「遅すぎないか 日本の少子化・性的少数者対策」  衝撃的な自殺意識調査 性的少数者の若者に深刻な状況

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 先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)に向けて様々な動き、報道が続く。すでに脱炭素化という主要課題で開催国日本の消極的姿勢が伝えられている。少子化・性的少数者対策における日本の遅れはG7サミットで問題にならないだろうか。そうした時期に日本の状況を浮き彫りにする衝撃的ともいえそうな調査結果が公表された。日本財団が4月6日に公表した「第5回自殺意識調査」報告書【new_pr_20230407_02.pdf (nippon-foundation.or.jp)】だ。

自死考えた18~29歳44.8%

 この調査は2016年から実施されている。前回2021年4月に13~79歳の男女を対象に実施した第4回調査で、自殺を考えたことがある人(「希死念慮」経験者)と自殺未遂あるいは自殺準備にまで至った人が15歳から20歳代の若者に多いという結果が見られた。このため5回目となる今回調査は、調査対象者を全国18~29歳の男女に絞っている(回答回収数1万4,119人)。明らかになったのは、日本の若者、とりわけ性的少数者と自認する若者の以下のような深刻な状況だ。 

 希死念慮を持ったことがある人は全体の44・8%に上り、実際に自殺未遂・自殺準備まで追い詰められた経験を持つ人が5人に1人(19・1%)。希死念慮の要因になりうる経験を聞いた結果では、「人間関係(友だち、恋人、先輩、後輩、教師)がうまくいかなかった」が最も多く、希死念慮経験があると答えた人の半数を超す(51・4%)。次いで多いのが「いじめ被害にあったことがある」(36・6%)。「進路(入試や就職)に強い不安があった」を挙げた人も多く、希死念慮経験がある人の31・1%を占める。

 「十分な食事が与えられない、衣服が汚れている、あるいは守ってくれる人や世話してくれる人がいないと感じた」、「離婚、育児放棄、死亡などの理由で、親をなくした」、「家にいる親や大人からたたく、殴る、蹴るなどの肉体的な暴力を受けたことがある」。こうした10項目の厳しい体験(逆境的体験)を小児期に一つでも持つと答えた人が、希死念慮を持ったことがある若者の7割、調査対象者全体では4人に1人に上る。

 親や家にいる大人から肉体的な暴力を受けた経験者が調査対象者の9%もいるのも目を引くが、もっと多いのが、自分が望まない性的接触を強制された性被害者。全調査対象者の7人に1人(15%)という多さだ。性被害経験者は希死念慮経験を持つ割合も高く、希死念慮経験を持たない人に比べ、約37ポイントも高い。

 若者の孤立感を示す調査結果も得られた。希死念慮経験者の56・6%が「だれにも相談しなかった」と答えているのだ。

「産む性」

 もう一つ今回の調査報告書で目を引くのは、性的少数者とされる人たちのより深刻な状況だ。「今の自分の性別を出生時の性別と同じととらえているか」。この問いに対し「別の性別だととらえている」「違和感がある」「答えたくない」のいずれかと答えた人たちが調査対象者のうち約1割を占める。報告書はこれらの人たちを「トランスジェンダー・ノンバイナリー・その他の回答」に分類している。「希死念慮経験ある」と答えた人は52・4%、「性被害体験ある」と答えた人は36・3%と、いずれも全調査対象者の回答比率に比べ、5・6ポイント、20ポイントそれぞれ上回った。

 ここまで日本の若者を追い込むまでに日本社会ができることはなかったのか。行政やマスメディアなどより、物事の判断時間軸が長いと思われる学術界の動きを振り返ってみたい。2008年1月に日本学術会議は「人口とジェンダー~少子化対策は可能か」という公開講演会【43-k.pdf (scj.go.jp)】を開催している。講演者の一人、小川眞里子三重大学教授(当時)の話をよく覚えている。「科学史における『産む性』」という演題にまず驚いた。女性を「産む性」とする見方がどのようにしてつくられてきたか、科学史研究者から見ると、18世紀、19世紀の男性知識人の果たした役割が大きいという内容だった。

哺乳類と名付けた狙

 まず小川氏が挙げたのは、18世紀の著名な博物学者・医者、リンネが動物分類学分野で果たした役割。四足動物というそれまでの呼び名に代わるMammalia(乳房動物=哺乳類)という名称の提案者だ。女性の乳房、つまり自らの乳房で子育てをする動物であることを強調するのが狙いだったという。背景にあったのが、当時の欧州の状況。乳母制度が全盛で、生後間もない赤ん坊の大半が田舎の乳母に預けられ、その結果、乳児死亡率が非常に高かった。都会の女性たちは授乳ばかりか、子どももつくろうとしなくなり、人口の減少が危惧される事態を招いていた。加えて重商主義を背景に労働力を増やすことに対する期待が、乳児死亡率をなんとしても下げなければという動きを強めたという。リンネは1752年に乳母制度の弊害を説く論文も発表しているということだから危機意識は強かったようだ。

 同じ18世紀の哲学者、ルソーや、19世紀初期のスコットランドの解剖学者J・バークレー、19世紀後半の英国の社会学者ハーバート・スペンサー、米ハーバード大学医学部教授だったE・H・クラークなどが果たした役割も紹介されていた。女性を「産む性」にしたいと躍起になったこれらの知識人の果たした役割については、筆者が小川氏の講演内容を紹介した以下の記事をお読みいただきたい。【科学史が明らかにする「産む性」のいかがわしさ(小川眞里子 氏 / 三重大学 人文学部 教授) | Science Portal – 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 (jst.go.jp)

大きな母親の考え方の変化

 日本学術会議の活動として2011年9月に開催された学術フォーラム「子どもにやさしい都市の実現に向けて」【123-s-0920.pdf (scj.go.jp)】にも触れた方がよいだろう。五十嵐隆東京大学大学院医学系研究科教授・日本小児科学会会長(当時)が、パネルディスカッションで以下のように話していた。

 全国の児童相談所に寄せられた児童虐待の通報数は前年度に比べ15%も増えている。来年度も増えるだろう。今の母親は「産むのは一つの選択」という考えが強く、しかも、自分の人生に何らかの意味を持たせたいという思いが強い。選択というある意味では功利的な形で子どもを見ていることが多いと思う。子どもを無条件に愛するという昔の考え方が薄らいでいることに加え、昨今の日本の経済状況を見ると、子どもの虐待に対する対策はますます難しくなっている。【未来をつくる子どものために(五十嵐隆 氏 / 日本学術会議 子どもの成育環境分科会委員長、東京大学大学院 医学系研究科 教授) | Science Portal – 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 (jst.go.jp)参照】

 要するに、日本財団の調査報告書が明らかにしたような日本の状況は10年以上前から見通されていたということだろう。五十嵐氏には学術フォーラム開催の2年半前にインタビューしたこともあり、もっと深刻な状況も聞いていた。

 子どもの数は、イタリア、スペイン、ドイツなど欧州諸国に比べても少なくなっている。女性が子どもを産んでくれないからだ。2007年に国連児童基金(ユニセフ)が、経済協力開発機構(OECD)加盟国を中心に15歳の子どもたちの心の状況を調べたデータがある。自分は孤独、周囲特に親たちがかまってくれない、関心を寄せてくれない、と感じている子どもたちが日本では30%もいる。他の国はほとんど10%以下。日本では多くの子どもたちが親や周囲の人間から支えてもらっていないと感じている。日本の社会は人間関係が希薄になり、人から子どもへの温かなまなざしが少ない社会になってしまっている。そうした状況の反映ではないかと考えられる。

「ほら吹き男爵症候群」という詐病

 五十嵐氏の話でさらに驚いたことは、子どもに加え深刻な状況に追い込まれた母親の存在だ。典型的な例として教えていただいたのが「ほら吹き男爵症候群(ミュンヒハウゼン症候群)」という心の病。一種の詐病だが、広い意味で小児虐待の一種。子どもを病気に仕立て上げ、かいがいしく看病する姿を他人に見せることで、母親が自分の自尊心、満足感を満たす。ほとんどの場合、母親がその役割を演じている。

 具体例として教えられた中には信じたいものもあった。3年前から1日に10回以上の下痢があり投薬の効果もない、と総合病院からの紹介で入院した6歳児がいた。想定される疾患に関するあらゆる検査をしたが、原因が分からない。ある夜、消灯時間である午後9時過ぎに、この子どもがおう吐した。吐物に黒い錠剤が見つかったことで、母親が消灯後、毎日、市販の下剤を栄養剤といって飲ませていたのが分かった、という。【第1回「孤独な子どもたち」(五十嵐隆 氏 / 東京大学大学院 医学系研究科小児科 教授) | Science Portal – 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 (jst.go.jp)第2回「子どもを不幸にする親たち」(五十嵐隆 氏 / 東京大学大学院 医学系研究科小児科 教授) | Science Portal – 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 (jst.go.jp)参照】

ども家庭省12年前に提言

 日本学術会議は五十嵐氏が委員長を務めた委員会がまとめた提言「我が国の子どもの成育環境の改善にむけて -成育方法の課題と提言-」【<4D6963726F736F667420576F7264202D20819C8E7182C782E082CC90AC88E78AC28BAB95AA89C889EF92F18CBE88C4967B95B62E646F63> (scj.go.jp)

を2011年4月に公表している。提言の一つとなっているのが、内閣府の中に子どものための教育、保育、医療、そして環境を統合する部局の設立あるいは「こども家庭省」、「こども庁」等の早期実現と、地方自治体の総合的部局編成。将来の日本を担う子どもたちが、創造的な意欲と感性、そして社会性を持つ人材として育つためには、豊かな成育環境を実現する必要があるとの考えに基づく。

 こども家庭庁はようやく実現したが、日本学術会議が早くから指摘、提言した対策、対応はどれほど取り入れられただろうか。日本財団の調査報告書は日本社会の若者が置かれた状況が、10年あるいは20年前から続く子どもの厳しい生育環境と深い関連があり、若者の支援策だけでは簡単に改善できないことをうかがわせるものではないだろうか。18世紀、19世紀の男性知識人の危機意識とさまざまな行動にさかのぼる欧州諸国の少子化への対応。さらに日本の科学者を代表する機関と内外に認められている日本学術会議に対するこれまでの政府の扱いぶりを考えると、その懸念はさらに深まる。

性差研究成果と大きなずれも

 最後に性的少数者支援もまた同様と考えざるをえない事例を紹介したい。日本学術会議は昨年11月、「性差研究に基づく科学技術・イノベーションの推進」と題する見解【見解「性差研究に基づく科学技術・イノベーションの推進」 (scj.go.jp)】を公表している。見解はまず、性は男女という2項に分類されず、生物学的にも社会的にも連続した分布を示すことが分かってきた最近の研究成果を紹介している。そのうえで、むしろLGBTQ+(性的少数者)などの存在が科学的には自然であることを広く周知する必要を強調している。

 さらに欧州を中心に進められている、性別を要因として特性を調べる科学研究のより積極的な意義も強調している。生物学的性差と社会的・文化的性差の研究の深化を推し進めることで、科学技術・学術研究の新たな発展と人類社会への貢献が可能としている。ジェンダー平等の国際的ランキングで低位にある国際的後れを改善するだけでは不十分で、性差研究を科学技術・イノベーション推進に結び付ける必要があるということだ。【20221130_2_01.pdf (keguanjp.com)参照】

いまだに国会に上程できず

 超党派の議員連盟による「性的指向および性同一性に関する国民の理解増進に関する法律案」は、まだ国会上程ができていない。性的少数者が若者の中でもさらに深刻な状況にあることを示した日本財団の調査報告書は、少子化対策に限らず、性に対する基本的な考え方、対応でも日本がひどく遅れていることを裏付けるものと言えそうだ。

                                      (了)