<放送法の解釈変更問題(下)> 生々しく書かれた総務省「放送法文書」 「政治的公平」巡り首相官邸と総務省の詳しいやりとり マスメディアは権力を監視する市民側の大きなツール 政府や権力批判できなければ民主主義は死ぬ 

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 「厳重取扱注意」とある文書は全文A4版78ページ。1枚目と2枚目は「目次」で「『政治的公平に関する放送法の解釈について(礒崎補佐官関連)』との表題がある。そこには、2014年11月26日から15年5月12日までの間の当時の安倍晋三政権の首相補佐官、礒崎陽輔氏への総務省のレクを中心に、当時の高市早苗総務大臣レク、山田真貴子首相秘書官レクなどでのやりとりが記述されている。これまでの「政治的公平性」についての国会答弁や見解などの参考文書や添付資料もあるので正味は20数ページ。書かれている内容は、放送法第4条の「政治的公平性」をめぐる解釈などについて、礒崎氏が電話で問い合わせをしたときから当時の高市総務相が従来の政府解釈である「放送事業者の番組全体を見て判断する」から「極端な場合には、一つの番組でも政治的公平に反する場合がある」との事実上の解釈変更(政府は「解釈変更」ではなく、あくまでも「補充的説明の追加」と主張)までの経緯である。文書は首相官邸側と総務省側の詳しいやりとりが生々しい具体的な言葉で書かれている。そのほとんどの文書の冒頭部分には「当方(出席者)」の最後に「・・・(記)」とあるので、レクに立ち会った総務省放送政策課の担当職員(文書には実名)が作成したとみられる。

信用性高い公文書

 3月17日付朝日新聞朝刊によると、総務省OBはこの文書は「決裁文書ではなく、関係者限りの内部メモという位置づけだろう」とした上で、「(このような文書を)わざわざ役人が創作する理由は考えられず、内容はほぼ正確と見るのが自然だ」とする。さらに、現役のある幹部は「文書は相当緻密。あれほどの文書を作るのは立派だ」と評価している。文書の発信元は「放送政策課」で、そのあて先は「総務省の総審、官房長、括審、局長、審議官、総務課長、地上放送課長」となっており、あて先冒頭に「総審」とあるので文書は事務次官に次ぐ総務省NO2の総務審議官にまで上げられていることが分かる。文書公表時の記者会見で小西議員は「総務省の職員から提供を受けた」と話している。小西氏は郵政省出身の元総務官僚で放送法問題を担当する放送政策課課長補佐だったこともある。はっきりした提供動機は不明だが、筆者は官僚の義憤に基づく「内部告発」だったのではないかとみている。3月7日に「行政文書」と認めた総務省が22日の調査結果で「捏造はなかった」としているので、細部での正確性はともかく、全体として信用性の高い公文書といえるのではないか。このことはまず確認しておきたい。

文書の〃登場人物〃たち

 この文書の登場人物で問題の“火付け役“の礒崎氏も元総務官僚(自治省出身)で大分選挙区選出の参院議員。2期務め、19年7月に落選した。2012年12月、安倍首相により首相補佐官に抜擢され、15年10月まで安全保障や選挙制度を担当した。脇役ではあるが、“ブレーキ役“として登場する山田氏もまた総務官僚(郵政省出身)で13年11月、女性として初の首相秘書官となり、20年9月、菅義偉内閣の内閣広報官に就任。21年3月、菅首相長男からの供応接待問題で辞職したことは記憶に新しい。広報官時代にNHKのニュースウオッチ9で出演した菅首相にキャスターが日本学術会議の会員任命問題で厳しい質問をしたとして「総理が怒っていますよ」とNHK政治部長にクレームを入れたことを報道されたことがある。

〃表の主役〃は当時の高市総務相

 そして、国会での表の“主役“は高市氏。高市氏は15年5月12日にそれまで放送法第4条の「政治的公平性」の従来解釈を事実上変更、16年2月8日には「電波停止の可能性」にまで言及する国会答弁を行ったその人である。高市氏は前回の自民党総裁選に安倍氏の全面支援を受けて出馬。この問題では一貫して、自分のことが書かれた4枚の文書について「捏造」と主張している。23年3月28日の参院予算委で「作成者不明、配布先も不明、作成目的も不明、いわば怪文書の類いだ」重ねてその信憑性を否定。「『捏造』としたのは『偽造』『変造』という用語は総務省の一部職員に対して厳しすぎると考えた」(3月29日付朝日新聞)のだそうだ。確かに、作成者や配布先などが書かれていない文書は複数存在するものの、この問題での総務省による高市氏に対する初めてのレクを示す「15年2月13日付文書」には作成者名も配布先もきちんと書いてある。元経産官僚の古賀茂明氏は高市氏のこのような姿勢について「〃官邸のパペット〃だとバレるのを恐れたのでは」(3月24日、集英社オンライン、「古賀茂明氏が明かす官邸によるメディア規制の実態」)と手厳しい。

 3月20日の参院予算委で、野党議員に対して、高市氏は「信用できないなら、もう質問しないで」などとその前の委員会で答弁したことを自民党の同僚議員からも批判されて、答弁を撤回したが、謝罪はしなかった。この後、末松信介予算委員長(自民)から「表現は全く適切ではない。敬愛の精神を忘れている」と異例の注意を受け話題となった。06年から07年、第1次安倍内閣で内閣府特命担当相、14年から17年、19年から20年までの2回計4年間、総務相。12年から14年、21年から22年、自民党政務調査会長という要職を歴任、メディアなどでは「初の女性首相」との呼び声高い有力政治家だ。22年8月から岸田内閣の経済安全保障担当相を務めている。

 3月25日のTBS「報道特集」によると、1993年、無所属で衆院議員に初当選。この年に起きたテレビ朝日の取締役報道局長椿貞良氏が日本民間放送連盟(民放連)の会合で「自民党を敗北させないといけないと局内で話し合った」とされる「椿発言問題」での椿氏の証人喚問について「(メディアの報道局長を喚問することは)(国民の)知る権利を奪う」と発言していた。キャスター出身だからからだろうか、立場、変われば変わるものである。大事なことなので付け加えておくと、この「椿発言問題」をきっかけに総務省は1993年以降、「政治的公平性」が規定されている放送法第4条の「番組編集準則」違反について、「停波」ができる電波法第76条による処分という制裁の伴う法規範であると解釈し始めた(川端和治弁護士著「放送の自由」=岩波新書)という。

総務省文書の主な内容を分析すると

 そして、今回の〃陰の主役“は22年7月、参院選挙応援演説中に不幸な死を遂げた安倍元首相ということになる。総務省がホームページ(HP)で公開した文書について、この文書を土台に新聞の「主なやりとり」も参考にしながら、総務省文書に書かれていた主要部分を改めて紹介するとともに、少し解説も加えて分析してみた。(「▼」は筆者のコメント。「総理」と「首相」の表記が混在するが、総務相文書はすべて「総理」である)

1,解釈変更のきっかけ 礒崎氏は〃確信犯〃
 14年11月28日付文書 26日に礒崎首相補佐官側から総務省放送政策課に電話。コメンテーター全員が同じ主張の番組(TBSサンデーモーニング)に問題意識があると指摘。11月28日 礒崎氏が総務省に「政治的公平」の解釈について「番組を全体で見るときの基準が不明確で、1つの番組でも明らかにおかしい場合があるのではないか」という点について検討を指示した。

▼ただ、この文書で礒崎氏は「これまで国会答弁を含めて長年にわたり積み上げてきた放送法の解釈をおかしいというつもりはない」と放送法の趣旨は理解しているとした上で、官僚に解釈変更を迫っていた。まさに礒崎氏の介入の仕方は巧妙な〃確信犯〃といえる。14年12月18日文書は「官邸で作るペーパーと総務省側が作るペーパーの平仄を合わせる作業を進めてほしい。高市大臣に話をあげてもらってかまわない」と書かれている。

 また、磯崎氏がこの問題に介入を始めたきっかけは、総務省への電話の少し前、安倍首相が衆院解散を表明した直後の14年11月18日夜だった。安倍首相がTBSの報道番組「NEWS23」に生出演し、その際に、アベノミクスに批判的な声が紹介されたことに、安倍首相はキャスターに向かって「街の声ですから選んでおられると思いますよ。事実、6割の企業が賃上げしているのだから、これ全然声が反映されていませんが、おかしいじゃないですか」と声を荒げて抗議した。これが今回の問題の本当の入り口だった、と筆者は考えている。

 その2日後の11月20日、萩生田光一自民党総裁特別補佐と福井照報道局長の名前でNHKと在京民放5局に「公平中立、公正を期していただきたい」との選挙の公平中立を求める文書を送っている。さらに、さきの集英社オンラインのインタビュー記事で、古賀氏は「あまり知られていませんが、礒崎氏が総務相に電話した同じ11月26日にテレビ朝日の報道ステーションのプロデューサー宛てに自民党から『放送法4条に照らして、報道ステーションの報道は十分意を尽くしているとはいえない』との警告文のような文書が届いた」という。磯崎氏の総務省への電話はこれらの事実からみても、「安倍氏の抗議」との関係性は濃厚だ。安倍氏の意向が見え隠れしているように感じる。

 古賀氏は15年3月に「報道ステーション」の11年から続いていたコメンテーターを降板。番組で「アイアムノットアベ」とやったことが大きいのではないか。16年2月の高市氏の「停波」答弁後、同年3月に安倍政権に批判的だったTBS「ニュース23」のキャスターだった毎日新聞出身の岸井成格氏、NHK「クローズアップ現代」の国谷裕子さんが相次いで番組から去っていった。これらのことは、今回の問題と全く無関係だとはいえないのではないか。

2,「テレビ朝日に公平な番組なんてある?」と高市氏
 15年2月13日付文書 高市総務相に総務省が状況説明
 情報流通行政局長から資料に沿って説明。礒崎首相補佐官からの伝言(「今回の整理は決して放送法の従来の解釈を変えるものではなく、これまでの解釈を補充するものであること」「あくまで一般論としての整理であり特定の放送番組を挙げる形でやるつもりはないこと」)について付言。
 局長 礒崎補佐官からは、本件を総理に説明し、国会で質問するかどうか、(質問する場合は)いつの時期にするか等の指示を仰ぎたいと言われている。
 高市氏 そもそもテレビ朝日に公平な番組なんてある? どの番組も「極端」な印象。関西の朝日放送は維新一色。(それでも政治的に公平ではないとは言えていない中)「一つの番組の極端な場合」の部分について、この答弁は苦しいのではないか?
 局長 「極端な場合」については「殊更に」このような番組編集をした場合は政治的公平が確保されていないという答弁案になっている。
 高市氏 苦しくない答弁の形にするか、それとも民放相手に徹底抗戦するか。TBSとテレビ朝日よね。官邸には「総務大臣は準備をしておきます」と伝えてください。総理も思いがあるでしょうから、ゴーサインが出るのではないかと思う。

▼高市氏はこのレク自体なかった、と主張しているが、23年3月22日の総務省の調査結果によると、関係した職員が「文書の原案を作成した認識はある」としており、複数の関係者が放送法に関して高市氏への説明が「なかった」とは考えにくいとしている。ただ、一方で「あったとは思わない」という回答もあったことも明記しておくべきだろう。22日文書では「(15年)2月13日に放送関係の大臣レクがあった可能性が高い」と結論している。関係者間で認識が完全に一致していないことは事実だが、この文書もさらに詰める必要性はありそうだ。

3,山田首相秘書官への説明=変なヤクザに絡まれたっていう話、言論弾圧ではないか
 (15年)2月18日付文書 山田真貴子首相秘書官に総務省が状況説明
山田氏 今回の整理は法制局に相談しているのか? 今まで「番組全体で」としてきたものに「個別の番組」の(政治的公平の)整理を行うのであれば、放送法の根幹にかかわる話ではないか。本来であれば審議会等をきちんと回した上で行うか、そうでなければ(放送)法改正となる話ではないのか。
局長 法制局には当たっていない。礒崎補佐官も現行の「番組全体で」とする解釈を変更するものではなく、あくまで「補充的な説明」と位置づけ。
 山田氏 礒崎補佐官は官邸内で影響力はない。総務省としてここまで丁寧にお付き合いする必要があるのか疑問。今回の話は変なヤクザに絡まれたって話ではないか。磯崎補佐官からすれば、よかれと思って安保法制の議論をする前に民放にジャブを入れる趣旨なんだろうが、視野の狭い話。どこのメディアも萎縮するだろう。言論弾圧ではないか。政府として国会でこういう議論をすること自体が問題。(総務省も)本気でこの案件を総理に入れるつもりなのか。総務省も恥をかくことになるのではないか。

▼この問題を熟知しているはずの山田氏が手続きのずさんさや「言論弾圧」にまで言及していることに意味がある。総務官僚の意地があらわになった文書といえる。山田氏は安倍首相に秘書官としてきちんと意見具申をしている。正直言って、筆者は官僚としての山田氏を見直した。

3、「クビが飛ぶぞ」官僚を威嚇する礒崎補佐官
 (15年)2月24日付文書
 局長 実際に国会で答弁を行うと、いろいろと(マスコミなどから)言われることも想定される。総理にお話しされる前に官房長官にお話しいただくことも考えられるかと思いますが。
 礒崎氏 何を言っているのか分かっているのか。これは高度に政治的な話。官房長官に話すかどうかは俺が決める話。局長ごときが言う話ではない。この件は俺と総理が2人で決める話。官房長官に役所から話すことは構わない。しかし、俺の顔をつぶすようなことになれば、ただじゃあ済まないぞ。クビが飛ぶぞ。もうここにも来ることができないからな。俺を信頼しろ。役所のOBなんだし、ちゃんとやってくれれば役所の悪いようにはしない。そちらも、官邸の構造論を分かっておくように。

▼菅官房長官の名前が初めて登場する。総務相経験があることから総務省内での菅氏の権力は絶大といわれている。また、菅氏は官邸で安全保障を除く国内問題での影響力は、圧倒的と考えられていたが、この文書は当時の官邸はけっして一枚岩ではなく、バトルがあったことを示している。このような汚い言葉で官僚をののしる磯崎氏の姿が明るみに出たことで、本人はさぞ困っていることだろう。磯崎氏は、当初、この文書について「コメントできない」としていたが、松本剛明総務相は3月6日の参院予算委員会で、礒崎氏からこの問題で総務省に問い合わせがあったことを認めた。さらに、朝日新聞デジタルの3月28日の報道によると、磯崎氏は朝日新聞の取材に自らが総務省に働きかけるなかで解釈が追加された、と証言した、としている。

4,「放送番組にはおかしいものがあり正すべき」と安倍首相
 (15年)3月5日付文書 山田総理秘書官から情報流通行政局長に電話
 総理へのご説明は本日16時5分から実施。礒崎補佐官のほか、今井尚哉総理秘書官と自分(山田氏)が同席。
 今井氏と自分から、(礒崎補佐官の)説明のような整理をすると総理単独の報道が萎縮する、極端な事例以外はなんでも良くなってしまう、メディアとの関係で官邸にプラスになる話ではない等と縷々(るる)発言した。これらの発言にもかかわらず、総理は意外と前向きな反応。
 総理からは①政治的公平という観点からみて、現在の放送番組には明らかにおかしいものもあり、こうした現状は正すべき②(放送番組全体で見ることについて)NHKの「JAPANデビュー」は明らかにおかしい、どこでバランスを取っているのか③FCC(米国の独立行政機関)のように(政治的公平を)廃止した国はともかく、日本の放送法には「政治的公平」の規定があって、守られていない現状はおかしい、等のご発言。

 礒崎補佐官からサンデーモーニングはコメンテーター全員が同じことを述べている等、明らかにおかしいと発言。これに対し、総理から「放送番組全体で見る」とするこれまでの解釈は了解(一応OKと)するが、極端な例をダメだと言うのは良いのではないか、その意味で(補佐官の整理は)あくまで「極端な例」であり、気をつかった表現になっているのでこれで良いのではないか、とのご発言。
 また総理から①タイミングとして「今すぐ」やる必要はない②国会答弁をする場は予算委ではなく総務委とし、総務大臣から答弁してもらえばいいのではないか、とご発言。
 これに対し、自分(山田氏)から一度整理をすれば個々の事例の「あてはめ」が始まり、官邸と報道機関の関係にも影響が及ぶ等の発言をしたものの、総理は「有利不利ではない」「全部が全部とは言わないが、正すべきは正す」とのスタンスだった。

▼安倍氏は非常に具体的に部下に指示することがこの文書から読み取れる。森友学園問題などでもこのような細かい指示はなかったのか。改めて、再調査の必要性を感じる。

5,「無駄な抵抗はするな」と礒崎氏
(15年)3月6日付文書  
 礒崎補佐官 総理がいちばん問題意識を持っているのはNHKの「JAPANデビュー」だが、これはもう過去の話。今はサンデーモーニングには問題意識を持っている。サンデーモーニングは番組の路線と合わないゲストを呼ばない。あんなのが(番組として)成り立つのはおかしい。とにかくサンデーモーニング。番記者にもいろいろ言っているが、総務省もウオッチしておかなきゃだめだろう。けしからん番組は取り締まるスタンスを示す必要があるだろう。そうしないと総務省が政治的に不信感を持たれることになる。(総務省に対して)礒崎補佐官は(笑いながら)あんまり無駄な抵抗はするなよ。

▼磯崎氏から「番組を取り締まる」という強い言葉が出た。「無駄な抵抗はするなよ」の言葉は「官邸主導」の恐ろしさすら感じる。戦前へ回帰した感じだ。

6,「本当にやるの」と高市総務相
15年3月6日付文書
 最初大臣は本件についてあまり記憶がなかった様子で、第一声は「本当にやるの?」。
大臣は最近の自民党からの要請文書やNHK籾井会長の国会審議等を見ていて慎重になっているのかもしれない。整理ペーパーを見ているうちに内容を思い出してきたようで、以下のご発言。
①これから安保法制とかやるのに大丈夫か②民放と全面戦争になるのではないか③総理が「慎重に」とおっしゃるときはやる気がない場合もある。背後で動いている人間がいるのだろう④一度総理に直接話をしたい⑤大臣室参事官に今井総理秘書官経由で総理とお話しできる時間を確保するようその場で指示。

▼高市氏がこの問題にあまり乗り気でないことが分かる文書。ただ「一度、総理に直接話をしたい」と言っている点が重要。これほどの問題で、総理と高市氏が国会答弁前に話をしないなどということはあり得るのか。ただこれも高市氏が「捏造」を主張する文書であることは確認しておきたい。

7,「今までの放送法解釈がおかしい」と安倍首相
 (15年)3月9日夕刻の総務大臣室平川参事官から情報流通行政局長への連絡文書には①「政治的公平に関する件で高市大臣から総理に電話(日時不明)②総理からは「今までの放送法の解釈がおかしい」旨の発言。実際に問題意識を持っている番組を複数例示?(サンデーモーニング他)③国会答弁の時期については、総理から「一連のものが終わってから」とのご発言があったとのこと。

▼しかし、山田秘書官から情報流通行政局長に電話との15年3月13日付文書では、①政治的公平に関する国会答弁の件について、高市大臣から総理か今井秘書官かに電話があったようだ②総理は「軽く総務委で答弁しておいた方が良いのではないか」という反応だったとのこと③本件については総理が前向きであり、今井秘書官の指示で、菅官房長官には本件について相談していない④本件についてはしばらく「静観」したい、と書かれている。
 そして、5月12日、「政治的公平」に関する質問に対し、礒崎氏と調整したものに基づき、高市氏が答弁ということになった。確かに、高市氏と安倍首相のこの問題での会談は「日時不明」と書かれていたり「総理か今井秘書官かに電話があったようだ」といずれも伝聞であり、あいまいである。この辺はさらに調査で詰める必要があるのではないか。

やり玉に挙げられたTBSの反撃

 「総務省文書」の中でも礒崎氏や安倍氏も「問題意識を持っている」として、TBSの「サンデーモーニング」をやり玉に挙げている。要するに「政権批判が強く、偏向報道している」と言いたいのだろうが、文書では礒崎氏は「コメンテーター全員が同じことを述べている」と批判する。番組のMCの俳優の関口宏氏は23年3月5日の放送で「番組の姿勢を淡々と貫いていく」と述べた。7日に総務省が一連の文書を「行政文書」としたため、翌週の12日の放送では、番組がこの問題を取り上げ、全面的に反撃した。

 3月12日の毎日新聞デジタル版によると、司会の関口氏は「当時の権力者たちが、メディアというものの解釈を、どこか間違っていたんじゃないかなという気が僕はしています」と発言。共同通信OBでジャーナリストの青木理氏は「時の政権幹部が報道を取り締まる必要があるという発想は、憲法が禁じる検閲になる」と指摘。藪中三十二元外務事務次官も「政府の政策について批判的な見方をするのがメディアの役割。そういうグローバルスタンダードから見ても、ちょっとこれはいかがなものと思う」などそれぞれの出演者がこもごもにその思いを語り、当時の政権を批判した。

 3月26日も同番組はこの問題を取り上げた。TBSは土曜日の「報道特集」でも繰り返しこの問題を取り上げた。11日の放送では「放送法解釈をめぐる文書 元総務官僚が証言『忖度の走り』」を特集、25日には英国のブレア政権と戦った元BBC会長グレック・ダイク氏にインタビューで「政治家から圧力がかかっても、抵抗すること。政治家や政党は放送局に自分たちの意見を反映させてほしいと考える。そういうことをさせないのが放送局の仕事だ」などの意見を紹介してメディアとして「権力への監視の役割」を強調、全面的に反撃する構えをみせている。

「放送の自由の危機」取り上げる番組どこに

 今回の事態について、直接の当事者である民放テレビ局の反応はTBSを除いて鈍い。NHKも国会のやりとりは報道するが、「放送の自由の危機」について「特集」などで真っ正面から取り上げる番組はない。というよりは、まだ政府に〃忖度〃しているのか、あえて避けているのではないかと思う。今回文書でターゲットとされたのはTBSとテレビ朝日だが、報道ステーションはWBCの野球の話題ばかりで大越健介キャスターはこの問題でのコメントは私の見た限りではしていない。何を恐れているのか、想像はつくが、そこまでテレビはやられてしまったのかもしれない。

 民放連や新聞協会も全く動いているようにはみえない。日本テレビの石沢顕社長が27日の定例記者会見で「文書への評価などのコメントは控える」とした上で「国民の知る権利に応える不断の努力をしていく」(27日、産経新聞)などと答えているが、やはり腰が引けている。朝日新聞の3月18,19日付の世論調査では、放送法の解釈というけっこう分かりにくい問題にもかかわらず、放送法文書をめぐる高市元総務相の説明に「納得できない」は62%に上り、「納得できる」はわずか17%。礒崎首相補佐官の総務省への働きかけについても50%の人が「問題がある」(「問題はない」は28%)としている。

このような中で、16年の当時の高市総務相が「政治的公平」を求める放送法に放送局が違反したと判断した場合の電波停止(停波)に言及した際に民放の現役キャスターたちが「憲法の保障する表現の自由と放送法の精神に違反する」との抗議アピールを出した。今回もそのときに抗議アピールを出した元読売新聞社会部記者の大谷昭宏氏らがインターネット記事で当時からの現場の実態を暴露し始めた動きに注目したい。

「用心棒」の起用 

 大谷氏は「(14年11月に礒崎首相補佐官が動く)それ以前から個別の番組が狙い撃ちされていたと感じていた。そして、放送局もそれに呼応するように〃用心棒〃を起用始めた」と指摘する。「ただ、あのアピールを出した人間でも、官邸があんなに強引に総務省に迫り解釈を変更させていたなんて当時は知らなかった」。「確実に一つずつの番組ごとにやられているなというのは感じていた」。そのタイミングは14年11月に自民党が萩生田光一同党総裁特別補佐(当時)、福井照・報道局長の連名文書で、NHKと在京民放5局に選挙報道の『公正中立』を要請した、いわゆる『萩生田文書』だから」だそうだ。「以降、放送局は配慮を始めて、具体的な選挙報道に及び腰になった」という。

 大谷氏が〃用心棒〃という刺激的な言葉を使う意味は「一つの番組だけで判断される。だから最低でも1人は、政府に近い人間を出しておこう。言葉は悪いが用心棒代わり」ということらしい。

 以上は、朝日新聞デジタル「放送法文書何が問題なのか」(3月24日)からの部分を私なりに要約したものだが、大谷氏は「今回、なぜテレビ各社の報道局長会が政府に対して『真相を究明しろ。全部明らかにせよ』といわないのか。いまだに『捏造だ』と言っている人物までいるんだから、NHKを含めた報道局長会は少なくとも声明を出すべきだ」と指摘する。

報道や制作現場から声出す必要も

 同じキャスターの長野智子氏も「(今回の問題が起きてから)ある政治家から『あれ(放送法の解釈追加の件)は安倍さんからで、高市さんはそれを受けて動いていた』という話を聞きました。なぜ報道局長会は政治家に泣きつくのではなく、メディアとして毅然と抗議声明を出さなかったのか。その対応こそが今のテレビの報道を一番物語っているように感じます」。(朝日新聞デジタル3月25日)。いずれも鋭い指摘で筆者は全く同感である。
 
 まず、報道や制作現場から声を出すことが必要だ。政府の気に入らない番組や報道内容に対するメディアへの介入はいまに始まったことではない。だからといって、現場がそれを指をくわえてみていていい、ということにはならない。筆者もジャーナリズムの現場から離れてかなりたつが、今回の総務省文書のような政府によるメディアへの介入を強めるための法解釈の変更の経緯を示すあからさまな公文書はみたことがない。マスメディアの存在は「マスゴミ」と揶揄されるようなものではない。マスメディアは権力に対抗し監視する大きな市民側のツールだと考えてほしい。放送でいえば、視聴者の信頼を失うようなメディア側の問題点も確かにある。メディア側もそれらの批判を謙虚に受け止めながら、その役割を果たすべきである。時の政権や権力を批判できるメディアがなくなったら、民主主義も死ぬ。

                                         (了)