米中間選挙の衝撃波で新情勢 自信とり戻した民主党バイデン氏再選出馬へ 共和党下院主導権握った極右勢力は「影の政府の陰謀」追及

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 トランプ前大統領の敗北・バイデン大統領の勝利という誰も予想できなかった結果を生んだ中間選挙の衝撃波が、4カ月目に入る米政治に新しい状況をつくり出している。自信を取り戻したバイデン政権と民主党。バイデン氏の再選出馬が近いとみられている。

 トランプ支配が緩んで多極化が進み、分解状態に陥った共和党。僅少差で奪還した下院はトランプ派から飛び出した少数の極右勢力が乗っ取り、バイデン民主党の「選挙盗み」の「陰謀」追及に乗り出した。どちらも2年後の「総選挙」(大統領・連邦議会・州選挙など)に勝負を賭けている点は同じ。その選挙戦に向けて何が起こるか。今はまだ予測不能の混沌とした状況である。

「売り物」に転じた「経済」

 恒例の2月7日の大統領年頭教書演説。バイデン政権は共和党上院の一部を取り込んでコロナ救援法、インフラ投資法、インフレ抑制法、気候変動や半導体産業復興のための法案などを次々に成立させてきた。昨年末の議会最終日には2023年度予算と重要法案をひとまとめにした「乗合バス」法案を成立させた。巨額の投資を伴う一連の法律が実施段階にはいって景気回復効果が働き出したと報道されている。わずか2年で1200万の雇用を創出し、失業率をコロナ以前に引き戻した。こんな大統領は他にはいない。バイデン大統領は2年間をこう自負した。

 バイデン政権の「実績」について経済界や玄人筋からの評価はようやく高まってきた。だが、世論調査の支持率にはほとんど現れず、中間選挙は「経済」で惨敗というのが大方の予想だった。今や「経済」はバイデン氏の売り物に代わったと言ってよさそうだ。

 バイデン氏は続いてウクライナの首都キーウを電撃的に訪問した。「プーチン(ロシア大統領)には絶対にこの戦争を勝たせない」と宣言、「戦争疲れ」も懸念される西側先進国にウクライナ支援を固め直すよう強く訴えた。米国は民主主義世界のリーダーと誇示した。

迫る再選出馬声明

 バイデン大統領は再選出馬の意欲をますます強めているようだ。米メディアは3~4月に出馬声明との見方を伝えてきた。だが、バイデン氏の支持率は民主党支持者の間でさえ上がらず、今も別の候補を望む声が60〜70%に上っている。大統領としての評価そのものよりも、昨年末80歳を迎え次の選挙戦時に82歳、再選されると任期満了時には86歳という高齢への不安感がより濃く投影されているのではないだろうか。

  そうした中でニューヨーク・タイムズ紙の若手スター記者E・クレイン氏が再選出馬反対を取り下げて、バイデン大統領の内政、外交の実績を高く評価して再選出馬支持に踏み切ると述べ注目された(2月19日付国際版)。年齢の不安について同記者は、大統領在任中に死去する可能性はバイデン氏に限らず、誰にでもありえることだとみている。

数日後に大干ばつのアフリカ視察中のジル大統領夫人が、AP通信記者の質問に「大統領はいつもまだやることがあると言っている通りです」と答えたと伝えられ、再選出馬声明が迫ってきたようだ。バイデン氏の両親が86歳と92歳の長寿だったことから、本人は年齢は気にしていないとの報道もある。

躍り出た極右グループ

 共和党の中間選挙敗北の最大の理由は、大きな発言力を持つ有力州でトランプ氏が送り込んだ候補が肩を並べて落選したことだった。これで共和党は「トランプ党」から一転して「多極化」の党へと変身し、穏健派が50人前後に議席を増やしてキャスティングボートを握ったとみる報道もあった。しかし、この混沌の中から下院の支配権を奪ったのはトランプ派を飛び出した少数の極右グループだった。

 共和党は下院選ではわずか4議席差ながら過半数を超える222議席を獲得して民主党から多数を奪回した。大統領に万が一の事態が起きたさいの継承順位で副大統領に次ぐ下院議長は、共和党トップのマッカーシー院内総務が就くのが通例だった。ところが議長選挙で極右グループの5人のリーダーが15人前後のマッカーシー反対票を集め、民主党の反対に加わった。4日間14回も投票を繰り返しても、マッカーシー支持は過半数に届かない。

 トランプ氏がマッカーシー支持の説得を試みたが、マッカーシー氏を撤退させろと逆襲された。彼らはトランプ氏も今や体制派と見ていると報じられた。議長ポストに執心のマッカーシー氏がつけ込まれて下院運営について5人組の条件を丸呑みして、ようやく決着した。10回以上の投票は164年ぶりの異変。この合意内容は公表されていないが、違反した場合は彼らのうち1人でも議長不信任を提出することを認めているとされる。

「トランプ迫害」を追及

 この過激派グループの実態はよくわからないが、トランプ氏に忠実な「MAGA」派(「米国を再び偉大な国にする」の頭文字)のなかの強硬派で、陰謀論や白人至上主義をとる極右につながるグループとみられている。党内で中間選挙敗北の責任を問われたことに対する反発と危機感がばねになっているとの見方もある(ワシントン・ポスト紙電子版など)。

 彼らに屈したマッカーシー議長の下、下院共和党は民主党がトランプ氏に「不当な迫害」を加えてきたとして、その調査・追及を担当する司法委員長にトランプ氏に最も近いとされるジョーダン議員を当て、その下に政府機関乱用(仮訳)特別小委員会を設置した。そのほか監視・改革委員会など各委員会も連携して問題の徹底調査に当たる。

「影の政府」との戦い

 特別小委員会は2月中旬、第1回聴聞会を開いた。小委員長も兼ねるジョーダン氏が用意した声明を読み上げて、同小委員会の目的を連邦捜査局(FBI)と司法省が主要メディア、巨大IT企業、国際的シンクタンク・基金などと結びついて、民主党活動家たちの左翼的政治運動を支援していることを追及することだーと明らかにした。

 同じ日に監視・改革委員会(J・コマー委員長)も開催され、ここでも巨大IT企業と民主党が手を組んだ「影の政府」(ディープステート)が保守派の動静を監視しているとして、この「陰謀」と戦うことが目的に掲げられた。 

 トランプ氏は不都合なニュースはすべて「ディープステート」のでっち上げと一蹴してきた。その「ディープステート」とは何かが、下院という公の場で初めて明らかにされた。トランプ氏は2020年大統領選挙勝利をバイデン氏に盗まれ、その誤りを正すことを請願した国会デモは暴力デモにすり替えられ、バイデン政権の司法当局の不当な捜査を受けている。トランプ・ファミリーの不動産ビジネスも不当な捜査を受けて訴追されている。  

 これを「ディープステート」に操られるバイデン政権による「トランプ迫害」といっているのだ。

独走する「陰謀」追及

 「バイデン当選」を最終的に認証する上下両院合同会議が開かれる国会に、トランプ支持勢力の武装デモが乱入して「トランプ当選」へと決定を引っくり返そうとしたのが国会乱入事件だった(2021年1月6日)。この事件でFBIなどの捜査当局はデモ参加者約930人を逮捕・訴追、極右や白人至上主義団体の幹部数十人がすでに反乱・共謀などの罪で有罪判決を受けている。

 下院共和党の「影の政府」の「陰謀」追及が、証拠なき「盗まれた選挙」や国会武装デモに対する大量訴追や有罪判決を引っくり返す結果を得ることが出来るのだろうか。「多極化」した共和党下院、および上院共和党がこの戦略の下に結集できるのだろうか。上院は議席を減らして多数派奪回はならなかった。だが20年もトップに君臨してきたマコネル院内総務はトランプ弾劾裁判で有罪を主張、共和党で公然と反トランプ発言ができる数少ない存在、下院の強硬路線には与していない。

「嘘」承知の上FOX報道

 下院共和党の「影の政府」追及は立ち上がるとすぐに、全く想定外のつまずきに見舞われた。トランプ氏のパートナーになってきた保守派テレビニュース局、FOXニュースの看板キャスターや番組プロデューサーの多くは、本心ではトランプ氏の「選挙を盗まれた」とする主張を信じていないとする同局内部文書が公開されたのだ。

 トランプ氏は「盗まれた選挙」の証拠について直接言及したことはないが、側近の法律顧問らが各州の投開票に使われたハイテク数社の機械のシステムにトランプ票をバイデン票にすり替える操作が施されていたとメディアに示唆していた。

 同局の記者やキャスターたちは「証拠」を示すよう求めても出てこないまま、FOXニュースは数社の中のドミニオン社の名前を出して繰り返し「盗まれた選挙」と報道した。ドミニオン社は「事実ではない大嘘(民主党はこう呼ぶ)」の報道によって名誉を傷つけられたとして16億ドル(約2200億円)という巨額の賠償金を要求する訴訟を起こして係争が続いてきた。業を煮やしたドミニオン社が裁判にかかわる文書とともに、FOX社オーナーのマードック氏を含めた経営陣やキャスターたちの発言の内部記録を入手、公開した。

 米メディアによると、マードック氏および報道に当たった担当者の大半は「選挙を盗まれた」とするトランプ氏や側近たちの主張を「バカバカしい話」「頭がおかしい」などと信じず、そうした「陰謀」の可能性は捨てきれないとするのが少数だった。それでもトランプ氏らの主張をニュースとして流し続けてきた。その最大に理由は競争相手の他のトランプ支持派テレビニュース局(Newsmax、One American News )がどんどん報道しているので、手をこまねいていると視聴者を奪われるという心配だったという。

「大嘘」報道も「報道の自由」?

 名誉棄損で賠償金を求める訴えに対して米国の裁判では、被告側にはっきりした「悪意」があったどうかが問われるという。FOX社は裁判では「裁判が盗まれた」との主張は信じなかったが、前大統領がそう主張していることは「報道する価値」があると判断して報道してきた。しかし、その主張が「事実」と報じたことはない。その報道は「報道の自由」および「表現の自由」によって保護される―と主張している。

 FOXニュースがトランプ氏の主張を「事実」と報じたことはないといっても、共和党支持者の80%超、その他でも20%程度が「選挙が盗まれた」と信じている現実に、FOXニュースの「報道の自由」報道が大きな役割を果たしてきたことは間違いない。そのFOXニュースの看板キャスターたちが、実はトランプ氏の主張は「大嘘」と知っていたことが広く伝えられると米世論、そして政治状況に大きな波紋を引き起こすのではないだろうか。(3月5日記)