがメディアで指摘されている下村博文元文部科学相らの教団の支援や接点も判明。菅義偉元首相、麻生太郎元首相らの接点もちらつく。まだまだ政治家の実名は地方議員も含めて続々とその関係がメディアにより暴露されている。
さらに、細田博之衆院議長が教団関連団体の「天宙平和連合」が19年10月に開いた集会で韓鶴子総裁を持ち上げ、「今日の盛会や会の内容を安倍総理に早速、お伝えしたい」との動画が拡散されたことから、〃統一教会政治汚染〃は閣僚はおろか、三権の長まで広がっていることが明白になった。鳩山由紀夫元首相ら立憲、国民、維新など野党にも接点があぶり出ているが、いまのところ、そのほとんどが自民党、それも安倍派議員が多い。
何よりも日本の防衛を担い、治安を統括する防衛相や国家公安委員長の〃統一教会政治汚染〃は日本の「安全」や「安心」にとって重大問題ではないか。福田達夫総務会長が29日の記者会見で「正直に言う。何が問題か。僕にはよく分からない」と述べたことは自民党がこの問題について自覚がないことをさらしてしまった。福田氏は野党やメディアの批判を受けて、翌日、慌てて釈明したが、後の祭りだった。
統一教会の〃広告塔〃だけでなく国政選挙での票の〃割り振り役〃
亡くなった安倍氏と統一教会との関連は、安倍氏が敬愛してやまない祖父の岸信介元
首相と文鮮明教祖との出会いに始まり、父の安倍晋太郎元外相に受け継がれる。祖父、父、息子と三代にわたる付き合いだ。安倍氏も教会の関連団体の機関誌の表紙に何度も登場したり、山上容疑者が見たという21年9月のビデオメッセージで明らかになったように、統一教会との関係はある。もっとも、TBSの報道特集は30日の特集番組で教団幹部の話として、「メッセージは元首相3人が対象だったが、トランプ氏がやるというので、安倍氏にはすっきりと受け入れていただいた」とビデオメッセージのいきさつを語った。いつから安倍氏は統一教会と接点を持ち始めたのか。その具体的理由は・・・。この辺の経緯も山上容疑者との動機との絡みで大切なところなのでさらに、検証が必要だろう。
北海道テレビ(HTB)が29日にスクープした伊達忠一前参院議長が16年の参院選で応援候補の統一教会の組織票を当時の安倍首相に依頼したというニュースは衝撃的だった。伊達氏はそのお礼の意味で文鮮明氏や韓鶴子氏を絶賛するスピーチを述べている。自民党の青山繁晴参院議員が自分のブログに書いた。「ある派閥の長から『各業界団体の票だけでは足りない議員については、統一教会が認めてくれれば、その票を割り振ることがある』」と言われたという。この「ある派閥の長」だが、BS・TBSの番組で政治ジャーナリストの後藤謙次氏は「まあ、普通にいえば、安倍元総理のことですね」と述べている。また、27日配信のデイリー新潮は、自民党のベテラン秘書の話として「選挙で誰が統一教会の支援を受けるかは、安倍さんの一存で決まると言われていました」と書いている。
これらが事実ならば、安倍氏は統一教会の〃広告塔〃だけでなく、国政選挙での教会組織票の〃割り振り役〃までしていたことになる。
選挙でのつながりだけだったのか
これらは、いずれも 、新聞では、朝日、毎日、東京あとは、週刊文春や週刊新潮、テレビのワイドショー(翌日スポーツ紙がこの模様を描き、それをニュースサイト「ヤフーニュース」などがネットで流す)、フェイスブック(FB)の友達からの情報などから拾ったものだが、安倍氏や自民党議員と統一教会の関わりは、事件発生当時には想像できなかったほど思いのほか、深いものだったことに改めて驚く。果たして、統一教会との関係は、教会による選挙事務所へのボランティア動員や信者の票の割り当て(統一教会の票は8万票といわれる)など選挙でのつながりだけだったのか。
今後のメディアの調査報道や前参院議員のジャーナリスト、有田芳生氏がテレビ朝日の「モーニングショー」で語った警察の統一教会への捜査が「政治の力」で中止になったこと。それをばん回する意味でも警察や検察の捜査にも期待したい。自民党は「自浄作用」を働かせて、安倍氏の名誉をかけて真相解明に当たることが必要ではないか。何よりも国会での徹底した調査が望まれる。原発事故の国会事故調査委員会方式でいいのではないか。早急に与野党で検討すべきだ。接点のあった議員らの教会関係団体からの献金は分かっている範囲では、政治資金パーティーなど個別にみてもそれほど多額ではない。
全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)によると、教会の収入は日本の信者らからの献金が七割を占め、昨年だけで日本の信者からの献金は47億円、この35年で1千数百億円に上るという。30日のTBS報道特集で放映されたTBSが入手した極秘文書では、日本での信者からの献金収入は、99年度から08年度までが1年で600億円、09年度から200万円台、最近は数十万円だという。全国弁連では「いずれも氷山の一角」とみている。ただ、私の知る長い間、ソウル支局で取材したOB記者に聞くと、韓国では統一教会は宗教団体というよりも「財閥」という扱いでかなり手広い商売をしてもうけを出しているようだ。テレビでは連日、ソウル近郊の宮殿のような教会関連施設のイメージ映像が放映されている。
ジャーナリストのシェリーめぐみ氏は、7月21日の「PRESIDENT Online」での「安倍元首相だけではない・・・米メディアが『トランプ元大統領と統一教会の癒着』」の中で次のように指摘している。
「米紙ワシントン・ポストは『統一教会との関係団体は、世界のリーダーやセレブリティ、高名な聖職者に対して、高額の謝礼を支払って講演を依頼している。統一教会の正当性を世に知らしめるのが目的としている』と書いている。さらに、『1995年、米国のH・W・ブッシュ大統領が夫人とともに、来日し、東京ドームで行われた韓鶴子氏主催の世界平和女性連合の集会に参加した。(中略)そこで、当時としては破格の謝礼8万ドルを、自分の懐には入れずチャリティーに寄付したという』としている。また、30日の『「報道特集』では、キャスターの金平茂紀氏の取材に米統一教会元幹部のアレン・ウッド氏は、『ブッシュ氏やレーガン氏に講演料として1回につき100万ドル(約1億3千万円)を支払った』と証言している。『8万ドル』と『100万ドル』では金額が大きくことなり、いずれもどれだけ根拠があるのかは確証はないが、米国を含めた大手メディアがそう報じていることは確かである。」
戦前に「植民地支配」などをした「サタンの国」日本からは奪うだけ、だとの統一教会ウオッチャーもいる。ただ、統一教会側の政治家接触の狙いは、安倍派に代表される自民党保守派の価値観に親和性のある「選択的夫婦別姓」「同性婚」反対などジェンダーの考え方の排除や「家庭」の重視、その象徴が「こども庁」に「家庭」を入れて「こども家庭庁」になったことなど、自民党の保守的な政策面での影響はあると思う。金銭面では、どうだったのか。気になるところだが、はっきりしていない。いずれにしろ、安倍氏や自民党の一部議員が統一教会とけっこう深い関係にあったことは明白になりつつある。統一教会と政治の関係をみて、その関係性が反社会的カルト集団の存在を担保してしまっただけでも、自民党ははっきりと、統一教会と手を切るべきであるし、まして「国葬」はやめたほうがいい。
(「安倍氏国葬」(下)」に続く)