中間選挙本番へ―党支配固め進めたトランプ氏  「インフレ抑制法」成立で民主党は巻き返しへ

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 米中間選挙戦は8月中に民主、共和両党が候補者選びの予備選挙を打ち上げて、9月入りとともに本番に入る。2020年大統領選挙の敗北を認めないトランプ前大統領は予備選を通して共和党支配をさらに固めたように見える。だが、トランプ氏の「虚偽戦略」に押しまくられてきたバイデン大統領の民主党もトランプ前政権下で保守化が進んだ「トランプ最高裁」の人工妊娠中絶権利の取り上げ判決、銃乱射による大量殺害事件の続発による社会混乱の中、夏季閉会直前に「インフレ抑制法案」を押し通して、ようやく巻き返しの足掛かりを掴んでいる。中間選挙は一転して激戦の様相を呈してきた。

「大きな勝利」

 「インフレ抑制法」(8月16日大統領署名で成立)について米主要メディアは「バイデンの大きな勝利、中間選挙の重要な争点を提示した」(ワシントン・ポスト紙D・バルツ首席記者)などと評価、中間選挙の行方に大きな影響を与えると注視している(日本の主要紙はメディアは3段ないし4段記事でさらりと報じるにとどまっている)。同法はインフレ対策を前面に出しているが、「インフレ抑制」にとどまらず、米国経済・社会の再興を目指して次のように、包括的に気候変動対策、医療保険制度支援、税収増および財政赤字対策として企業増税などを組み込んでいる。

 ➀ 気候変動対策として37000億ドル(約50兆円)に上る電気自動車(エコカー)普及への税控除➁ 医療保険(オバマ保険)加盟者1300万人を対象に保険料値上げおよび薬価の値上げ抑制を図る➂ 税還付金の早期支給および(脱税・節税につながる)大企業などの税金算定作業の遅れ(脱税・節税につながる)を解消し、税収を増やすために国税庁(IRS)の徴税システムを近代化する④ 大企業課税の最低税率を15%に設定⑤ 企業の自社株買戻しに1 %を課税⑥ これらの徴税による税収増は財政赤字の補填に充てる。

 この中で低所得層・貧困対策としての医療保険制度への支援や「企業課税」は共和党が絶対反対を続けてきた。気候変動対策は国際的なリーダーである米国がコロナ禍の下で大きく後退を余儀なくされるものを取り返そうとするものだ。これらを含めて同法はバイデン民主党が目指す米国の「形」を示している。「政策綱領」を持たず、「盗まれた選挙」という虚偽を争点にして権力奪取を狙うトランプ共和党と全く異なる政党のあり方を有権者に示して、どちらの党を選ぶのかの選択を迫ろうというのだ。

宿願の「バイデン・ニューディール」

 バイデン政権は上下両院の多数を背景に最初の100日が過ぎた2021年5月、2兆ドルにおよぶ意欲的な大型雇用創出計画を提示した。1929年の大恐慌で登場したルーズベルト政権が打ち出した「ニューディール」になぞらえて「バイデン・ニューディール」と注目された。バイデン氏はこの計画を選挙公約の「超党派合意」による推進を図ったものの共和党が応じる可能性は元々希薄。しかもぎりぎり多数でしかない民主党上院で「たった2人」の保守派議員の「反乱」という想定外の落とし穴に出くわして立ち往生となり、大統領の指導力が問われて支持率の低落が始まった。

 バイデン氏はその後、大型のコロナ禍で疲弊した国民の生活救済対策を推進、続いて「バイデン・ニューディール」を分解して、まずは緊急性の高い老朽化した道路、橋、港湾など基礎インフラの再建計画にしぼって超党派の支持を取り付けた。だが、こうした巨額の財政支出がインフレを招いたとする批判を浴び、歴代大統領では最低レベルとなる低支持率に苦しんできた。

 バイデン氏その苦境の中から、「バイデン・ニューディール」の原型は失ったもののその基本目標は譲らずに、最後に保守派2人を取り込んで「インフレ抑制法」成立に持ち込んだ。決してスマートではなかったが、辛抱強く自分を貫いた勝利といっていいのだろう。

「トランプ失点」も後押し

 バイデン民主党の「反撃」はトランプ共和党の「失点」の後押しも得ている。トランプ氏は最高裁判事の欠員補充人事で、慣例を破る強引な手法に出て3人の保守派判事を送り込み、最高裁は近年で異例の保守派6人対リベラル派3人という保守派に偏った構成になった。そのウルトラ保守支配の最高裁が6月、人工妊娠中絶の権利を認めてきた1973年判決を覆す新判決を下し、中絶の規制を容認するとともに、中絶の可否の判断を各州にゆだねた。

 これによって半世紀近くにわたり日常になっていた中絶の権利を突然失った米国社会にパニックが走っている。共和党支持の保守的な南部や中西部などでは、直ちに中絶の全面禁止を決める州が出ていて、人道問題となる悲惨な事態も起きている。だが、保守的な南部州のひとつ、カンザス州では最高裁判決に合わせて中絶の権利を認めてきた州憲法を改めようとする州民投票が、圧倒的多数で否決された。こうした強い反発が起きている。この判決が中間選挙に少なからぬ影響を及ぼすことは避けられないとみられている。

「中絶権利取り上げ」の次は「銃規制許さず」

 妊娠中絶権利の取り上げによる混乱と合わせて、7月の独立記念日を挟んで白兵戦で使うライフル銃をスーパーマーケットや小学校で乱射する大量殺人事件が相次いだ。トランプ主義はこれにもひるまない。バイデン民主党を極左リベラルと敵視し、「偉大な米国を取り戻す」ことを基本政策に掲げるトランプ氏が追求するのは建国の理想である。これが反近代化、あるいは復古主義につながる。

 共和党は1791年に確定した「銃を持つ権利」を定めた修正憲法第2条は絶対に犯してはならないと考えている。共和議会は銃を買う人が21歳未満の時は犯罪歴を厳しく調べるという法案の議会可決に応じただけに終わった。最高裁も外から見えない形で拳銃を携行するには州当局の許可を必要とするニューヨーク州法を憲法違反とする判決を下した。同法は100年以上も前に制定され、少なくとも5州が同様の州法を持っているという。

 大量犠牲者を出さないような銃規制を求める人たちと民主党、そして犠牲者の家族たちの叫びは今度もむなしかった。中間選挙の票に何らかの影響が出ないとは思えない。

 トランプ氏の支持者たちの武装デモが国会議事堂に乱入した2021年1月の事件を調査している民主党主導の下院特別委員会は6月から7月にかけて8回にわたる連続的な公聴会を開催、1年余りに及ぶ調査の結果を公開した。トランプ氏がこのデモを呼びかけ、選挙結果を不法にも転覆して大統領職を手放すまいとしたクーデター未遂事件の詳細な経緯が、当時のホワイトハウスの幹部やスタッフの生の証言で明らかにされた。民主党はこれも中間選挙で背中を押す効果を期待している。

 FBIがトランプ別荘捜索

 FBI(米連邦捜査局)は8月11 日、トランプ氏がホワイトハウスを去る際に、不法にホワイトハウスにあった秘密文書を多数持ち出し保管しているとみて、トランプ氏のフロリダ州の別荘「マールアラーゴ」を捜索した。政府の秘密文書は国立公文書館が保管する責任を負っている。1月にもマールアラーゴから15箱を押収し、さらに返還を求めていたが、応じないのでFBIが強制捜索になったと報じられている。

 トランプ氏とその支持勢力はいつものようにFBIを使った「魔女狩り」と強く反発、FBIを敵視して「予算を取り上げろ」(事実上の廃止要求)などと過激な攻撃を加えている。2019年に黒人男性が白人警官の過剰取り締まりで殺害された事件が起き、各地で「黒人の命は大切」デモが起きた時、「警察予算を取り上げろ」の声が起こり、世論の批判を浴びた。「FBI予算取り上げ」にも同じようは非難が起きている。

党支配固めたトランプ氏

 中間選挙の党候補を選ぶ各州の共和党予備選挙で、トランプ氏が支持した候補がほぼ全員、勝ち残った。現職や元々有利と見られた候補が多かったとされるが、一時は党支配に陰りが出てきたとみられたトランプ氏が党支配力をがっちりと握っていることを示した。

 トランプ氏の支持をもらうには「盗まれた選挙」をはじめとするトランプ氏の過激な主張の支持者であることが条件で、政治経験が全くない候補も少なくない。彼らが民主党との本選でも強いとは限らない。民主党と競合する決戦州でトランプ候補が敗れた例もある。

拮抗する基礎票

 バイデン民主党とトランプ共和党による米国の分断は深く、固定化されている。最近の何回かの大統領選挙の得票数で見るとそれぞれの基礎票は、民主党が47〜48%、共和党が46〜47%で、これはほとんど固定化されている。浮動票が無党派と両党のごく一部の、合わせて10 %足らずだが、勝敗を決めるのはこの少数の浮動票の行方である。中間選挙はこうしたそれぞれの基礎票に地域の事情が絡むので、選挙結果の予測は難しいが、バイデン、トランプ両トップに対する評価が最も大きな影響を持つことには変わりはなさそうだ。

 トランプ人気の根源はトランプ氏が「影の国家」と呼ぶ米国の支配層(エスタブリッシュメント)に対する民衆の不満・反感と、その迫害にさらされているトランプという「被害者像」への親近感だといわれている。バイデン民主党のトランプ批判はこうしたトランプ支持をむしろ固めさせる効果しかないともいわれる。民主党は今度の中間選挙では「インフレ抑制法」という政策を正面に掲げ、さらに日常生活を支配する人工中絶、銃規制、民主主義のルールという政策を争点に掲げることができる。これが少数の中間層の支持をつかめるのだろうか。    

                                  (8月22日記)